36話 VSゴブリンキング 格の違い。導き出す答え
開戦を告げると部屋全体を見回せるほどの明りが灯り、不思議とその面積も縮小された空間になる。
「シッ……!」
突然の変化に動揺している暇も無い。
ここはすでに敵の腹の中、何が起こったっておかしくはないんだ。
俺は奴の視界から外れるように駆け出した。
身動きの取れない唯火を、恐らく今までで一番激しくなるであろう戦いの余波に巻き込むわけにはいかない。
やつは俺と対峙している間は唯火に牙をむくことも無いと確信している。
(……って、もうこんなに遠く!)
ここまでの道のり、ダンジョンを進むにつれゴレイドの策略による襲撃も苛烈さを増し体力が消耗していく中。
特定討伐ボーナスと数多のゴブリン達を倒したことによりレベルもどんどん上がっていった。
だから、今のステータスでいきなり万全の状態で動いたものだからその変化に面喰ってしまう。
(こっちも、『ジェネラル』と戦った時とは違うんだ……!)
先ほども感じたかつてない感覚の一端を実感していると。
「面白イ。ソノ速力、スデニ人ノ域ヲ超エテイルヨウダナ」
「!?」
全開ではないとはいえ、奴はその巨体で俺と並走して見せる。
「その図体でこの速さかよっ!」
今までの体の大きな敵には、愚鈍さがあり素早さではこちらが上回っていたからその隙に付け入り切り込むこともできたが……
(いや、ちがう!機を待つな!無いなら作ってねじ込めばいい……!)
地に片足を突っ張りブレーキをかけながらまず最初の攻勢に転じようとする。
が。
「遅イ」
奴は一手先に攻勢を整えており既にその刃をこちらめがけて振り下ろしていた。
「っ!」
大幅にレベルの上がった『直感反応』は超速で俺の体中に指令を発し。
咄嗟にブレーキ方向へ重心を持ち直して剣閃から逸れる。
だが、『直感反応』の警鐘は止まることなく、思わず地を蹴りその場を大きく飛びのく。
「ホウ……」
剣先が床に付くまでの刹那、感心したような息を吐き。
剣と床が衝突すると、轟音を上げ、およそ剣撃で生じるとは思えないクレーターを作り上げた。
「おいおい、なんだそれ。触れたら斬れるどこの騒ぎじゃないだろ……」
「一度モマミエルコトナク、我ガ『重撃』ヲ察知シタ回避行動……ヤハリオモシロイ」
あんなのまともに食らったら一発でおしまいだ。
開幕すぐに唯火と距離を開けたのはやはり正解だったな。
(それに戦闘の駆け引き、その判断の速さ。あいつの方が一枚上手だ)
今の攻撃に転じる速さからそれが証明された。
(つくづく、以前とは全く別物の化け物だな)
かといって、退けば撃たれる。
結局俺がやることは一つ。
(渾身なんて撃たせない……!攻めて攻めて、攻め続ける!)
大きくレベルの上がった『近距離剣術』と『体術』を総動員するんだ。
(力の差に絶望するな、強くなった自分を信じろ!)
「……ヌ?」
自ら作り出したクレーターから飛び上がり床に着地する一瞬に俺は足元へと滑り込む。
「その長いエモノ……この距離で使えるか?」
喉元を刈り上げるように剣を繰り出す。
が、反応速度も高いようで難なく躱される。
でも予想外ではない。
たったの一手で突き崩せるとは思っちゃいない。
「ぉぉおあっ!」
「……フム」
縦・横・斜めに振るわれる剣閃。
(反撃の隙を与えるな……!)
「……」
数十。
百と俺は剣を振り続けた。
だがその一振りたりとも奴の肌をかすめることもなく。
まして、一切の隙も見せることなく。
「くっ……!」
今攻撃の手を緩めた瞬間、逆にこちらの隙を見せることとなる。
攻勢の俺の方が追い詰められていると頭の片隅で理解した。
「ヌルイナ」
「!? なっ……!?」
手を緩めたつもりは一切ない、が。
ゴレイドの手は剣を振る俺の腕をたやすく掴み、連撃を無理やり中断される。
そしてヤツの大きな額が眼前に迫り。
「ヌンッ!」
「ッ……がっぁ!」
スキルでも何でもないただの頭突きを見舞われ。
「足リン……足リンゾ!」
ひるんだ俺の首をへし折るなり串刺しにするなり簡単に終わらせることができる状況にもかかわらず。
「ぐっ……かはっ……あ!」
俺をボロクズのように力任せに根げ捨てるまでにとどめた。
「ナナシさん!!」
随分な勢いで投げられたらしい。
離れたはずの唯火の近くまで転がってきていた。
「ぐっ……くそっ」
なんてことないただの頭突き一発で視界がゆがむ。
額からは派手に出血していた。
(強い……すべてが俺を上回っている)
俺自身のレベルもスキルレベルも大幅に上がって強くなったのは間違いない。
けど……それは俺の尺度での話、奴の強さは人知の外。
(くそっ!どうする……なんとか勝ち筋を考えないと)
「ナナシさん!動いてぇ!!」
「!」
地を這いつくばる俺に影が差す。
いつの間にゴレイドは俺との距離を詰め、胸ぐらをつかまれる。
「う、ぐ……このっ」
「……我ガ望ンダノハコンナモノデハナイ。コノ程度デハ滾リハオサマラン……」
どこか微かな困惑の色を見せつつ、俺を品定めするように睨みつける。
「ナニガ足ラヌ……戦イノ、根源ニアルモノ……相手ヘノ、興味、憎シミ……」
イカリ、カ。
そう言い残すと突如その手を解放し、俺は地面に打ち捨てられた。
「げほっ!げほっ!……さっきから、何を言って」
「カツテノ記憶デ、同胞ガ人間ノ番ヲ追イ詰メ、片割レヲ殺シタトキ。残サレタ者ハ一時、目覚マシイ動キヲミセ、同胞ヲ数体ミチズレニシテ死ンダ」
きびすを返し俺に背を向けると、ゆっくりと歩を進めるその先には。
「……!」
唯火の姿があった。
「おい……お前なにを!」
「ドノミチ貴様ガ死ネバ、コノ人間ノメスモ死ヌ。アトカサキカ」
「……ナナシ、さん」
全身の血液が沸騰するのを感じると共に。
俺の思考は急速に冴える。
(今、闇雲に突っ込んでも、またぶっ飛ばされてその隙に唯火は……)
考えろ、
(今までもレベル差が倍ある敵とは戦ってきただろ……)
頭を冷やせ、
(その度、その時の、自分の手札全てで乗り切ってきて……)
「……俺の、全て?」
そうだ。
俺は何をやってたんだ。
敵の数字のでかさにとらわれて、上がった数字に縋りつき、そこに勝機があると慢心した。
(ちがう。何一つあいつを上回っちゃいない個々の力で、勝てるわけがないだろ)
ヤツの攻撃力を察知した『直観反応』ではただただダメージを回避する行動。
攻めれば愚直に『近距離剣術』で斬りかかり。
挙句、ヤツの挙動に目もくれないから反撃を食らい、今。
(唯火が危険にさらされている……!)
俺は、弱い。
「だったら勝つためには、かき集めるしかないんだ……」
ゴレイドは身動きの取れない唯火の前に立つと、その細い首を掴み体ごと持ち上げる。
「ぁっ……う……っ」
「コノメスノシガ、貴様ヲ高ミニ導クカ、否カ―――」
知っていたわけでも。
意識したわけでもない。
ただ、
《熟練度が規定値を超えました》
《洞察眼LV.9⇒LV.10》
ミスをすればすべてを失う極限の一瞬の中。
「……ム?」
手足を操り。
走り出し。
見極め。
脆い部位に。
刃を通す。
「!? ッグゥ!!?」
導かれるように、自分の居た空間を置き去りにすると。
《【剣聖】スキル:『瞬動必斬』》
身に覚えのない文字と、
唯火を掴んでいた腕を切断した手応えを。
遅れて体が認識した。




