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241話 炎上蟲毒

 ~ミヤコside~






「――はぁ……やっと行った」


 この急場で余計な事をグチグチと……。


「あの何でも見透かしてくるような目でずっと見られてたんじゃたまらないわね」


 恐らく他者の精神を暴くものに付随したスキルの一種だろう。

 街に居た時から思っていたけど、他者の些細な挙動に異常なほど鋭敏な男だ。

 もっとも、戦いの中ではそれが大きなアドバンテージとなるのは、名持の竜との戦いを生き抜いた実績が物語っている。


「対人関係じゃ苦労しそうね……」


 行動を共にしている三人の少女はさぞ苦労していることだろう。

 あんな、こちらの心を明け透けにのぞいてくる無神経な男――


「……それは私が『敵』、だからか」


 仲間に対して、あの男がどう接しているのか。

 朧気ではあるけれど、記憶の統合が済んだ『美弥子』の頃の記憶が微かながらに教えてくれる。


「でも、器用そうに見えて女の扱いは不器用そうよね」


 やはり、彼もその周りも一定の苦労を強いられているかもしれないという情景が、ありありと脳裏に浮かんだ。




「へぇ~。結構、かわいい顔で、笑、える。じゃぁ~んっ……と」

「……」


 気だるげで軽薄な声に、口元に浮かべたそれを指摘され、酷く不快な気分になる。


「あなた、人の感情を逆なでるのが随分とお上手ね」

「思わず零れた笑み、ってやつぅ? っと。いいねいいねぇ。すごくかわいいと思うよぉ。まるで――」


 数を増やし続ける催眠傀儡のディグワームの猛攻。

 それらを紙一重で躱しつつも、軽薄な言葉を紡いでいく――



「まるで、恋する女の子。って感じぃ……?」



 さっきまでとは、まるで別質の笑みを浮かべるのを自覚した。


「あはっ。おこ――」


【催眠】。

 対象者は、己。

 この暗示の根幹は、憤怒。


「あんたが……!」


 肉体に湧き迸る膂力、地を削り砕く一足で、転移の女との距離をゼロに。

 転移先を予測する必要などない、視認と同時に反応できない速力で圧倒すればいい。


「私の心に――」

「ちょっ、速っ……」


 そして、体現するは――


「勝手な名前を付けるな!」


 超人的、一蹴。


「――ッ!?」


 頸部にめり込み振り抜かれた蹴りは、常人ならば断頭に至ると連想できる程の速度で女の体吹き飛ばし。



「……何をムキになってるのかしら、私は」



 異種族たちの家並みは人影の弾丸に撃ち抜かれ。破壊の音と、爆炎の如き砂埃を巻き上がらせた――






 ::::::::::






「……派手に暴れてるな」


 後方から建屋をいくつも破壊するような轟音が、背中を打つ。

 転移の女の手札は未知数だが、恐らくミヤコによる破壊音だろう。


 のどかだった里が、まるで戦場だ。


(朱音たち、うまく逃げてくれてればいいけど……)


 ディグワームの大量発生。ミヤコと転移の女の戦闘。

 この混乱の矛先は主に獣人種(ブルート)たちに向けられているようだが、蟲はあくまで捕食対象を無差別に襲っているだけ。


「ギイイイイ!」


 現に、地中から湧き出るディグワーム達は俺に対してもこうして見境なく襲ってきている。

 戦線を離脱しようとしている朱音たちとて例外ではないだろう。


「……それと」


 ディグワームを斬り捨てながら里の区画を進む中。


(いやな視線だ)


 何か、こちらを注視するような視線を感じ取れた。


(敵意は……無い、のか?)


 逃げ隠れた獣人種のものだろうか?

 ……いや、それにしては随分と冷めたような感覚だ。


(敵とも味方とも、気配じゃ判別がつかない。それでいてあからさまな……こちらへの関心)


 これだけ気配が入り乱れた中、周囲から浮くほど隠す気が感じられないこの視線。

 余程警戒心の無いぬるい手合いか、あるいは隠す気もないのか。


(多分後者か。この混乱の中、付かず離れずを守るだけの力量)


 もう何十匹目かの蟲を斬り捨てながら、気配の分析。

 そうしながらも歩は前へ。


(つくづく、この山に来てから見えない存在に悩まされる)


 姿を隠しこちらの動向を探られる。

 この数日間こんなことの繰り返しで、いい加減飽き飽きだ。


(! この感じ――)


 地中から捕食攻撃を仕掛けるひと際大きなディグワームの牙を躱し、大した硬度のない頭部の外殻に剣を突き立て柄を握り蟲の身体にとりつく。


「ギギッ……!」


 痛みに長い全長を反らせ、周囲の建造物を優に超える高さに達したところで突き立てた状態から力づくで斬り払うと。


「見つけた!」


 見晴らしの良い視界に、逃げ惑う獣人種たちを見つける。

 散り散りになった状態から合流しつつあるようだ。


 ……こちらからの道中に、生々しい血痕や物言わぬ肉塊が無残に転がっている。


(生き残りはまだいる。急げ……!)


 首を飛ばした蟲の身体を足場に飛ぶ。

 一つ、無空を蹴り獣人種たちの元へと降り立ちながら、蟲を唐竹に割る。


「まとまって動くな! こいつらは地面の振動に敏感だ。出来るだけ足音を消して地面に接していない場所に逃げろ!」


 頬についた蟲の体液を拭いながら避難を呼びかけるが、そう簡単にパニックが収まるわけも無く。

 忠告を実行できている者は半分といなかった。


(――それにしても、こうもモンスターに一方的にやられるなんて)


 里で異種族たちに追い回された時、その中に獣人種も多くいたがディグワーム程度に後れを取るような感じじゃなかったと思う。


(戦えない連中がこの場に集められていたのか?)


 蟲の餌食となってしまった飛川という兎の獣人種は、大して戦えなさそうな印象を受けた。

 他の者たちも同程度の力量なら、こうなるのは必然。


 あの女は集めた獣人種の殺害を目的としていた。

 だったら戦闘要員となるレベルの獣人種はあの場にいない方が好都合……となると、里にいる全ての獣人種の全滅までが目的じゃない?


 そもそも――


(――なぜ、自分で手を下さない?)


 奴と対峙した時の圧迫感。首を締め上げても表情一つ変えない肉体の強度。ミヤコを前にしても引かない胆力。

 もし、ディグワームでは相手にならないレベルで戦える獣人種があの場に居たとしても、女自身の手で制圧することは容易いはず。


(あいつの言葉の端々に、ヒントらしきものはあった)


 結び付ければ、朧気ながら何かが見えてくるかもしれない。

 だが、それは恐らく突拍子もない様な――






「――ひとまず、落ち着いたか」


 当面の謎に思考を巡らせながら剣を振るっていると、ディグワームの発生はひとまず落ち着きを見せた。


「ミヤコの奴には感謝だな」


 脇腹を割った痛みを携えたままでは、闇雲に敵を倒すだけで正確な状況把握もままならなかったかもしれない。

 肉体を戦いの中に置きながらも思考は冷めさせ、予測と直感で次ぐ事態の変化へ対応してみせる。


「……さて、次はどう来る?」


 区画一帯に静けさが訪れ、聞こえるのは片っ端から救った獣人種の恐怖に乱れた呼吸音と。

 ミヤコが発生させているであろう戦闘音――






「……いや、この地鳴りは、違う」


 ミヤコによる戦闘の物音でも、ディグワームが地中を掘り進む音でもない。

 振動が、突き上げるような揺れへと変化。


「おいおい……まさか、今ここに?」


 状況的に思い当たる節は一つ――


「! 足元が、崩壊する……!?」


 近場に居る獣人種を抱え飛び退くと、足元の地が崩れて10メートル四方程度の空洞が出現。

 そしてその中には――


「やっぱり『迷宮(ダンジョン)』の門か」


 逃げ惑う獣人種たちを発見した時襲い掛かってきた大きな個体のディグワーム。

 あれが『名持(ネームド)』の個体だという事は分かっていた。


「それにしたって早すぎるだろ」


 かなりの数を倒したから、ダンジョン出現のトリガーである『名持』の討伐からダンジョン出現までのスパンが極端に早まったのか?

 それともディグワームの種族特性なのか?


(あの女が訳知り顔で言っていた、この場所()が特別とか言っていたのにも関係しているのか)


 この騒動が終わって、ミヤコがあいつを制圧していたら洗いざらい情報を吐かせる必要があるな。


「――ってことはもしかして……」


 外れてほしい、一つの確信めいた予感。

 助けた獣人種を退避させ、大穴の扉を覗き込む。




 ふと、重々しい扉が軋みだした。


「ちっ! いい加減にしろよ……!」


 予想はできたが、悪態もつきたくなる。

 軋みは激しさを増し、内から殴りつけられるように扉は跳ね始めた。


「知らないうちに名持の魔石が接触したのか?」


 迷宮の活動開始の鍵となる、名持の魔石。

 基本的にこの条件を満たさない限り、あちらからもこちらからも干渉はしないと聞いてきたが……それに、迷宮外へ進行するまでの期間が事前情報よりあまりに短い。

 つくづく理外の事態が起こる。


「これも、あの女の書いた画どおりなのか……」


 迷宮内のモンスターは地上の個体よりも強い。

 集められていた獣人種以外の、戦える者たちでも危ういかもしれない。

 もし、迷宮内の種を束ねる『王』もすでに誕生しているとしたら、確実にやられてしまう。


「こんなことなら、重力の『充魔(チャージ)』残しておけばよかったかもな」


 扉の向こうには夥しい数の気配。

 多勢相手に剣一本では殲滅力に欠く。


 広範囲を薙ぐあの力、もしくは唯火も居れば――



「……」



 冷静に。極めて冷静に。戦況の分析、可能性の模索。

 同時に、血濡れた唯火の姿が脳裏にちらつく。


 タラでもレバでも、ぐったりと地に伏した唯火を、戦術に組み込もうとした自分に少し嫌気がさした。


「――だったらいっそ、外道に振り切るか」


 隔絶空間からあるものを引き出す。


「……6缶。これだけあれば充分か」


 それらを扉の直上に放り、あとを追うように跳躍。

 そのずべてを剣で両断すると、内容物は扉が埋まる穴へと降り注ぎ、扉の隙間から内部に侵入した。


「うってつけの穴だ。よく燃えるだろうな」


 そう。隔絶空間から取り出したのはガソリンの携行缶。

 ユニオンの備蓄品から分け与えられたものだ。正直、使い道はないとも思っていたがこんな使い方をするとは思わなかった。


「悪く思うなよ」


 異形相手とはいえ、まだ姿を見せぬ相手に対しての火責め。

 キレイごとを並べるわけでは無いけど、褒められた戦法じゃない。


 だが、どんな手段だろうが突き詰めれば命を奪う行為。

 殺しに貴賤があるわけもない。


 だったら、ここで躊躇う理由もない。


「これで――」


 まとめて着火したマッチを穴に放ると、瞬時に着火。

 熱気が巻き上がってくる。


「少しは削れてくれるといいけど」


 扉を隠す程に激しい炎。

 魔法の類で発生したわけでは無い人工的な炎が、モンスターに通用するのか懸念はあったが。


「「「ギィィィ!!」」」


 思いのほか効果があったようだ。

 もしかして火が弱点だったのだろうか。


 《経験値を取得しました》

 《ワルイガ=ナナシのレベルが101⇒102に上昇しました》


「レベルアップ、か」


 間接的に倒しても経験値を得られるのか。

 でも正直、少し虚しい気もしないでもない。


 《経験値を取得しました》

 《ワルイガ=ナナシのレベルが102⇒103に上昇しました》


 《経験値を取得しました》

 《ワルイガ=ナナシのレベルが103⇒105に上昇しました》


「……そ、想像以上に延焼しているみたいだな」



 10分程度そうしていると――



 《経験値を取得しました》

 《ワルイガ=ナナシのレベルが109⇒110に上昇しました》


 一気に9レベルも上がってしまった。

 内部構造がどうなっているのか見当もつかないけど、相当うまい具合に燃え広がったようだ。

 扉の前越しにも無数の気配を感じたから、密集していたのも都合が良かったのかもしれない。


「もしかして、迷宮内全焼したんじゃ……?」


 人間相手とはいえ、この山で相当数の敵を倒してきてもピクリともしなかったレベルが一気にこれだけ上昇するほどの経験値。

 かなりの数のモンスターを焼いただろう。


『王』のような強力な個体も――



『ギイイイイ!』



「……そう、うまい話はないか」


 蝉の合唱を何十倍にも大きく、けたたましい鳴き声が響き渡る。



「――あれぇ? まだ蟲ちゃん達でてきてないの~?」


 耳をつんざく咆哮が鳴り終わると、場にそぐわない間延びした声。


「お前……なんでここに?」

「えー。もしかして、キミがもう全滅させちゃったの?」


 声を振り向くと、衣服の所々がちぎれボロボロの風体になった、転移の女がそこに居た。

 こちらの問いに答えもせずにのうのうと言葉を続ける。


「でも、『王』クラスがこっちに出てきたら気配で分かるんだけどなぁ~」

(こいつ……やっぱり迷宮出現から何まで計算ずくか)


 いや、それよりも――


「なんで、お前が……ミヤコはどうした?」

「……あのキレイ系の『到達者』のこと? そんなの決まってるじゃん――」



『ギイイイイ!』



 こちらの会話を遮るように再び、耳を覆いたくなるほどの鳴き声。

 それを聞く女の口の端がつり上がる。


「なんだぁ……さっきの声、断末魔かと思ったら元気そうじゃぁん」

(――来る!)


 火が燻る穴の奥から一気に這い上がる気配。

 重厚な扉を跳ね飛ばし、巨体が地上へ飛び出す。


「でかい……! 『王』の個体か!」


 巨大な胴、掘削機がおもちゃに見える威を秘めた嘴。

 一つ一つが七色に変色する無数の複眼、頑強さがうかがえる毒々しい紫色の外殻。

 そして、恐らく半身以上が迷宮内にあり、いまだ全容が見えないその全長。


(なんだ……この異様な圧迫感。これで、ゴレイドと同じ、種の王……?)

「――んやぁ。ちがうねぇ~」


 こちらの心を読んだわけでもないだろうが、女が答えるように言う。


「『階位(ランク)』が違う。一つ上だね、これ。嬉しくて面白い計算外だなぁ」

「何を言って――」

「『王』。えーっと……迷宮に巣食う種を統率する個体? それは、『統率種(とうそつしゅ)』」


 ケラケラと愉快そうに巨大な虫を指さし続ける。


「この子はね、その一つ上の存在。こっちに来るまでいろいろあったのかなぁ、同族の種が壊滅に追いやられるとか」

「……」

「あ、そか。キミの仕業かぁ……あの子の目を見ればわかるよぉ」


 無数の複眼と目が合った気がした。


「面白くなってきたねぇこれ。その子は今同族の仇討ちに燃えてるんだよぉ。一皮むけてね。僕としてはさっさと獣人種をやっちゃってほしいんだけど……まいいや」


 キミが死ねば同じことだしね、と。


「その後は本能のままに、この辺一帯の生命を食らいつくしてお終い♡ あはぁ、いいね。この方がずっと興があるよぉ。誰がどうなろうとどうだっていいけど、観客(ボク)としては面白い方が良いからね」


 威嚇行動だろう。

 嘴を細かく咬み鳴らし、長い胴体がうねり始める。

 少し動くだけで巨石同士がこすれるような物々しい音を立てた。


「戦うにせよ逃げるにせよ、強いよその子。種を率いる統率種として生を受け、その中でも一握りの個体が種の存亡に瀕した時、目覚める希少個体――」

(『目利……』――)


 女の口上を意識の隅に追いやり、対象の戦力を暴こうと試みると。

 次の瞬間には眼前に……壁。


 圧倒的質量の――


(攻、撃……!?)


 生物が意図して繰り出すそれの域をはるかに超えた……これは、まるで災害。


「キミはどう対処する? 統率種を超越した……『覚醒種(かくせいしゅ)』に」

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