25話 開門
「武器よし。防具よし。食料、水よし……と、こんなもんか」
「本当にもう行くのかい?」
念入りに装備とバックパックの中身を確認し終わると山さんに声をかけられる。
あの池さんの遺した狭い住居に唯火と一つ屋根の下、というわけにもいかないので彼女は池さんの家に、俺は山さんの家に泊めてもらっている。
「ああ。猶予はあるみたいだけど、いつまでっていう確証がない以上早いほうがいい」
外套を肩に、剣を腰に、立ち上がりながら答え。
「……そうか、入り口まで見送るよ」
「ああ」
早朝の公園を山さんと並んで歩く、目的地はもちろんダンジョンの入口。
「本当に、お前さんには世話になりっぱなしですまない……」
「好きでやってるだけさ。ここでやらなきゃ、池さんにも合わせる顔がないしな」
「足向けて寝られないね……せめて、ワシらのつくった装備が役立つといいんだが」
「それこそ、感謝するのは俺の方だよ」
ダンジョン攻略を決意した朝から今は二日目の朝だ。
あの後すぐに職人のみんなに事の経緯を話して、今できる最高の装備を用意してくれと無茶な頼みをした。
たった二日間で彼らは素材を寄せ集め特急で今できる限りのものを作ってくれた。
唯火にはダンジョン攻略の意思を伝えた後、いつダンジョンに変化が起きるかわからない状況なのでここを離れるように提案した。
が。
『まだここの皆さんにも。何よりナナシさんに何の恩返しもできていないままここを去るなんてできません』
見返りに見合う情報は十分にもらったといくら言ってもその一点張りで、テコでも動かないという感じだ。
ちなみに、彼女にはダンジョン攻略の同行を依頼してはいない。
スキル使用によるモンスター湧き関連だったら協力を願っただろうが、ダンジョンを活動状態にしてしまったのは俺の落ち度。
ダンジョン発生の事情を聞いた皆は、公園を離れてもいいと言ってくれている。
その状態で池さんが遺した仲間や公園を守ろうとするのは俺一人のわがままみたいなものだ。
俺がダンジョンに挑む準備をしている間、唯火はこの公園を離れることなく炊事の手伝いなどをして、その器量の良さからホームレスの老人たちに大層気に入られていた。
かなり小規模だけどまるでアイドルだ。
曰く。
『まるで天使じゃの』
『孫娘がいたらこんな感じなのかな』
『あと40年若ければ・・・』
『お嬢ちゃん、兄さんに気があるんじゃろ?』
『兄さん、あの娘。かなり着やせするタイプじゃわ』
最後は本人に聞かせられないセクハラ発言だ。
エロ爺どもめ。
俺に気があるだの的外れなことを爺さん連中が唯火に言いだしたときなんか、さすがの彼女も顔を真っ赤にして怒っていた。
デリカシーが欠け気味な俺でもわかる。
会って間もない、名前も持たない。そんな奇妙な男相手にそんなこと思うわけがないというのに。
爺さんたちは配慮が無さすぎる。
心底、唯火には同情した。
(それにしても、一度も『ダンジョンに連れていけ』とか言わなかったのは意外だったな)
恩返しだの義理堅い事を言う彼女だからしつこく同行を願い出てくるかとも思っていた。
まぁ先述通り、一人で行くつもりだからやんわり断ったろうけど。
こんな陽も出ていない早朝に出発したのもばれないようにダンジョンに入るためだし。
(あの娘にはあの娘で抱えている事情があるんだ。無事、ダンジョン攻略が終わったらさっさとそっちを優先しろって説教してやるか)
そんな風に記憶の整理をしているとあっという間にダンジョンの入り口にたどり着く。
「いよいよじゃな……」
「……」
巨大な門を見上げると、抑え込んでいた様々な感情が胸中で暴れ出す。
だがそのどれもが、俺の足を止める要因とはならず、逆に強い思いとなって背中を押す。
(見たい。知りたい。試してみたい)
山さん達のためというのに偽りはない。
けど結局、俺をダンジョン攻略へと突き動かす原動力は、好奇心だった。
「じゃあ、山さん。行ってくるよ」
「ああ。くれぐれも無茶はしないでくれ……必ず、生きて帰ってきてくれよ」
軽く頷いて見せると、俺は扉に両手を添える。
すると、歓迎しているのか拒んでいるのか、扉を縁取るように光が走る。
(いくぞ、ダンジョン攻略……!)
俺は力強く扉を押し開けた。
「……あれ?」
つもりだったんだが、扉はびくともしなかった。
「だめですよ。ナナシさん。その扉は、ある条件を満たす者にしか開けられないんですよ?」
背後から聞こえるのは唯火の声。
聞き捨てならない事を言う。
「お嬢ちゃん?どうしてここに?」
「……ある条件?」
山さんの、どうしてここに?という疑問よりも条件とやらに関心が行く。
「はい。それは……」
俺の横に立ち何気なく門に触れると。
「魔力が発現していること、です」
今度こそ扉は開いた、いともたやすく。
「……聞きたいことも言いたいこともあるが、とにかくありがとう。ここから先は俺が―――」
「ちなみに。魔力を持たない者は通常、単独でダンジョンに侵入することはできません。結界の様なモノに阻まれます」
「……」
なぜか得意げに話す唯火。
試しに開いた扉の向こうへ手を伸ばそうとすると。
「……見えない壁があるな」
全くびくともしない。
「はい。で・す・が。一つだけ魔力が発現していない人でもダンジョン内に入る方法があります」
茶目っ気を出しつつ踊るように門をくぐる唯火。
ダンジョンに入った彼女は手だけを門からこちらに伸ばし。
「それは、魔力が発現した人の『パーティー』に入る事です」
《パーティーの招待を受け付けました。加入しますか?》
「……最初っから行くつもりだったってことか」
見ると背にバックバックも背負っている。
少し申し訳なさそうに笑い。
「ごめんなさい。でもナナシさん、ギリギリまで黙っていないと私を巻き込まないために、意に沿わない別の選択をしそうな気がしたんで」
謀っちゃいました。
と、手を差し伸べながら頭を下げる。
「……そう、だったかもな」
ダンジョンに背を向け、山さん達は新しい居場所を探して公園を出る。
若い女を危険に巻き込むくらいなら、彼らも俺もその選択をしていたかもしれない。
「……はぁ。短い時間で、すっかり見透かされたな」
「えへへ……よく見てますので」
「ん?何をだ?」
「な、何でもないです!」
「お嬢ちゃん。本当に、行くしかないのかい?」
よほど唯火が心配なのだろう。
見送りの山さんはすっかり引き留めムードになってしまったが、彼女の意思は固いようで。
「はい。私を置いてくれた恩返しを、させてください」
「お嬢ちゃん……」
もうこれ以上問答を続けるのも野暮だな。
「わかったよ。俺の負けだ……この借りは必ず返す」
俺は唯火の手を取り。
《パーティーの招待を承認。パーティーに加入しました》
「はいっ!よろしくお願いします!」
「兄さん。くれぐれも守ってやってくれよ!」
俺よりよっぽど強い彼女に対して俺ができることがあるかは疑問だが、応えないわけにはいかない。
「ああ。必ず」
「じゃあ、いってきます!」
今度こそ見送る山さんに背を向けると、外界との干渉を絶つように扉は重々しい音をたてて閉じた。
総勢2名の、唯火率いる即興パーティー。
俺たちのダンジョン攻略が始まった。




