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234話 煙の元へ

(ツイてる。風下だ)


 完全に気配を絶つことは難しいが、風上にいるよりかは断然動きやすい。

 鬼人族(オーガ)のダイギリであの人並外れた嗅覚だ。獣の特徴をその身に宿した獣人種(ブルート)となれば、どれだけ鋭敏な感覚を持ってるか知れたものじゃない。

実際、里で追い回された時は振り切れなかった。


(ロケーションも味方している)


 獣人種の居住区だというこの一帯は、農作物がたくさん実っていて緑が多く茂っている。

 森の中程じゃないが、隠れ場所に困ることはなさそうだ。


(……順調だ)


 レンガが敷かれたカントリーな通りを横目に、ログハウスのような家を縫うようにして茂みから茂みへ移動。息を殺し、物音を立てず、気配を消す。

 俺を先頭に、後続の二人も持ち前のセンスでうまく隠密行動がとれている。


(順調すぎやしないか?)


 犬は人間の1億倍の嗅覚を持つなんて、あまりに有名で周知の雑学。それに近しい獣の特徴を備えた異種族だぞ? 

 同じ里に居ながら、こうも発見されずにいられるものなのだろうか。


(仮説を立てるなら、異種族の凶暴化が関係している可能性)


 今、目的地にしている青い煙。その悪臭が凶暴化に加えて獣人種の嗅覚を奪っている……鋭敏ゆえのデバフ。


(あり得なくはない……もしそうなら、助かるんだが)




 ――その見通しがあまりに甘かったと、直後に俺は知る。




(……気配。こっちに意識は向いていないな)


 並ぶ家々を回り込むように、徐々に煙の元へと近づきつつある中。


(おいおい。この感じ、かなりの数だぞ)


 多数の気配を感じ取った。

 それというのも、どうやら一箇所にまとまった人数がいる。敵意を発していなくても、これだけの人数が集まっていればおおよその位置は見当がつく。


(しかも、気配が集まってる場所って――)


 ここにきて問題が発生した。


(唯火。朱音。止まれ)

「「?」」


 後続の二人に停止のハンドサイン。

 声を出しての会話は、控える。気配との距離はもう数十メートル程度。

 同時に、目的地である青い煙の出どころも、数十メートル。


(煙の地点に多数の気配がある。俺が一人で様子を見てくる――)


 ハンドサインじゃ細かい意図まで伝えるのは無理なので、一人で偵察に行くことだけ伝達。


(フユミちゃんを頼む)

「「……」」


 背負っていたフユミちゃんを唯火に託して頷く二人に背を向ける。



(ここまで人っ子一人いなかったのに、なんでよりによって煙の元に集まってるんだ)


 あの青い煙に、凶暴化した異種族を集める効果でもあるのだろうか。

 そうなると煙の元にたどり着くには、異種族との戦闘は避けられないのか。

 タイミング的にあの煙がこの事態に無関係なはずが無い。多少無理を通してでも……


(――どうするか)


 思考を巡らせながら、ちょうど良い茂みに身を隠す。この距離でも、まだ気づかれない――


 違和感。






「――なんだ、あれは」


 茂み越しに覗き見る光景。

 気配の集まった広場。ほかの家よりも大きな建屋、屋根から伸びる煙突から立ち上る毒々しい青の狼煙。

 そして、広場に佇む気配の正体を見て、思わず潜めていた声が漏れた。


「……まさか」


 そこに居たのは、まぎれもない異種族。この辺りを居住区にする獣人種。

 ネコ科、イヌ科、それぞれに動物的特徴が肉体に現れた、二足で直立する人たち。


「そういうことか」


 そして、先ほど立てた仮説は正しかった。


(半分は――)


 今里に居る彼ら、獣人種は間違いなくその嗅覚を封じられている。

 そして、その状態に起因するのは、やはりあの青い煙。


 ただ――



「意図的に、封じたんだ」



 今、獣人種は皆揃って同じ共通点がある。

 それは、口元を覆うマスクのような装備。手作り感はあるが簡易的なものじゃなく、高い防塵性があると一目で窺える……ガスマスク。


 つまりは――



「一人二人じゃない、獣人種全員が……」



 これで、凶暴化の原因が青い煙にあることがほぼ確定した。

 彼らは、あの煙の効果を知っていて、知っているからこそマスクで鋭敏な嗅覚を守っている。

 目的も、他の異種族への被害も分からないが、少なくともキキョウとサクラという鬼人族の二人はその影響を受けた。


(……あの煙は。止めないといけない)


 獣人種が凶暴化の煙を撒いた背景は分からない。分からないが、あれは絶対に止めなければならないと。直感が、本能が警鐘を鳴らしている。






「だ、誰だ!? お前は!?」


 ここまでの隠密行動を無に帰すように、広場へと飛び出した。


「……その煙を、止めるんだ」


 近づけば近づくほど嫌な予感が加速していく。


「言葉を!? 理性が残っているの!?」

「な、なぜオレたち以外が正気を保っていられる? もう『撒き餌』を使ってから充分時間は経ってるのに!」

(どうやら、『獣人種(自分達)』だけは煙の効果から逃れる。って感じみたいだな)


 マスクで表情も見えない上に、体幹も普通の人間と異なるから見極めにくいが、それでも端々に垣間見える。


「マスクもしていないのに――」

「まて! ……こいつ、人間じゃないか!?」


 嗅覚を封じられ判別が遅れたのか、徐々に動揺が広がっていく。


「どういうこと!? 人間……っ! い、『異種狩り』なの!?」

「そんな、獣人種は見逃すって……! 取引だろぉ!?」

(――今は、言及している場合じゃない)


 この混乱に乗じて、あの煙を潰す。



「――と、飛んだ!?」

(……この家の『核』は)


『無空歩行』で獣人種たちを飛び越え、青い煙を空へ吐き出す屋根を見下ろし、『物核探知』で建物ごと破壊――



「ちっ! 中に誰かいるのか……!」


 眼下の家に気配。このままを破壊すれば中の人物諸共生き埋めにしてしまう。

 だったら――


「ふっ……!」


 降下しながら直下の屋根に斬撃をいくつか加え。自重を乗せた蹴りを叩き付けると、即席の勝手口が開く。




「な、なんだ!?」


 瓦礫と共に屋内へ降り立つと、一人の獣人種が居た。


「人、間? お、お前は!?」


 獣人種の、恐らく兎の特徴を持つ男。

 初対面だが、どうやらあちらは俺に見覚えがあるらしい。だが今は――


「この暖炉か……!」

「! よ、止せ!」


 煙よりもさらに不吉な青い炎が燃え盛る暖炉。近くにあった消火用の水がめの中身を炎めがけてぶちまける。


 が――


「消えない!?」

「止めろ! 邪魔をするなぁ!」


 敵意。

 振り下ろされた手斧の持ち手を掴んで動きを封じる。


「――悪い。家、壊すぞ……!」

「なにを――」


 部屋の中心を貫く柱に核を見つけ、黒鉄の拳で撃つ。

 破壊の亀裂が走り、レンガ造りの暖炉へと伝番。家全体が崩壊を始め――



「止めろ! 止めろぉおおお!」



 不吉な青の炎は、瓦礫の中に潰えた。

器物損壊罪。建造物損壊罪。

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