222話 状況は
(―――居た)
羽衣の形態解除後の跳躍、すぐさまに急降下。
全身に風を受け、肌を撫でる気流に目を細めながら降下地点を補足。
(敵は、見える範囲で八人)
身を翻し下方に足を向け、空を蹴る。
《熟練度が規定値を超えました》
《無空歩行LV.2⇒LV.3》
落下の勢いを削ぎながら、横方向へ落下の軌道を逸らし眼下の戦況を瞬間把握。
(劣勢……?押されてるのか?)
包囲される形で佇む巨体の異種族。弾むように肩で息をしている。一目でその疲労が窺えた。
所々、出血も激しいようだ。
(さっきの連中と同じ、弓での戦法。相性の問題か?)
だが見たところ矢を受けた様子はないみたいだが……
なんにせよ、見過ごすわけにはいかない。
(距離、50。ギリギリ射程範囲)
風使いとの空中戦では、奴の操る特殊な気流に妨げられて使えなかったが。
本来、浮遊時のような隙を晒しやすい不自由な状態でも、牽制にうってつけの性能を持つスキル。
(『虚空打』!)
八連の空打。
不可視の打撃を、包囲する敵の頭上へ降らす。
ある者は大きく体勢を崩し、ある者は番えた弓の弓弦が断たれ。
それぞれに、意識の外から来襲する謎の打撃に狼狽する刹那。
「ぅがああぁあああ!」
その隙をものにした巨体の異種族。
一人をその剛腕で殴り飛ばし、その余波を受け三人が戦闘不能。
間髪入れず傍らに立つ樹木をへし折り、己が武器として薙ぐ。
虚を突くほどの速さは無いが圧倒的質量、破壊力。
先の打撃で、立て直しにもたつくその状態は、この瞬間にとって完全なる致命の隙。
当然、そこに立つ者は、樹木の棍を振り切った『鬼』のみとなった。
「はぁっ……はぁっ……」
尚も息を切らし荒い息をつく大きな背中。
立ち昇る戦意を刺激しないよう、気配を、音を消し背後に降り立つ。
「はっ……クソがっ」
悪態をつきながら一息。
一瞬、弛緩する緊張。
「無事か?ダイギリ」
「―――!」
こちらの声に、弾かれるように反転。
樹木の棍を水平に構えおおきく振りかぶり、振り向きざまの大質量投擲。
こちらも、
「っ!」
『瞬動必斬』
「―――安心した。その様子じゃ、見た目ほどくたびれてはいないらしいな」
瞬速の剣技で応じる。
「……癇に障る野郎だ。今の消えるような速度、河原で戦った時には隠してやがったな」
呟くような恨み言が、振り向き睨みつける眼光が、抜かれた龍殺しの刃に映る。
「あのときとは状況が違う、今のは―――」
落ち葉が積もる地に膝をつく、乾いた音。
「相手を、終わらせる攻撃だ」
次いで、肉体が地に沈む質量のある鈍音。
「気に、入らねぇ」
必殺の威を込めた斬撃がもたらした、一連の音が成す結論。
斬り抜けた背後で起こる、死。
それを、振り返る―――
「やっぱ殺す気がなかったってことは、結局手ぇ抜いてたんじゃねぇか!」
そこには、手負いながらもこちらに吠える鬼人族の少年。
そして、
「あの時本気じゃなかったのは、お前もすぐに気づいてブツブツ言ってただろ……それにお互い様。お前も本気で殺りに来てなかった……けど、そいつは違う」
ダイギリとの間に横たわる、敵だった者。
「……てめぇの後ろも、がら空きだった」
彼が言うさっきまで俺が立っていた場所、つまり一瞬前までの俺の背後。
そこには投擲された樹木の棍が突き刺さるさらなる樹木。
人の胴回り以上あるその樹木に隠れてその全容は目視できないが、突き刺さった箇所から人の手と血流が確認できた。
「ああ、そうだな。助か―――」
「うるせぇ!わかってる!……ナメんな」
わかってる。
自身の強さに価値を求めるタイプの、彼のプライド、性格を尊重したつもりだったが。
見誤ったか。
「そう、だな……お前が、二人仕留め損なったのは把握してた」
「……ちっ」
舌打ちとともに、以前見たような肉体の変化。
全身の筋肉を肥大化させた姿から、細く凝縮された常人然とした体型へ戻る。
「さっきはああ言ったが、相当消耗しているみたいだな」
おそらく戦闘状態である肉体の変化を解除しても尚、整えきることのできない荒い呼吸。
敵を仕損じた事実が、多大な疲労を抱えている証拠だ。
「なりふり、かまってる場合じゃねぇ、か」
「?」
一転、何やり随分と歯切れの悪い。
短い付き合いではあるが、何かを言いよどむようなその様子はらしくないと―――
「おいナナシ。手ぇ貸せ」
「説明を省きすぎだろ……」
―――感じたのは気の所為なのかもしれない。
とはいえ、ダイギリが手を貸せと話を持ち出してきたのは意外だった。
「まぁ、状況はある程度分かる。『異種狩り』だろ?」
この襲撃に対し、共同戦線を張るというなら断る理由もない。
山の地理を理解している同行者がいた方がこちらにとって有利。
「里の結界が消えたことは知って―――」
「ちげぇ……いや、そうかもしれねぇんだが……わかんねぇんだ」
煮え切らない返答。
やはりらしくないと言える。
「女が、居たんだ」
先を急ぎたい今、断片的に語りだす姿にじれったさを感じずにはいられなかった。
だが、だからこそ。
「香水みてぇな匂いが鼻につく、恐ろしく、つえぇ女。そいつに―――」
恐らく、状況は。
「エミルがさらわれた」
想像以上に厄介な事態になっているんだと、直感した。




