37話 VSゴブリンキング 合わさる力とぶつかる力
何が起こった?
「ヌグゥ!?」
ワルイガの力を引き出そうと、その番であろう人間の女の首をひねる瞬間。
(タシカニ我ハ、ヤツノ足音ヲ聞イタ)
今から行う命の略奪を阻止しようと斬りかかってきたのだろう。
だが、先程。
ヤツへ抱いた程度の脅威度であれば、この女を縊る片手間であしらうのは容易いはずだった。
(ナノニ何故、我ハ片腕ヲ失ッタ……!?)
腕が切り捨てられその感覚を失う刹那。
(……ッ!?)
煌めく剣閃の向こうに、冷たく、鋭く輝く双眸を目にした瞬間。
「ゥ……ッ!」
自身の奥底にある生存本能が、矮小な人間の男に底知れない脅威を感じ、我の体を大きく飛びのかせ後退させた。
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ゴレイドの腕を切り捨てた手応えとともに、身に覚えも聞き覚えもない文字が頭に浮かぶ中。
得体のしれない全能感と、それを上回る―――
(身体が、軋む……!)
全身を襲う疲労感、そして鈍い痛みが、ヤツの腕を斬り落とした現実に慢心しないための自制となり働く。
主から離れ地へと落ちゆく腕とその先に掴まれた唯火。
瞬きすら許されないその一瞬。
緩慢に流れるように感じるその刹那、ゴレイドを一瞥すると、奴は大きく距離を空けた。
「唯火!」
床に体を打ち付ける前に彼女の体を抱きとめ、腕を引きはがすと。
「っは……けほっ!」
塞がれた気道が解放され、生きていることを示すように息を吐く。
「……ナ、ナシさん……すみません」
「いや、俺があいつを止められなかったんだ」
再び唯火を床に降ろすと。
「私の事は……今はどうか、『王』に集中してください」
「……ステータス」
その言葉を受け取ると、彼女に背を向け離れたゴレイドを視覚に入れながら、今すべきことをする。
(……ステータスには何の変化も無い)
さっき頭に浮かんだ職業とスキルは一体何だったのか。
奴に反応させることなくその腕を切り落としたさっきの力……
(いや。それは、俺の体が既に知っているはずだ)
望んだ結果を体現するために。
そこに行き着くために、力を集約した。
『走行』系スキルの速力。
『体術』の足運び。
『洞察眼』での行動予測。
『弱点直感』で脆い箇所を探知。
『近距離剣術』の剣捌き。
(今までのそれぞれを個々として繋げるような感覚じゃなかった)
そう。
唯火を掴んだその腕を切り落とすという結果に帰結するための、
融合。
合わせ技。
(スキルにはこんな使い方もあるのか……?)
足りない部分を複数で補って、さらに高みの『スキル』へと昇華する。
それは遥か格上の『王』との距離をゼロに、いや。
一時上回る。
「なるほど……今はその事実だけが分かれば十分だ」
不安要素は今は置いてく。
「これが、今俺ができる……正真正銘の全力」
「……ナナシさん」
もう。
俺から後ろには行かせない。
「クククク……」
ゴレイドは底から湧き上がるような笑い声を漏らす。
「今ノ動キ、全ク反応デキナンダ……」
互いに必殺の間合いに入るべくゆっくりと歩を進める。
唯火とは十分に距離も取れた。
「イイゾ、ソレデコソ我ガ宿敵ダ……ユクゾ!ワルイガァ!!」
先に動いたのはゴレイド。
残された片腕で剣を振りかぶり、渾身の圧を孕んだ『重撃』を放とうとする。
だが、
『平面走行』
『体術』
『洞察眼』
『弱点直感』
『近距離剣術』
「ガッ……!」
《『瞬動必斬』》
圧倒的初速で、俺の刃が先に奴の袈裟を斬る。
「!」
が、やはり『王』。
先ほどと違い備えていたのか、二太刀目にして動きを合わせ胴の両断を避けると。
「オオオオオオ!!」
深手を負いながらもそのまま強引に渾身の『重撃』を振り下ろす。
「っ!」
『直感反応』
『洞察眼』
『体術』
身体を負荷も引かないまま、速さも圧も初見とは段違いの必殺の一撃を回避するために。
《【侍】スキル:『見切り』》
剣先は髪をかすめ、地へ落ち。
「くっ!」
咄嗟に両腕を交差し頭部を守ると。
階層全体を揺らすかのような爆音と、全身を強く打つ衝撃波に俺の体はたやすく部屋の端まで運ばれ。
「がはっ!?」
壁面を砕くほどの勢いで叩きつけられた。
(直撃を避けてこの威力……!)
一瞬意識が飛びそうになるも、何とかこらえ。
瓦礫を払って抜け出し構えると。
「ガアアアアア!!」
渾身の『重撃』により一度見た時とは比べ物にならない範囲で抉られ、砂塵に包まれた中からゴレイドの巨体が宙高く跳び出してくる。
その勢いのまま『重撃』を繰り出し押しつぶす気だろう。
(直撃を避けても衝撃波が襲ってくる……なら)
『立体走行』
『体術』
『洞察眼』
『弱点直感』
『近距離剣術』
(放つ前に、叩く!)
壁を伝って強く跳躍。
宙へ躍り出。
「!?」
「《瞬動必斬・空ノ式》!!」
逆袈裟を深く切り抜ける。
空中での迎撃は奴にとっても予想外だったのか、『重撃』を放つことなく、勢いと質量のまま壁面へ突っ込む。
「ぅぐっ!?」
かくいう俺も度重なる身体への負荷が激しい痛みとなり、着地もままならないまま床を転がる。
(……ダメージを受けた今、そうあと何発も撃てるとは思えない)
無論体が砕けても奴が倒れるまではあきらめるつもりはないが、現実問題、力を使い果たして身動きが取れなくなる可能性も考えなくてはいけない。
「……あと、三発だ」
それで終わらせる。
「ォォオオオオオアア!!」
響き渡る咆哮に振り向くと。
壁面のがれきに埋もれ舞い上がる砂ぼこりの中、凶暴性を押し出したような眼光と視線がぶつかる。
「覚悟を決めろ」
自分自身に暗示をかけるようにつぶやくと。
「ワルイガァァァアアァア!!」
理性を切り離したような咆哮で、ヤツが俺の名を叫ぶのを合図に。
戦いは最終局面へと突入した。




