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228話 絶対に

「っつつ……これで、よしっと」


 羽衣を操作し、肩の傷口を圧迫する様に巻き付けた。

 空中戦で受けた傷をろくに処置もせずに立ち回り続けたから、更に傷口が深まった気がする。


「こうしておけば、傷も癒えるだろ」


 ……と、思う。

 指先にも若干の痺れを感じるし、出血状態が続いたから血が足りていない感覚もある。

 この先間違いなく戦いが控えてる今、気休めでも処置はしておいた方が良い。


「回復薬があればな。わけないんだが」


 今朝調合した分は全てエミルに持たせてしまった。

 唯火たちに渡すよう頼んでおいたから、これから向かう交錯の里で合流すれば、回復薬を使わせてもらえるかもしれない。


(唯火たちが受け取っていれば、だけど)


 ダイギリが言うには、エミルは突如として現れたミヤコに身柄を……拘束されているらしい。

 そうなったのが唯火たちに会う前なら、回復薬は全てエミルが所持していることになる。


「ままならないもんだ」


 状況が入り乱れる中、いいニュースが一つもない。希望的観測で動くしかない。


「……腐っても仕方がないか」


 行き先はもう決めた。


「無事でいてくれよ。唯火。朱音。フユミちゃん」


 信頼と心配を混ぜこぜにしながら、木々を飛びその場へと向かう――






 ::::::::::






 ~『交錯の里・正門防衛線』~






「――お前ノ。セイ、だ」

「朱音ちゃ――!」


 振り上げられた戦斧。『闘気(オーラ)』と呼ばれる圧を纏ったそれは、対象を両断。

 あるいは粉々に砕くために、渾身で振るわれた。


「朱音!?」


 爆ぜ、巻き上がる土煙がその場にいた双方を覆い隠し、無情な衝撃が空を伝って周囲を打つ。

 その破壊がもたらした、結末は――






「――っぶないわね!」

「朱音ちゃん!」


 巻き上がった土煙を後方に脱し、紙一重で最悪を回避した。

 その勢いのまま靴底で土を削りながら、油断なくその場を睨む姿は、僅かに光を帯びている。


「あの一瞬で、『素早さ上昇(バーニア)』を付与(エンチャント)したのか……!」

「っはい。マスター」


 惰性が止み、一息つくと、警戒の色を強めながらも答える。


「霧の中では、不意打ちでワルイガの足引っ張ったから……自然体での付与の発動速度を意識する様になりました」


 件の出来事から二日と経過していないが、死の淵をさまよった経験と、特殊な状況下の鮮烈な経験。それらが少女の無意識下にある本能を強く刺激した。故の、急成長だった。


「よ、よかったぁ。無事で……すごいよ、朱音ちゃん」

「ありがと。でも、それどころじゃないでしょ」


 朱音が、衣服の下に隠したホルスターから愛用の銃を抜く。

 その臨戦態勢に僅かながら戸惑いを隠せない二人だったが。直撃を避けた戦斧の余波でボロボロになった朱音の衣を見ると、彼女に倣い晴れゆく土煙を見据えた。


「さっきのキキョウさん。本気だったわよね?」


 本気で……――。

 と、自問し確認する様に繰り返すが。その先の単語を出すことに抵抗を覚えたのか、その先が続くことは無かった。


「そう、だったかも……でもどうしてこんな」

「……この、嫌な感覚が関係してるのかもしれないの」

「嫌な、感覚……多分、この場であたしだけが感じてない……それって――」




「――『人間(ニンゲン)』」


 唸るような凄みを湛え発せられる声。

 そこに含まれるのは、憎悪、憤怒。


「ヤはリ、お前、は……人、間」

「キ、キキョウさん! 待ってください、朱音ちゃんが異種族じゃないって……人間だって黙っていたことを怒っているなら謝ります! 話を――」

「ぅガあぁアァアアあ!」


 言葉を遮る咆哮は、対話の道など無い事を突き付ける。


「キキョウ、さん……っ!」

「なんでバレたの!? さっきの攻撃でエミルのおじいちゃんの服がボロボロになったから!?」

「異種族として認識される術式か……でも、キキョウは攻撃する直前から朱音に敵意を向けていた」


 それぞれに思考を巡らす間にも、土煙を払いながら地にめり込んだ戦斧を上段に構え、膨らむ殺気。


「なんにしても、キキョウさんはいきなりこんな事をするような人じゃないよ!」

「……じゃあやっぱり――」

「『人間』の朱音は感じない。『異種族』のフユ達が感じる……この嫌な感覚が、元凶。かもしれない」


 いずれにせよ、想像の域を出ない。

 が、状況の見えない今においても、当てはめるピースは散見される。


「さっきのサクラさんの時も……何らかの、敵の攻撃なのは間違いない。よね」


 そう。用意されたように、散りばめられたそれらは――


「『異種狩り』ね……!」


 時に視野を狭め、真実を追い隠す。


「……」

「マスター? どうし――」

「ガあッ!」




 そして大きな流れは、留まらせることを許さない――






「止ま、って! キキョウさん!」

「! サクラさん!?」

「あ、あんたは大丈夫なの?」


 まさしく鬼の形相な同胞の腰にしがみつきその動きを封じる、鬼人族(オーガ)の少女。


「今は……! でも、わからないです……っ。また――あぐっ!」

「サクラさん! 今のキキョウさんは正気じゃありません! 離れてください!」


 剥き出しの、種としての攻撃性が赴くままに、しがみ付く同胞を肘で打ち付ける。

 鈍い打音が、その痛みを連想させた。


「――くっ!」

「唯火!? 『躁玉(そうぎょく)』を撃つの!?」


 逡巡のまま魔石を操る気配に、戸惑う声。


「このままじゃサクラさんが死んじゃう! 正気を無くしたキキョウさんを止めるには、生半可な攻撃じゃ……っ!」

「姉者……」


 その判断は、過去にナナシと交戦した、同じく鬼人族であるダイギリが見せた肉体の強度。

 モンスターと認識していた状態での、ためらいのない攻撃を受け止められた経験からくる極めて正しい判断。


 だが。

 今、撃ち抜こうとしている対象は。


「はっ……はっ……っ!」

「……バカッ! 震えてるじゃない……っ!」


 先刻まで言葉を交わしていた。

 一人の、異種族の女性――


「――手を出さないで!」

「「「!」」」


 魔力の撃鉄に指をかけ、躊躇う中。

 悲鳴に近い主張が響いた。


「おね、がいです……皆さんに、今、キキョウさんを傷つけられたら……多分、許せる自信が、ありません」

「で、でも……でも!」

「わた、しが……押さえ、ます! 今、何が起きてるのか……里の皆もどうなっているのか……ぐぅっ! わからない、っけど――」


 額から流す血に、目を霞め、懇願する――




「元凶を……っ! この異常の、元凶をっ! 絶って……里を……みんなを、助けて」


 次ぐ、痛々しい打音を聞きながら。

 三人はその場に背を向け、駆け出す。


「絶対……っ! 絶対助けるわよ……!」


 無力感と、悔しさを引きずり。


「『絶対』……だから、行かなきゃ。姉者」


 より確実な、救いの誓い。

 だから今は、背を向ける――




「必ず……あの人を連れて、戻ります……!」



 必ず、助けるために。

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