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235話 燻る焦燥

「――おい。大丈夫か」

「ぅ……う……」


 薄く細い陽光が指す頼りない光源の中、兎の獣人種(ブルート)の様子を窺う。

 意識はある。恐らく大きな負傷もしていない。


「そこでじっとしていてくれよ――」


 中腰の状態で獣人種を庇い、背に展開した羽衣の防御幕。


「ふ、んん……っ!」


 それらを押し上げるように、ありったけの膂力を込めると――


「……なんとかなったな」


 瓦解し俺たちを下敷きにしていた屋根の一部が、音を上げて転がる。


「あの炎は……」


 暖炉があったらしき場所を見ると、微かな煙が最後っ屁のように残っていたが、程なくして完全に消失した。


「ふぅ……」


 一息つき、数秒前まで家としての形を成していた瓦礫を見渡す。我ながら無茶をしたものだ。

 家前に集まっていた他の獣人種たちが、唖然としながらこちらを見ている。


「と、飛川さん! 大丈夫か!?」


 一人が硬直から解かれると、人名を呼び慌てふためきだした。恐らく、この兎の獣人種の事だろう。


「ほら。立てるか?」

「うぅ……あ」


 飛川という男は、今だ呆けているようで。外傷は殆どないが心ここにあらずと言った様子だ。

 ……俺が破壊した家がこの男の持ち家だとしたら、確かにショックだろうが、それだけではない気がする。


「飛川さん! 生きてんのかい!?」

「心配するな。ケガなんてしてない」


 恐る恐る駆け寄ってきたブルートたちに、飛川を引き渡した。


(――さて。ここからどうしたもんかな)


 状況を整理しよう。

 まず、異種族を凶暴化させる原因である青い煙。その発生源は潰した。

 そして、その煙を撒いた首謀者は里に居る獣人種たち。目の前の広場には里の獣人種が全員が集まっていると言われても納得できる人数がいる。


(問題は、目的)


 結界の消失、異種族の天敵『異種狩り』の出現。

 不確定要素のミヤコを置いておくとして、その混乱の中、同じ異種族の仲間たちを凶暴化させるその意図。


 今俺がするべきことは――




「誰の指示でこんなことをした?」


 最短で、確信を突く質問。

 一見して、その答えは既に明らか。先ほどからの彼らの言動からもおおよその察しはつく。

 それでも、言及するのは――


(胸騒ぎが、消えない)


 異種族凶暴化の効力が一時的なのか永続的なのかの判断はつかないが、とりあえずの急場は凌いだ。それでも、嫌な予感ってやつが収まらない。


「誰って……あの『撒き餌』とかいうのを、結界が消えた時期に使えば、里の獣人種だけは見逃してくれるって……そっちが言ったんじゃないか!?」


 撒き餌……狂化の煙の事だろう。自分達、獣人種の安全と引き換えにほかの異種族を売った。

 冷ややかな感情を湧き上がらないでもないが、彼らが受けてきた仕打ちの背景を知らない俺がとやかく言う事じゃない。


「まさか、『異種狩り』じゃないのか?」

「じゃ、じゃあ。こいつはいったいどこの誰なんだ!」


 異種狩り。異種族たちを利益目的で攫う。

 唯火やハルミちゃんたちを捕えていた、『探求勢(シーカー)』と呼ばれている連中の、一つの顔。


(俺の認識はこの程度)


 異種族にかかわる一連は。結界消失に始まり、突如現れた多数の襲撃者。そして里内の混乱。


(この絵図を描いているのが、異種狩り……――)


 違和感。


(何か、見落としている……?)


 記憶を辿る。

 すべてを繋がなくてもいい、分岐点。大きな要素を――



「……どうして、『あいつ』がいつもその場にいるんだ?」


 違和感。

 たどった記憶の中、そこに用意されたように。そうなるように、まるで配置されたかのように、居る。



「おい。あんたらの言う『異種狩り』ってのは……」











「ありゃりゃ。こんなとこまで食い付いてくるなんてね〜」


 ――声。気配。五感に飛び込んでくる……いや。

 その一点に引き寄せられ、注視、せざるを得ない……存在感。

 多数の異種族の気配と、混乱した場において、一点。


 唐突に現れた、なにか。

 その、存在感。



「――誰、だ?」


 知らない。俺はこの気配を、知らない。


「『誰』。かぁ……」


 知らない。群がる異種族たちを挟んだ向こう側の、建屋の屋根に居座るあの姿を、俺は知らない。


 ――異質。



「お前は、誰だ……!?」


 想定、想像、直前にたどり着いた違和感すらも翻す。

 理の外の、異物。


「■■■■――」


 こちらの問いに答えたかに見えた発声。

 だが紡がれた言葉と思しきそれの意味を、俺は理解できなかった。


「……あれ? おっかしいなぁ。やっぱ、■■がないとズレるなぁ。これでも喋れる方なんだけどなぁ」

(なんだ……? 何を言っているんだ)


 発っせられた聞き取れない文言も。あまりに唐突に現れたこの存在そのものも、すべてが心中をかき乱す。


 一つだけ確かなのは――



(あれは、敵だ……!)



 自覚以前から、剣の柄に伸ばしていた腕に力がこもる。

 と、それが合図かのように。



「――あ、あんた! あんたの指示通りやったんだ!」



 獣人種、飛川が叫びに近い声を張り上げた。



「言われたとおりに『撒き餌』を撒いた! 家族は……! 家族だけは……!」

「と、飛川さん? あんた、家族は……身内はみんな、死んだって」

「え……どういう……?」


 その主張を聞いた獣人種がそれぞれに反応を示す。

 今の俺には、そのざわめきが、耳障りで仕方がなかった――



「お前は、誰だと聞いてるんだ……っ!」


『竜王殺し』を合わせた敵意の発露。

 広場にいる獣人種の何人かが膝を折り、倒れる中。


「んっふふふ〜……■■■■。あぁー、やっぱ発音できないなぁ――」


 鼻につく、気分良さげな笑みを浮かべ、ソレは答えた。






「んふふふ。便宜上、名乗るなら……ボクが、その子達の言う『異種刈り』。かなぁ♡」



 まるで、他人事のように――

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