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225話 交錯の傍観者

どうも。ナメクジです

~『交錯の里・正門』~




「あれから、一時間かい? 唯火ちゃん」

「そう、ですね」


 鬼人族(オーガ)の女性キキョウさんは、里の入り口にある切り株に腰を下ろし、キセルの紫煙をため息交じりに吐き出す。

 脇に置かれた灰皿の壺の中には、役目を終えた黒焦げの葉が溜まっていた。


「キ、キキョウさん。あまり吸い過ぎると、匂いでこちらの位置が……」

「なんだいサクラ。怖気づいたのかい? 結界が消えちまった今、時間の問題さ。だったら、戦えない連中を里の中で守るために、戦えるあたしの所へ来てもらった方が良いに決まっている」

「た、確かに。そう提案したのはわたしですけどぉ~……」


 涙目になりながら訴えるサクラさん。震えた握りこぶしを胸の前で当てもなくおたおたとさせる頼り無い姿は、『鬼人族』という勇ましい種族名の一員とは思えない。


「心配すんじゃないよ。異種狩りはあたしが倒す。あんたは、その賢い頭で戦況を見極めんのさ」

「せ、戦況って……ここ最前線じゃないですかぁ~!」


 キキョウさんの言う通り、ダイギリさんが里に不在の今、最大戦力である彼女が、今いる里の入り口にて敵襲を一手に担った方が被害が少ない。

 という、ある意味斬り捨てるような判断を、冷静に下したのは紛れもなくサクラさん本人。


 里を捨てて逃げる案も、中にはあったみたいだけど。



『こ、狡猾な『異種狩り』が、何の準備も無しに行動を開始すると思えません。わ、わたし達にとって慣れ親しんだ森の中と言えど、優位な状況に立っているなんてとても思えません……散り散りに逃げても、防御を固めながらみんなで逃げても。そ、それらを封じ込める策があると思うのが、自然です』



 住み慣れ愛着のある里を捨てて逃げることに抵抗がある声も多く、結果、サクラさんの案通り里に籠城する形となった。


「腹くくりな……と言っても、あたしらは多分――」

「守られてます」


 キキョウさんが確認する様にこちらへ視線を寄こしてきたので、その後を引き継いだ。


「サクラさんと同じような判断の元、あの人……ナナシさんは一人で敵の注意を引き寄せている。と思います」

「ほ、本当、なんですか……? そんな、自殺行為……」


 無論、あくまで勘の域は出ない。

 それでも、一番近くであの人を見てきた私自身のこの勘を、私は信じてる。


「まぁ……そうなんだろうねぇ。あれから小一時間も敵の気配一つもありゃしないのを見ると」


 そこら中戦争みたいに騒々しいけどね。と言い、再び紫煙を吐く。


「そ、それなら。か、彼が引き付けている今なら避難できるんじゃ――」

「黙りな。サクラ」


 語気を強めたキキョウさんは、吸殻を灰皿へと落とす。


「……ナナシさんがもし、傷ついて消耗した時、一時退く場所は必要、です……あの人の戦力を失うのは、里を守る上で致命打になるかと」

「……いいんだよ、唯火ちゃん。なんとなくわかる……分かるから、そんな顔しないでおくれ」

「……」


 ナナシさんは人間で、里の異種族の人たちにとって、受け入れがたい存在なのは知っている。

 理解しているけど、そう簡単に割り切れもしない。

 あの人は、いま間違いなく、里を守るために戦っているのに……


 そんなモヤモヤを抑えながら、なんとか口にできたのは、一見して合理的な理由だった。


「――唯火。悪いクセ」

「姉者、心配性。年寄りよりも」

「朱音ちゃん。フユミちゃん……」


 里の門をくぐって戻ってきた二人に竹製の水筒を渡される。


「あいつの無茶はいつもの事でしょ? こっちが心配するだけ損よ。どうせしぶといんだから」

「朱音。それは無神経過ぎ」


 かなり投げやりで無責任な鼓舞にも感じるけど、竜種との死闘を一緒に乗り越えてきた朱音ちゃんの言葉には、しっかりとした重みがある。

 いくらか、マシな表情になったことを自覚できた。


「すまないね。唯火ちゃん。あの男に近しいあんたたちにとって、今の状況は落ち着かない不安なものだろうに」

「す、すみませんでした」


 キキョウさんが促すようにサクラさんへと視線を向けると、縮こまって謝罪されてしまった。


「ううん、そんな……サクラさん達だって、エミルさんとダイギリさんの事、心配で不安なのに」

「……あの子たちも、無事なのかねぇ」


 二人を案じ枝葉から覗く空を見上げるキキョウさんの顔は、姉弟を憂う姉、という表情だった。

 無論、私たちとしても二人の安否は気にかかる。


「とにかく、今はこの場所をヘタげに動かないことが得策。分散して動いて、兄者の弱みとして利用されては元も子もない」


 まとめるように声を発したのは、実質最年長の少女、フユミちゃん。


「ですね。マスターの言う通りです」

「うん。今は、この場所を守ることに集中しよう」

「フユミちゃんはおませちゃんでちゅねーー」

「わ、わたしより年上みたい……」


 少女が背伸びした発言と感じたのか、キキョウさんのお姉さんスイッチに触れ、撫でまわされるフユミちゃん。

 そんな彼女の姿と、大人びた分析とのギャップに驚き、はわはわとしているサクラさん。


「ふふっ……大丈夫よ、唯火。ナナシも、エミルも。あのダイギリって喧嘩小僧だって」

「そう、だね。うん。ありがと」






 この時。


「あたま、取れる……」


 里の外で起きていることに、私たちは皆目を向けていた。


「ちょっと!そろそろストップ!」


 もし……


「あーん」


 里の内情にまで目を向けられていれば。


「はわわ! キキョウさん! フユミちゃん、目が回ってますぅ!」


 この、交錯する運命は―――


「み、皆さん。流石にリラックスしすぎですよ……」






 もっと、違う結末が待っていたのかもしれない。

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