237話 蟲食み
「んん? 何が何やらって顔? え〜っ? 冷静そうなくせしてかあい〜」
間延びした言葉尻、軽薄な言動。どれもがこちらの神経を逆撫でし、状況にそぐわないアンバランスさに何処か気味の悪さを感じる。
(魔石、右脇腹、貫通。治癒、スキル。回復、回復薬――)
得体のしれない女を相手取る思考。
唯火の容態を分析する思考。
意識して、『心慮演算』により、二つの最優先事項を並列に思考。
「――ぁあ〜、もっといじめたくなっちゃうなぁ」
「お前は、何を知っている?」
(損傷、内臓、応急処置。出血、止血、失血――――死……)
最短で導かれる答えは最悪でしかなく、何度も振出しに戻り。
「ね。キミのこの返り血。今日だけでいっぱい斬ったでしょ? おかしいとは思わなかったぁ?」
「……」
(治療、搬送。朱音、『超加速』。何処へ? 誰に?)
繰り返すたびに、思考は鈍り、結末は陰る。
「こんなに派手にスキル使って殺しまくってるのに、なぁんでモンスター出てこないの? って。この世界の常識でしょお?」
(唯火、唯火……死、蘇生。フユミちゃ――)
いくつもの天秤が現れては消え、刹那に途絶える思考の隙間に女の声が入り込む。
「それはねぇ。この山が特別な場所だから。それはもう、すごく特別な場所だから。他にもいっぱいあるんだけどねぇ」
女の意図を読み解こうとする思考が、やはり理解することを拒否し。無意識に細い首を締め上げる腕に膂力が込もる。
だが意に介さず女は続けた。
「でもね。あの『撒き餌』はソレも無視しちゃうの」
「……な――」
「あ。噂をすればぁ――」
嫌な未来を連想させる文言。思わず言及しようとすると、地鳴りが里を揺らす。
「――おい! 言われた通りしたんだ、家族のところに連れて行ってくれ!」
愉悦の混じった女の声と、鳴り続ける地鳴り。
そこに横入する異種族。
「……っさいなぁ。ウサギは可愛いけど、弱くて年食ったヤツは嫌いなんだよねぇ。ほら」
女が、明らかな意義を申し立てる飛川へ円盤状の物体を投げた。
地面を転がったソレは動きを止めると、中心から上方に扇状の光を放つ。
「――あぁ、よかった。生きて――」
『お別れを、伝えます』
「……え?」
ホログラムのような光の中に映る女性が一方的に語る。
『異形となったあなたとともに生きることは、わたしたちにとってとても耐え難いものです。これからはそれぞれの人生を歩みましょう。ではお元気で――』
「は? ま、待――」
映像と音声が途切れ、辺りは地響きに支配される。
「……なんだ、これは。一体なんなんだこれは!?」
「なんなんだ。ってぇ……現実?」
地鳴りが足元で一際大きくなると一瞬の静寂。
(――敵意? これは……地中)
スキルが知らせる攻撃の予兆。それは紛れもなく足元から発せられた。
「わたしは家族のために里すらも裏切ったんだぞ!? なのに何故――」
「おいあんた! 逃げろ!」
せり上がる気配――
「くっ……!」
「きゃ~」
迫る危機の圧から、広範囲、一刻の猶予も許さない予感。
邪魔な女を投げ捨てるように開放、足元で寝息を立てるフユミちゃんを抱え、朱音と唯火の元へ。
「ワルイガ! 唯火が、このままじゃ……!」
「わかってる! とにかく下がるぞ!」
取り乱す朱音と重傷の唯火も慎重に抱え、その場を飛び退る。
「なんで! なんでぇ!」
退避の最中、声を振り返る。
その場に捨てた女の姿はすでに無く、声を荒らげる飛川。
直後――
「どうしてこんな――」
地中から突き上げる衝撃とともに、その叫びは断絶された。
(――食われた)
飛川という異種族の叫びは突如途切れ。代わりに、その場所には地中から突き出てそびえ立つ、生物。
明らかな異形を目の当たりにし、そう結論づけるに至った。
「ちぇー。フられちゃったかぁ。まぁ、その子おっぱいおっきいもんねぇ。あんなモブ異種族に目もくれないで助けに行っちゃうよね」
「……」
「あれ? もしかして助けたかったの? やさし~」
軽薄な声を辿ると、現れた時と同じく足を組み、つま先を宙に揺らしていた。
「睨まないでよぉ、いじめがいあるなぁ……んふふ。さてさて今回のガチャはぁ――?」
女の視線が向く先を追うと、地中から現れたモンスター――
名:なし
レベル:64
種族:ディグワーム
性別:?
MP:0
攻撃力:1200
防御力:540
素早さ:2300
知力:300
精神力:0
器用:2
運:5
「……『ディグワーム』かぁ。キモいなぁ~……でもまぁ、適役だね」
『目利き』で暴いたモンスターの種族名を呟く女。
「この、デカい蟲……お前が呼び寄せたのか!」
「呼んだのは今食べられたウサギと、撒き餌だよ」
白々しい。
その撒き餌とやらをあの男に使わせたのはこいつで間違いない。
(こいつの、『異種狩り』の狙いは里の異種族を連れ去る事じゃないのか……?)
随分と回りくどい気もするが目的はいったい……
「んふふ。って言っても、こっち都合だってのは割れてるかぁ。目的も知りたぁい? 教えてあげよっか? ■■■■。あはっ。やっぱ言語化できないなぁ」
いや、この女から発せられた情報などあてになどできない。
だが――
「……朱音、二人を連れて里から離れろ」
「で、でも。ど、どうしたら――」
にやけ面でも、漏れ出てくる。いや、ハナから隠す気も無いだろう。
『結局みんな死ぬかもね』
悪意、殺意。その背後の、目的意識。
「えっとねぇ……入れ墨ってあるでしょ? あれと同じでねぇ……ここに、刻むの。この場所に、消えない、印――」
細かい目的は知る由もない。
けど、間違いなくこの女の狙いは……
「血のインクを染み込ませて、二度と消えない印をつくるのぉ~」
この場に居る全員……いや。
「ま。要するにぃ……」
「とにかく、行け! こいつ狙いは――」
里に居る全ての異種族を――
「みーんな、ぐちゃぐちゃにしちゃうってことぉ」
寒気のする目つきで舌舐めすりしながら、女はそう言い放った。




