231話 生かすか否か
「美弥子、さんが……」
「エミルさんを……?」
「……」
この混乱の中、ミヤコの存在を三人に知らせることは無駄な混乱を招くかもしれないと思ったが……
「俺も直接遭遇したわけじゃない。でも、ダイギリの情報と『催眠』スキルの痕跡。ほぼ間違いなく、この山のどこかにいる」
何も知らない状態でかち合うよりはいくらかマシだ。場合によってはそれぞれに、致命的な隙になりかねない。
エミルの爺さんとやり合っていることだけは伏せて、情報を共有しよう。
「ちょっと……頭が追い付かないんだけど」
「エミルさんは、無事なんですか?」
戸惑いは感じるが、唯火はこっちの意図が分かっているみたいだな。
「矢傷を負っているらしい……でも、ミヤコがエミルを連れ去る理由が何にせよ、見殺しにするつもりならその場でそうしてるはずだ」
「そう、ですね」
問題は朱音の方か。明らかな動揺が見られる。
自己催眠状態のミヤコとは、俺と唯火よりずっと付き合いが長い分、無理もないが――
「このことを今知らせたのは、この戦いで対峙する可能性がゼロじゃないからだ」
「……っ」
今俺たちが、歩みを止めるわけにはいかない。
「あいつは、味方じゃない。場合によっては戦うことになる」
「……分かってるわよ」
遅れ気味だった朱音が、『素早さ上昇』を再付与し、再び並ぶ。
「ちょっとビックリしただけ。問題ないわ。それよりも今は――」
「交錯の里を、異種族を救う」
引き取るようにフユミちゃんが続けると、それぞれに頷き。
「もう目の前だ」
異変が起きる里へと、再び足を踏み入れた――
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~『濃霧の結果内 エミル祖父邸』~
「――ぅ」
頭が、痛い……酷く、痛む。
かなり深く眠ってたみたい。この眠りから覚めたら、この痛みは和らぐのだろうか。
身体が、痛い……酷く、痛む。
特に――
「――っは!?」
脳裏に走るフラッシュバックに全身がびくついて、私の体を跳ね上げた。
「ぐっ!? ぅ……痛、い」
あちこち体の具合はよくないけど、特に背中が痛む。そのわけを、私はちゃんと記憶している。
ただ――
「痛みが、和らいでる……?」
覚醒しきっていない頭でぼんやりと、誰かに傷の手当てを施された事は理解した。
「ここって……」
ようやく、今置かれた状況へ意識を向ける。
今しがた跳ね起きたベッド、家具調度品。この室内には、見覚えがある。
「おじいちゃんの、小屋……?」
「――意識はハッキリしていようだな」
しゃがれた声と、あまり得意ではないお茶の香り。
「傷の具合はどうだ?」
「ん……おじいちゃんが、助けてくれたの?」
渡されたカップを受け取り口をつける。病人の起き抜けには奇妙に見えるかもしれないけど、私の家ではこう言う習慣なのだ。
なにより、おじいちゃんの入れるお茶は味はともかく、不思議な薬効がある。
「……今回の出来はどうじゃ?」
「苦くておいしくない……けど、傷には効きそう」
まだまだ改良の余地ありだな。と少し愉快そうに言うと。
「どこまで覚えている?」
手短で、確信的な質問。
「……ダイギリが、里近くの森で誰かと戦っていて。分が悪そうだから加勢したつもりが、返り討ちに……」
「そうか……まぁ、お前達では太刀打ちできんだろうな」
この言いぶり、まるで戦った相手を知っているような。
「おじいちゃんが、助けてくれたの?」
「……ふぅむ」
意味深に唸ると、腰掛けていた椅子から立ち上がり。傍らに立てかけていた杖を手に取る。
「ワシも、決めかねていてな……」
「え?」
杖の先で床をつつくと、部屋の壁の一部が蜃気楼の歪み、外が丸見えの大穴が姿を現した。
そういえば、あの人間の青年がおじいちゃんを殴り飛ばして破壊された箇所だ。
「あれの始末を、どうつけるか」
「あれ……? って」
杖が指す方、大穴の先の外界。
この角度だとおじいちゃんの庭でも一際大きな大木――
「! あいつ……」
その大きな胴回りに、四肢を拘束される、人。
「放っておけば勝手に死ぬとは思うが――」
胸元に深々とした裂傷、そこから流れる鮮血に赤く染められた白衣を纏う、あの化け物じみた強さの。
あの時の女。
「どうしたものかと、な」
「う……っ!」
女の姿を見ると、背中の痛みが少し増した気がした。
「……おじいちゃんが、倒したの?」
「いや。勝手に自滅した」
自滅? どういうことだろう……戦ったのは確かだろうけど。
「お前を背に負いながら、のうのうとワシの前に現れてな。何やら用があると言っていたが――」
「え? ま、まって! あいつが、私を……?」
それは、一体どういう状況なのだろう。
「さぁな……ワシにもわからん。ただ、お前の背の傷には必要な処置が施されていた」
「あの女が。ってこと?」
知らん、と。どうでも良さそうな返事をしたと思ったら。
「どうするかは、お前が決めろ。エミール」
そう言って、サイドテーブルに四つの小瓶が置かれた。
「これ……あの人の、回復薬」
「傷の治療にちょうど良かったからな。一つ使った。あまり出来は良くなさそうだったが、傷を塞ぐには十分だ」
『何でも。というか、これ四つあるじゃない。三人に一つずつあげても、残りの一つはあなたが持ってればいいんじゃない?』
『ああ。それはあんたの分だ』
『……えっ?』
『なんやかんや世話になってるしな。安心しろ、効果は確認していないがちゃんと効くはずだ――』
……どうやら、知らぬ間に借りを作ってしまったようだ。
「ワシはあの小娘が気に入らん。殺すにも生かすにも、術を使ってやる義理は無い。お前が何かする分に、別にワシは文句を言わん」
だから、私に預ける。と。
「……」
この回復薬は、唯火さん達に渡してくれと託されたものだ。
得体の知れない人間に、まして『異種狩り』かもしれない人間に……
「悪く、思わないでね――」
カップに残ったお茶を煽ると。
やっぱり苦い後味だけが残った。
話進まないの書き方が癖になってる作者が私です




