232話 行動開始
~『交錯の里 正門』~
「さて、まずはどこから当たるか」
近場の茂みに身を潜め、里の正門を窺う。
唯火たちと行動していた鬼人族の二人はもうどこかに行って、正門付近にはいないようだ。
「……何か手掛かりはないのか?」
「あったらあんたを頼ってないわよ」
「すみません……」
まぁ、二人も突然巻き込まれたような状況だし当然か。
急くままに里へと戻ってきたが、正直元凶が里内にあるのかさえ分からない。
「……」
「どうした、フユミちゃん」
何やら思案顔だが。
「ん……なんで、里には一人も敵が現れないんだろう。って」
「……ふむ」
「それは、ナナシさんが前線で敵を叩いてくれてたからじゃないかな」
「兄者は、どう思う」
唯火の言う通り、俺が里に戻らず戦闘を継続し続けていたのは、敵を引き付けるためだ。
里に敵襲がないって言うなら、その策がうまく功を奏した結果と言えるが……
「今、里で起きている異変が『異種狩り』の仕業なんじゃないか?」
「わざわざ、標的を凶暴化させる意味は?」
……確かに。
底だけに着目すると、この異変イコール異種狩りと直線で結び付けるには短絡的かもしれない。
「……俺が里へ戻ろうとした理由は。皆と合流するためと、もう一つある」
フユミちゃんが感じている違和感。
つまりは、俺が抱いた懸念とも重なることだろう。
「里の中に、異種族の中に……敵側と通じている奴がいるかもしれない」
先の戦闘で感じた、地形を知りすぎた立ち回りからくる一連の、敵側の違和感を話す。
「――確かに、あり得なくはないわね」
「考えたくないですけど」
それなりに説得力のある説だったのか、可能性としてしっかり受け入れて聞いてくれた。
「もしそうだとして、それはそれで何が狙いなのかな」
「さぁな。それこそ張本人に聞くしかない」
俺の所感では異種族間の仲間意識は強固なものだった。いるかも知れない裏切り者が、危険な思想の持ち主なのか。
あるいは、その仲間意識を利用されたか……
「でも、まだ元凶を絞り切るには情報が――」
「いや、それなら目星はつけた。たった今」
「えっ?」
里に着いてから、俺は『五感強化』の出力をあげていた。中でも、聴覚と嗅覚に振った。森の中での戦闘で索敵にこの二つが大いに役立ったからだ。
異種族は人間の俺よりも優れたそれらを持つ。付け焼刃でも、異種族との無駄な遭遇を避けるため鼻を利かせていた。
「臭いだ」
鼻先を指し言う俺に、ピンときた様子はないようだ。
「妙な臭いが、里周辺に漂ってる。初めてきたときはなかった臭いだ」
「臭い、ですか」
それぞれ鼻を軽く鳴らし嗅覚に意識を集中しているが。
「わっかんないわね……」
「まぁ。臭いはあくまでオマケ程度で、里の上空を見ればわかる」
鼻先から空へと指さし、皆がそちらを向く。
「なにあの青い煙」
「全然気付き来ませんでした」
「……里から、昇ってる」
唯火の信号弾を発見する直前に上空で確認した気味の悪い煙。
目立つと言えば目立つが、樹木の群生が濃い地上ではよっぽど注視しないとみつけにくい。
三人が気が付かなかったのも無理はない。
「どうだ? タイミングとしては無関係とも思えないだろ?」
「そうですね……臭い、というなら鬼人族のダイギリさんも、鼻が利くみたいでしたし」
「キキョウさん達も、ってことか……まってよ。じゃあ、更に鼻が利く『獣人種』の人たちはもっと狂暴になってるとか?」
「まぁ、有り得ない話じゃないな」
サクラとキキョウ。双方の凶暴化の度合いに差異があるのを見る限り、凶暴化の効果は全ての対象に一定ではなく、何らかの要因による効き目の違いがあるはずだ。
「ゾッとしないわね……」
「俺は端から殺す気で追いかけられたけど」
「あれはあんたの不注意で女湯突っ込んだからでしょ」
「……あの――」
若干、汚物を見るような朱音の視線をいなしていると、唯火が切り出す。
「『人間』であるお二人は、残った方が良いんじゃないでしょうか……曲がりなりにも異種族の私なら攻撃の対象にはならないかもですし――」
「それは無しだ」
悪いとは思ったが即決で彼女の案は否定した。
「それは唯火一人で行くってことだろ。フユミちゃんを連れて二人で行くわけにもいかない。同じ異種族だから襲われないってのも不確定だ。異種狩りと里内部の裏切り。事態がどう動くかまるで予想もできないのに、唯火一人に任せるわけにはいかない」
「う。そ、そうですね」
こちらの指摘にシュンと小さくなってしまった。
「あんた言い方が不器用すぎるでしょ。もうちょっと気の利いた言い回しできないの?」
「……そんなにキツイ言い方だったか?」
普段通りにしているつもりなんだが。命を奪う修羅場続きで、無意識に殺気立っているのだろうか。
「すまん。信頼していないわけじゃないんだ。どうにも見えない要素が多すぎる……俺たち四人、最大戦力で事にあたるべきだと思うんだ」
「……はい。わかります」
「一人で奮闘してたやつのセリフじゃないわね」
「状況は変わるんだよ」
話が進まなくなるので、朱音のツッコミはスルーしよう。
「フユミちゃんも、それでいいか?」
「ん。問題ない」
戦えないとはいえこの子を置いていくわけにもいかないからな。
まぁ、有る意味この中で一番人知を超越したとんでもない力を持っているわけだし。この場にそぐわないなんて事はないが。
絶対に、その力を使わせるわけにいかないけど。
「――それじゃあ、行くぞ」
向かうは、青い煙の発生源。
「俺が先導する。ここから先、会話はできるだけ控えよう。足音も、一歩一歩注意して」
「「「……」」」
三人が無言でうなずく。
出し抜く相手は、獣のソレか。スキルで更に強化された異種族。用心しすぎなんて事は無い。
(煙の位置は、幸い里の端)
交錯の里に初めて訪れた時、投げ飛ばされた上空で見た里の全容は。丸太を組み合わせて作られた高さ五メートル程度の塀でその全周を囲われていた。
出入りができる門は東西南の三か所。北側は門らしい門は見られない。
(煙の出どころはおそらく正門の逆方向)
どんなに高い塀だろうが、問題ない。『無空歩行』を使えばフリーパス同然だ。
(こういう隠密には、エミルの使う霧の魔法が有利に働くだろうな)
この場にいないのが悔やまれるが、彼女も彼女で安否がしれない。
(ダイギリのやつがうまくやってくれればいいけど)
変化の訪れない順調な隠密行動。
その間に、消耗した体力の回復を図りながら。
(アティの方もどうなったか――)
心配事にも思考を割いている間に――
(――このあたりだな。みんなストップだ)
おおよその目的に到着し、後続の三人に停止のハンドサインを送る。
団体行動に長けたユニオンのしきたりに倣った所作だ。街にいたとき唯火とともに教わった。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか――)
鬼にも蛇のような竜種とも戦った経験がある今。使い慣れた慣用句が少しだけ可笑しくなってしまった。
「俺が先に行く」
ぎりぎり聞き取れる程度の小声で宣言すると。三人がサムズアップするのを見届け。
塀の頂上へと翔んだ――




