227話 異変
お久しぶりです。
「こうするしか……こうするしか、ないんだ」
締め切られられた室内。
麻で作られたカーテンの隙間から差す細い光だけが、室内と家主を照らす。
「これを……これ、で」
声色同様に震え手で握られた、筒状のアイテム。
沼の中を進むように重い足取りで向かうのは、暖炉。
「許してくれ……こうするしか、なかったんだ……!」
筒をひねると、その中央に青く光る筋が走る。
その発光は徐々に勢いを増すように、不気味に持ち主を照らした。
「許してくれ……許してくれ……」
光の筒を、薪が組まれた暖炉へ放る。
すると、青く燃え盛る炎が生まれた。
「うぐ!? この、臭いが……『撒き餌』」
巻を焦がし、瞬く間に炭化させゆく炎からは。
揺らめくそれと同じ、青い煙を立ち昇らせる。
その行く先は、空。
煙突の口を抜けた、外界。
「もう、引き返せない……」
家主はしばらく、膝をつき放心していた――
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~アティside~
「――おい! もっと速く飛べんのか!?」
「こ、これが全速です!」
背の高い木々の葉をかき分けるように飛行する異形、竜人族の影。
と、それに抱えられながら檄を飛ばす少女の声。
「ちっ! 私が逃亡する羽目になろうとは……」
忌々し気に悪態をつくと、額の鮮血でべたついた黒髪をうっとおしそうに払う。
「見ろ! 『ついんてーる』の結びも解けてしまったではないか!」
「むしろあの化け物の直撃くらってその程度なのが奇跡ですよ!」
「……お前、あのデカブツを見た時、知っている風だったな? 止める術は知らんのか?」
「知っ……てはいますけど、あんな状態初めて見るし、もともと制御が利くような――」
「あーわかったわかった! 使えんやつだ! とにかくさっさと――」
再び激を飛ばそうかという時。
木々がへし折れる乾いた音と、地を鳴らす打音が二人を追う。
「ええい! まったくしつこい! お前が翼を負傷などするから! 上空にも逃げられんし!」
「生きてるだけ褒めてくださいー!」
「――む?」
追跡者の気配が近づく中、前方に複数の生物の気配。
「いたぞ! 異種族だ!」
「あやつらは……」
「あの飛んでるやつは、『竜人族』! 間違いなく天然モノだ!」
「『異種狩り』!? 挟み撃ち!? この状況、まさか罠!?」
「ちっ」
二人にとって前後を敵勢に挟撃された形。
だが――
「……おい。逃げもせずにこっちに向かってくるが……何かに追われている?」
「――ほう?」
少女の人間離れした聴力は、前方に生まれる抜け道を見逃さなかった。
「このまま突っ込め」
「ええ!?」
返事も聞かずに少女が手をかざすと。
「! ぐっ!? 体が……」
「重、い……?」
十数といる敵勢は膝をつきその動きを封じられる。
「肉壁になってもらうぞ、人間」
その脇を一瞬で飛び去ると、不可視の圧による拘束は解かれ――
「くっ! 逃がすな! 追――」
「ァァアアアアア!」
「「「なっ、何だこの怪物は!?」」」
宣言通りの状況を作り出す。
「多少の時間稼ぎにはなるだろう」
「アティ様! ここからどこに向かえばいいんですか!?」
「……もう少し。この先の洞窟に、我が――」
その先に次ぐ言葉は――
「……『我が』?」
「――切り札がある」
逡巡と困惑の末、絞り出すように選ばれたものだった。
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~『交錯の里』 唯火side~
「――臭うね」
今だ敵が現れる気配のない、里の防衛線である正門。
「どうしました? キキョウさん」
静けさと、遠くに聞こえる戦いの喧騒のようなものが同居した、不気味な雰囲気の中。
「におい……は。わかりませんが……なんか、嫌な感じがします」
「唯火? 大丈夫? 顔色が――」
「姉者も、感じる?」
ただならぬ不吉を、私たちは感じ取っていた。
「マスターまで……あたしは、わからないけど」
嫌な感覚と、胸騒ぎ。
落ち着かないながらも、皆の様子に目を向ける。
得体の知れないものに対峙した時、兎にも角にも現状の把握に努めるのが最善。
あの人がいつもそうしてきてた。
「うぅ……気持ち悪い、です」
「気合……入れな。サクラ」
キキョウさんとサクラさん。二人も何かを感じ取っているようだ。多分、私よりも顕著に。
余裕の無さからそれが窺い知れる。
「唯火。一体、どうしたの?」
「なにか、うまく言えないけど……胸の中が……中で……」
朱音ちゃんはこの嫌な気配を感じてはいないようで、私とフユミちゃんに寄り添ってくれた。
でも、今はわたし達よりも――
「くっ……」
「うぅ……」
サクラさんは膝をつきうずくまってしまう。
キキョウさんも余裕がない様子で、サクラさんに駆け寄ることもできないようだ。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの!?」
代わりに朱音ちゃんが駆け寄る。
うずくまる背を優しく撫でた。
「えーっと……どうしたらいいのかなこれ。皆様子がおかしいじゃない」
「ぅ……う゛ぅ」
「苦しいの?」
「離、れて……ください」
困惑しながらの介抱も効果は無いみたいで。
「何言ってるのよ、ほっとけないでしょ」
「いい……触ら、ないで、よぉ」
そして、異変が起きる――
「でも――」
「――触ルナ!」
「っ!?」
怒気以上の圧が込められた一声と共に、背に添えられた手を払う。
「っつぅ……!」
「朱音ちゃん!」
払われた彼女の掌には赤い筋が走り、一拍遅れて、血が流れ出した。
「……サクラ、さん?」
「な、なんなの……?」
手を払ったまま固まる姿を見ると、華奢に見える指先からは鋭利な爪が伸びている。
あれが、朱音ちゃんの肉を裂いた凶器であることに疑いの余地はなく。
先程までの大人し気で垂れ気味な目元には、あきらかに闘争の意思を宿していた。
「――ぁ……ごめ……なさっ……なんで、わたっ」
でも、その豹変も一時で、正気に戻ったかのように慌てふためく。
「これは、ちょっと……只事じゃないみたいね」
「姉者」
「わからない……サクラさんになにが……」
いや……
この、『交錯の里』に何が起きて――
「――お前ノ。セイ、だ」
理性を失った、獣のような声色。それを発するは。
「キキョウ、さん――?」
戦斧を振り上げ、朱音ちゃんに影を落とした――
鬼。
「……ッ! 朱音ちゃ――」
思わず叫んだ呼び声を断絶する様に。
戦斧が振り下ろされた破壊音が、門前を揺らした。
早く群像劇ゾーンを抜け出さなければ……
いい勉強になるぜェ……
あ。
今更ですが、漫画配信アプリ『DADAN』様にて。
本作、『器用貧乏と呼ばれ何者にもなれないと言われた俺は、経験が職業やスキルとして覚醒するユニークスキルで成り上がる』
を原作としたオリジナルタテヨミ漫画。
『ナナシの器用貧乏』
が!
2023年12月15日から配信を開始しております!
こうして並べてみると、コミック版はタイトル小綺麗にまとまりましたね……
あと去年の事で何を今更、感がありますが……
縦読みが苦手な方にもとっつきやすい、読みやすい感じになっていると思いますので。
是非ともアプリをDLして読んでいただけたらと。
思う次第です!
でもぶっちゃけ、現段階では登場人物男ばっかでむさくるしいと思います。
もっと序盤から女子書いておけばよかったと思いました、まる




