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224話 嗅ぎ付ける

「……意識は混濁していない」


精神観測者(メンタルアブソーバー)】の性質として、自己の精神も俯瞰で観測することができる。己の内部に生まれたひずみ、違和感、ノイズ。そんな漠然としたものを探る。


「―――問題ない」


 そう、言い聞かせる。


『催眠』に掛けられた他者。自分自身に催眠を掛けたミヤコや、彼女に対する記憶の催眠を掛けられた、朱音をはじめとするユニオンのメンバー達。そして、怖らく直近で催眠を掛けられたダイギリ。


 彼らの挙動の端々から、催眠状態であるという手掛かりは得られなかった。


 今行った自己分析の精度は、他者に対するそれよりも精度が高い。が、『催眠状態ではない』という確信たるデータが存在しない。


 今俺の中にある、精神を波立たせる要素は、焦燥・疑念。原因のはっきりした、精神の変化。

 なんてことはない、ただの一種の緊張状態だ。


「希望的観測だが、ミヤコに害意は無い。と信じるしかない、か……」


 彼女が自己催眠を解除したあの時、種明かしのように話していた内容から察するに。



『―――『催眠』の支配は無意識下に潜ませることができる。つまり行動開始の条件を与えて設定しておけば、時間差でダンジョン内で背中を預けあった仲間に刃を向けさせることも可能』


『―――そして『催眠』は自らに使用することもできる。時に『暗示』とも呼べるわね。例えば『お茶目で有能な女医さん』って自身に『催眠』をかければ、()()()()()()()()()()()()()。幸い医学も齧っていたからね。それに事前に細かい条件を設定しておけば、その状態の無意識下でも他者への催眠行動が可能になる。綿密な計画というやつね』



まさか、ミヤコ本人からでなく、被催眠者から新たな催眠対象者へ『催眠』をかけることができるとは思わなかったが。


「それは防げたが……その気なら、ダイギリと俺を戦わせることもできた」


 こちらは催眠状態であるかの真偽は判別できない、完全なる不意打ち。

 それなのに、『催眠の伝番』、程度に行動条件を設定した。まぁ、その狙い自体不可解なものには変わらないけど……



「それに、あいつがこの山(ここ)にいるってことは……」


 意識して、敵意を強めた呼び方をした。些細でも、余計な感情は、いざという時に判断を鈍らせる。


「……シキミヤ絡みだよな」


 俺に『交錯の里』の存在を教えた人物。

 仲間。という言い方もしっくりこないが、街でのやり取りを見る限り、奴とミヤコは一定の協力関係にあると見て間違いない。


「俺たちが行く先にミヤコを差し向けたか……もしくはその逆か」


 けど、シキミヤが言うに、奴自身にとって、フユミちゃん達が敵の手に落ちるのは不都合。


 俺の『同観視』が、奴の軽薄さの裏に隠れた本音を見破っているのが前提だが、俺にこの場所の存在を仄めかした時の奴からは、そんな気配を感じ取れた。


「となると、フユミちゃんたちを貶めるのが狙いではないはずだ……」


 結局、憶測でしかないが。もし、ミヤコが黒であれば、もっとやり様はある。

 エミルの件は気にかかるし、目的は依然として読めないが、今はダイギリと爺さんに任せるほかないだろう。


 そう、今は―――




「―――それにしても、『匂い』か」


 答えの出ない思考を切り、直面している現実へと意識を向ける。強引な意識の舵切り。


「盲点だったな」


 いや、認めよう。

 隠密状態での立ち回り。自然というロケーションでの、存在の隠匿。こちらの索敵を敵の経験が上回った。

 いい勉強になった。


 索敵が難航していた中、ダイギリが先程の連中と会敵したのは彼が異種族だから。狙われる対象だから。

 だが、ダイギリの『嗅覚』をもってすれば、数キロ離れた香水の香りを嗅ぎ得る鋭敏な感覚をもってすれば、気配だけの索敵よりも精度が高いものになる。

 刺客が蔓延る中、異種族のダイギリを一人、爺さんたちの元へ向かわせたのも、その索敵能力を信じたからだ。


(『五感強化』……)


 嗅覚にスキルの出力を集中。無意識に、その中に香水の香りを探す余計な意識を削ぐ。

 が、やはりダイギリのような人外の嗅覚に至らず、感知することはかなわないようだ。


(でも、敵は居る)


 空の強襲者を堕とし、そこから次いで、注意を引かせる大立ち回り。奴らは必ずこちらを遠巻きに監視している。


(必ず潜んでいる)


 姿を潜ませ、気配は断たれた。大気に漂うそれらにも、嗅覚の琴線に触れるものを捉えられない―――


(なら、その隠匿の手順を追え―――)


 敵は隠密行動に長けている。

 その標的である異種族は?大半が種族的特性から、それぞれに人間よりも優れた感覚・器官を有している。

 そんな彼らを狩る、その定石。五感を煙に巻く知恵を、逆手に取る。


「……風下か」


 確認する様に口にし駆け出す。

 手がかり無しの手探りの中から見つけ出した、確信に近い推察。

 それほどまでに、基本的で、単純な事。スキルと言う超常の中で、盲点となったセオリー。


 風下へと一直線に高速移動、同時に、微かな葉の揺れも感知できるよう視線を広範囲にめぐらし、見えない敵の気配の揺らぎを―――


「―――見つけたぞ」

「っ!」


 一方的な観測の立場から、唐突に向けられる意識。近づく対象。

 それらが、ほんの微かに動揺を誘ったようだ。一度感知すれば、もう見逃さない。


「お前達に、聞くことも増えたからな」

「ちっ!任務の障害となる男だ!攪乱に失敗した今、確実に全隊総力で始末するぞ!」


 開けた場所にて、多数の茂み、樹上から姿を現す。

 情報源に事欠くようなことはなさそうだ。その質はともかくとしても。


「『小隊長』を倒した奴だ!すぐに隊長格に増援を!」


 早速、全容の一端を、零し始めてくれた。


「―――釣果は上々だな」


 今の号令が本当なら、こちらが探さずとも、向かってきてくれるようだ。

 垂らした釣り針を深く飲み込んでくれたらしい。


「さぁ―――」


 交錯の里、フユミちゃん達、ギネルやアティ、エミルに爺さん……ミヤコ。

 沢山の懸念が交錯する今、最たる異物を、俺に引き寄せることができる。


「正念場だ」


 敵の全容も、この戦いの中で見極めて、壊滅に追い込めれば狙い通り。


「俺にとっても」


 もし、計り損ね、力尽きたとしても―――


「……お前らにとっても」


 必ず大きな痛手を負わせてやる。

主人公にごちゃごちゃ考えさせんの楽しいいいい!

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