28話 得体
(とんでもない性能だな。【宝玉使い】)
あれでまだほんの力の片鱗に過ぎないなんて、恐ろしいな。
「……ふぅ。『操玉』のスキルは速くて楽ですけど、やっぱりMPの消耗が激しいです」
「大丈夫か?少し温存した方がいいんじゃないか?」
しびれを切らしたのか、岩陰から続々と飛び込んでくる大量のゴブリンたちを倒しながら提案すると。
「そうですね。もう数も大分減らしたので、消費の少ない接近戦に切り替えます」
魔石を手元に戻し、懐にしまい。
普段から見につけている革製っぽい手袋の口を引っ張り整えると。
「っ!」
以前、俺に殴りかかってきた時のような高速の踏み込みで群れの中心まで一気に切り込み。
「はっ!」
沈み込んだ体勢から足元を薙ぐ強烈な水面蹴りを円周状に放つ。
足を狩られゴブリンたちは何の反応もできないまま強制的に宙に浮き。
「すぅっ……」
ゴブリンたちが崩れ落ちゆく刹那、一つ呼吸を挟むと。
正確無比の早業で無防備となった敵の急所を、拳打・掌底・蹴り・肘鉄。
瞬きも許さない一瞬で、流麗にして優雅なそれらを十数体の体へ見舞い。
ゴブリンたちは彼女を中心に弾けるように宙を飛び消滅した。
「……まじか」
ホブゴブリンの鉄棍を受け流し胴を割りながら、数秒前まで群れがいた中心に立つ唯火を観察する。
(さっきの【宝玉使い】とは打って変わって接近しての格闘、か)
明らかに別の職業だ。
(【宝玉使い】の中長距離と、今見せた超接近戦の格闘術……)
完全に俺が想像してた『ハーフエルフ』像とはかけ離れていた。
(……唯火を怒らせないように気を付けよう)
4体一斉に飛び掛かってくる最後のゴブリンをまとめて両断しつつそう心に誓った。
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「ふぅ。今ので最後かな」
見渡すとさっきいた群れは全滅したみたい。
「……すこし、攻め過ぎたかも」
ダンジョンという閉塞的な空間では、ゴブリンのような個体数が異常に多いモンスターは圧倒的に有利。
ゴブリン側の策がハマってしまえば、レベル差がどんなにあってもこちらがやられてしまうことだってあり得る。
(とはいえ、この浅い階層で少し後先考えず力を使い過ぎたかな)
いや、でもダンジョンは出現直後はまだ未完成で、その内部構造は日が経つごとに変化し最下層もどんどん深くなっていく……と聞いた。
(そして完成と共に種族を統率するモンスターが生まれる)
まだ、ダンジョンが出てきて二日ほど。
あのダンジョンの『王』が生まれたのは、出現から3週間後。
そのことから考えてもこのダンジョンの最下層は多く見積もっても10前後。
の、はず。
(そのくらいなら、少しくらい飛ばしても、最後までもつ)
『王』が生まれていない今、確実に、迅速にダンジョンを攻略しなきゃ。
「ナナシさん!こっちは全部倒せたみたいです!」
彼の方に声をかけると、4体のゴブリンを一息に両断した所だった。
「……お見事」
ナナシさんのレベルは確か21。
(この階層のゴブリンでは歯が立たないのは必然、だけど……)
初めてのダンジョンでいきなり湧き場のど真ん中。
数の不利、地の不利。
それら一歩も退かず全てを跳ね返して斬り伏せる。
視界の端で確認できただけでも30体近くのゴブリンを葬っていた。
魔力操作を心得ていない単騎で。
(多分、レベル40を超える域じゃないとこの状況と条件でここまで余裕のある戦い方出来ないと思う)
私の使う二つの職業と違いMPの燃費がいいのか、消耗した様子も全くないし。
あくまで個人の主観だけど。
こんな世界になって半年間、私が身につけた常識では計れない事やってのけ、理解できない事象が彼の体に起きている。
(なんとなく聞けずにいるけど。あのステータスがその証拠……)
その観点から見れば私も定石から外れた存在ではあるらしいけれど。
(それと比べても明らかに……常軌を逸している)
「ふぅ。こっちも今終わったところだ」
「ナナシさん……」
息が乱れることもなく剣を鞘に納め、私に応えてくれる彼が、まるで別の人物に見える。
ナナシさん……
「どうした?……派手な戦闘だったからな。湧き場から離れて落ち着ける所があったら休憩するか」
彼の温かい気遣いをどこか遠くに聞きながら。
(あなたは一体……)
漠然とした、重く、暗い。
得体の知れない感情を微かに抱くのを感じた。




