34話 蹂躙、暴風。そのあとに
それはまさに暴風。
生命の凝縮体ともいえる強高度の魔石が荒々しく無作為に暴れまわる天災。
術者を中心とし、周囲の生命体の肉を削ぎ・抉り・切り裂き、絶命へと至らしめる無差別攻撃で広範囲を薙ぐ。
「《暴風乱射》!!」
周囲を暴れまわる閃光の瞬きの中で、ゴブリン達はその体を引き裂かれていく。
「すごい……」
既に索敵範囲内の敵の反応は消滅。
そして今なお、勢いは増し範囲は拡大。
命を刈り取り続ける。
その蹂躙は、周囲に生命の気配無くなるまで続いた……
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「はぁっ……はぁっ……」
先ほどまでの戦いの喧騒が嘘かのように、唯火の吐息だけがこだましていた。
「……辺りには、もう、居なさそうだな」
「はい。はっ……殲、滅……完了で、す」
その言葉を手放しに確信できる程すさまじい光景だった。
まさに一網打尽。
包囲網の中にいたであろうダンジョンの主も、暴風の中で絶命したに違いない。
辺りに広がる静寂がそれを物語っていた。
「……あっ」
これほどの大規模な攻撃。
力を使い過ぎたのか、膝からその場に崩れ落ちそうになるのをなんとか支える。
「っと。大丈夫か?」
「はい……さすがに、疲れました」
額に汗を浮かべながら無理に笑顔をつくる。
(……まさか)
ある疑念を抱き、唯火に『目利き』を使用すると。
名:篝 唯火
レベル:60
種族:ハーフエルフ
性別:女
職業:
上級
【宝玉使い】
【魔導拳闘士】
武器:?
防具(手):?
防具(脚):?
防具(飾):?
MP:0
攻撃力:?
防御力:?
素早さ:?
知力:965
精神力:853
器用:140
運:?
状態:MP切れ
称号:無し
所有スキル:
『操玉LV.8』
『魔添・剛力LV.7』
『魔添・駆動LV.6』
『魔添・体術LV.6』
『魔添・威圧LV.3』
ユニークスキル:???
以前より見れるところが増えている。
唯火の消耗が原因か、俺の変化か。
(いや、それより……MPゼロ)
『MP切れ』、そして戦うごとに激しく疲弊していた唯火。
公園でのやりとりを思い出す。
《……けど、私は、ハーフエルフは普通に生きていくだけでも『魔力』に大きく依存しているんです。》
《……魔力を初めから宿しその扱いに長けた種族の弱点……諸刃の剣ってやつか》
なんでこんなことに気づけなかったんだ。
「……唯火。戦いでMPを消費する毎に、体調悪くしていたのか?」
浅い呼吸を繰り返す彼女は、観念したように目を閉じ頷く。
「なんで、もっと早く教えてくれれば……」
フォロー、できたか?
ダンジョンの主が仕掛けてきた猛攻。
貶める罠。
行き着いた先の軍勢。
(俺自身も体力を大幅に消耗しているこの体たらくで、この子の力になれたか……?)
知っていたとしても結果は変わらなかっただろう。
唯火もそれが分かっていたから、不調を抱えてここまで歯を食いしばってきたんだ。
「そんな、顔……しないでください」
「……」
「別に、MPが無くなっても、死ぬわけじゃないですし。回復したら元通りです」
「……すまん。最後の最後まで、唯火に頼りっきりだ」
力なく首を横に振ると。
「私のスキルと、この状況の相性が、たまたまマッチしただけですから」
「唯火……」
「今は、帰りましょう?」
ダンジョンの主を倒したことで、帰還用の転移陣が出現したはずです。
と言うと、いたずらっぽい笑みを浮かべ。
「負ぶって、くれるんですよね……?」
「……かなわないな。唯火には」
意気込んで単独でのダンジョン攻略に挑んでみても、俺一人では中に入る事すらできなかった。
そしてその中は聞いていた情報よりも過酷で、さらには最初からダンジョンの主の思惑通りだった。
(ダンジョンの主……『王』となり得る個体、か)
声だけを届かせ一目も見ることなく終わったダンジョンの主。
ここに入ってから俺たちを潰すべく多くの敵を放ってきた統率者。
その勝利は、唯火の力に頼った、俺にとっては苦味のある勝利。
(その名前くらいは、知っておきたかったな)
唯火を背に負い、帰還の歩みを踏み出す前に。
叶わぬ願望に体が無意識に反応したのか、闇が広がる虚空に『目利き』を発動すると。
名:ゴレイド
レベル:75
種族:ゴブリンキング
性別:男
職業:?
武器:?
防具:?
攻撃力:?
防御力:?
素早さ:?
知力:?
精神力:?
器用:?
運:?
状態:ふつう
称号:種を統べる者
所有スキル:
???
固有スキル:
???
「……え?」
「? どうしたんですか?あ、わ、私重いですか……?」
「ヨモヤ、ナ」
「「!?」」
彼女も異変に気付いたのだろう、背中越しに体がこわばるのが伝わってくる。
「そん、な」
何で生きている?
そう問いたいんだろう。
唯火の生命力ともいえる全MPを注いだ渾身の攻撃。
それを身に浴びて何故生きているのか?
その答えは彼女自身もすでに理解してしまっただろう。
「ゴブリン……キング……!」
危惧していた最悪の事態。
こちらが想定していたダンジョン攻略の前提は覆された。
『王』を冠するモンスターの出現で。
「我ガ軍勢ヲ全滅サセルトハ、我ノヨミハ間違ッテイナカッタ……ダガコレデ」
ソノメスハ、モウゴケマイ。
そう言うと、巨体が歩を進める足音が響き渡る。
遂にそいつは、最悪の状況でその姿を現した。
「我ト貴様。邪魔ノハイラヌ一対一ダ、ワルイガ=ナナシ」
どういう仕様で、どういう因果か。
分かりはしないが、俺の名を呼ぶこいつが誰か。
その答えを俺はもう知っている。
「ゴレイド……!」




