238話 どうでもいい
地中。新たな気配。
「ぎゃああああああ!」
「いやあああああ!」
響く悲鳴。
振り向けば――
「ギィィイイイ」
「ディグワーム! 一体だけじゃないのか……!」
飛川に次いで集まっていた獣人種たちが、地中から出現した二体のディグワームにその体を食まれた。
「二体だけでもないよぉ〜」
(知ってるよ……!)
気配は察知できていた。
けど、こちらに向いていない敵意の察知となるとワンテンポ遅れる。
「あああああああ!」
「ごぶっ……!」
続々と現れる気配。気味悪くうねる異形。
蕾のようにすぼまった蟲の牙が、異種族たちを食い荒らしていく。
「なぁんで残ったのかな? あの子達と逃げればいいのにぃ。助ける義理でもあるの?」
現れたディグワーム四体の胴を両断。
異色の鮮血が鼻につく。
「おい! お前たち状況はわかっただろ! 全員死にたくなきゃ早く逃げろ! モンスターは地中からくるぞ!」
飛川に続き同胞の死傷。
それらを目の当たりにした異種族は俺の一言で散り散りに逃げ出す。
――気配。
「あ、あんた……!」
「行け!」
気配の察知、地表を破ってからの捕食動作の視認。
それらを認識、即座の『瞬動必斬』によりディグワームを斬り捨てる。
「すごいね。目の前で死んじゃっても全然折れないんだ」
「――!」
次なる地中からの気配はこちらを標的にし突き出す。
「邪魔だ!」
肉を啄もうとする牙を剣でいなし、胴長の全長を縦に割る。
「でも、言ったじゃん。適役だって」
「くそっ! 次から次へと――」
新たに察知した気配、大雑把に見積もって十数。
ディグワーム。一体一体は大した脅威じゃないが、この巨体と数で見えない地中から来られては――
「当然、入れ食い状態になるわけですよぉ」
「ぎゃああああ!」
「く、そ……っ!」
悲鳴、両断。
「ねー。無理しない方が良くなぁい? 内臓飛び出ちゃうよぉ? お手付きにも間に合ってないし……あ、そか。ボクが里を全滅させようとしてるって思ってるからそんなに頑張ってるのか」
腹の傷の痛みに集中を削がれ悲鳴が響く中、女の無駄話が耳に入る。
躍起になって剣を振るう俺をおちょくっているのか、わざわざ付かず離れずの間合いにくっついてきて続けた。
「もしも~し。そんなに頑張んなくてもいいんだよぉ~。用があるのは『獣人種』の子たちだけだから」
(! どういうことだ……?)
傷を庇いつつ蟲を斬りつけながら、女の言葉に意識を向ける。
「他の■■■■……あ~……『異種族』に用はないってことぉ」
「っ――異種狩りの目的は、異種族を攫う事じゃないのか……!?」
「……そうなんだっけ? む~。この設定なんかめんどいなぁ……まぁ、とにかく。だとしたら里の異種族み~んな殺しちゃうのはお門違いじゃなぁい?」
その違和感は既に通った思考の道筋。
堂々巡りの問答に苛立ちを憶えつつ羽衣を操作、獣人種を狙う蟲の巨体を拘束。力任せに引き寄せ両断。
「はぁっ……はぁっ」
「だから、ボクは獣人種以外をどうこうしようって気はないよぉ」
倒しても倒しても、次から次へと湧き出る気配。
(こいつの発言の真偽に関わらず、獣人種たちを見捨てる理由にはならない)
これが、俺一人の独善なら見限りもする。
だが、そうじゃない――
「だから、ほっといて逃げちゃいなよぉ」
募る焦燥、苛立ち。
「お前の言ってる事は矛盾してるんだよ……! ほかの異種族はあの煙の影響を受けた。そもそもこのモンスターはお前が操ってるわけじゃない!」
制御されていないモンスターを里に呼び寄せた事実。
「まぁねぇ。バカな獣に都合のいい捕食者を呼ばせただけだしねぇ。でも獣人種以外は用がないってのもホントだよぉ。ていうか……どうでもいい、ってのが本音かぁ。煙の副作用だって別に意図してたわけじゃないし~。過程で何が壊れようが知らないよぉ。別にボクにとって不利益じゃないもん」
あまりに身勝手な言い分。
女のスタンスが分かったところで、里の異種族たちの命が脅かされていることに変わりはなかった。
「キミに対しても、そう。もちろん――」
終わりの見えない混乱、傷の痛みに辟易しながらも、一間の静寂に女が指さす方を見る。
「あの子たちも」
(朱音……まだあんな所に――)
思ったよりも遅れている退避。
一瞬、判断を誤ったかとヒヤリとするが、速力を上げ始めた背中に安堵した。
(付与魔法のクールタイムだったか)
朱音が自身に『攻撃力上昇』と『素早さ上昇』を付与した事により、身動きが取れない二人を抱え危険域から遠ざかる。
(よし。モンスターの気配はこっち側に寄って来てる。とりあえずあっちは大丈夫)
煙の発生元だった位置を中心に群がってきている感じだ。
そう、広範囲には――
「――どうなろうと」
「……あ?」
地中に察知していた複数の気配。
それらが忽然と消失し、気味の悪い余白が意識の中に生まれた。
同時に――
「ほぉんとどうでもいい」
遠ざかり始めた朱音たちの進行方向、その頭上に、あるはずのない三つの異物を視認。
「上だ! 朱音ぇ!」
肺の空気をありったけ押し出して叫ぶ。
「――え?」
飛翔する術を持たないにもかかわらず、虚空に現れた三体のディグワーム。
その身をくねらせ、摂食の本能のままに下方の獲物へ向かい顎を開いた。
「あんな所にイモ虫が出てくるなんて不思議ぃ」
「こ、の……っ!」
動けない二人を抱えた状態で、死角からの襲撃。朱音に成す術はない。
俺がこの位置から切れる手札は、剣の投擲。
「ギイイイイ!」
(――くそっ!)
放たれた切っ先は、この距離でも柔い肉を穿ち、蟲の体に損傷を与えた。
一体の、対象にのみ。
(だめだ! 当たったところで……!)
残った二体は――
「――――」
間に合わない。この距離は、間に合わない。
蟲の牙が彼女たちを引き裂くよりも速く、そこ辿り着くことは叶わない。
それでも、絶望的な未来を確信していても。
駆けずにはいられなかった――
「――また、気色の悪いのとやり合ってるわね」
空の蟲、二体は。
長い胴体をくの字に曲げ――
強烈な打音と衝撃に弾かれた後、地を跳ねた。
「『竜種』に、今度は『ディグワーム』? あなたの周りはロクなのが寄ってこないみたいね」
予期した最悪に割り込んだ存在。それを象徴するのは、嗅ぎ覚えのある、香水。
「お前は……!」
「嫌いなのよ――」
白い軌跡を残すように白衣をたなびかせ。
「爬虫類も。虫も――」
対照的な、黒の艶髪を空に躍らせながら不遜に言う。
「へらへらと軽薄な女も」
「ミヤコ……!?」
「んふふ……『到達者』。かぁ」




