22話 名無しのナナシ
「あー……」
そういえば説明を省いていたな。
別に名前がなくなってしまったことは俺の中ではもうそんな大事ではないのだが。
こういう時めんどくさい。
「……」
(そんな期待に満ちたキラッキラな眼差しで見ないでくれ……)
ていうか、ステータス見せた時名前のところ見なかったのだろうか。
いや、普通名前だけがこの世から消えたとか思わないか。
「名前……名前な」
《『名』の項目に現在保留中の選択肢があります》
「はいっ。教えてください!」
……ん?なんだ今の。
まぁいいか。
「その、だな、なんというか名乗る名前を持ち合わせていないというか」
「……?」
俺は世界から自分の名前が消えてしまったことを、ありのまま唯火に話した。
「……にわかに信じがたい話ですけど」
「ピンポイントすぎるよな」
「なにか、原因みたいなものはわからないんですか?」
「……いや。あまりにも理解不能な現象だから、ただの怪奇現象としか思ってなかった」
だってそうだろ?
世界から名前の記憶と記録が消えるなんて、規模が大きいような小さいような摩訶不思議な現象、原因捜して究明しようなんて途方もなさすぎる。
「……名前が載ってた物って持ってますか?免許証とか」
「ああ。それなら沢山あるぞ」
さすがにまだ信じられないのか証拠の提出を求めているんだろう。
俺はいまだに持ち歩いている資格証などが入ったカードケースを懐から取り出し唯火に手渡す。
……目が覚めた病院以来だな、こいつを出すの。
「これは……資格証、免許証……会員証まで。全部一緒くたにしているんですか。す、すごい数ですね」
「まぁ……多趣味でな」
ここで自分の、器用貧乏体質について唯火に話しても仕方ない。
適当に答えておく。
「本当に、全部名前のところだけ消えてる……あれ?」
「ん?どうした?」
「いえ、所々不規則に何カ所かカードが入ってない空白のところがあるので、どんな区切りで整理してるのかなと」
空白?
端から全部詰めていってるからそんなものなかったはずだが……
ケースを受け取り俺自身検めてみる。
「……ほんとだ。俺の記憶違いか?」
別に五十音順に入れるとかそこまできっちりしていなかったしな。
とにかく、これで彼女も納得しただろう。
「まぁ、こういうわけで俺の名前はこの世から消えたんだ」
「……確かに、不可解な現象ですね」
まぁ、この世界全体の変化に比べたら俺一人の名前がどうなろうと大した問題じゃないだろう。
「名前がなくても俺自身は不便ないけど、こういう自己紹介のたびに頭おかしいやつと思われるのがネックだな」
《『名』の項目に現在保留中の選択肢があります》
「そんな!そんなこと思っていませんよ!」
……ん?またなんか……
「でも、困りました。あなたのことを何と呼べば……」
「あ、ああ……まぁ、好きに決めてくれていいよ」
《承認。選択肢からランダムで選択……一件のみ》
「だから何なんださっきから!」
「ひゃっ!? ど、どうしたんですか?」
「いや、なんかさっきから例の天の声が……」
《名を更新。----=--- が選択されました》
聞き覚えのある文字の並び、話している内容から俺はようやく何を言っているのかなんとなく理解し。
「……ステータス!」
一番上の項目。
聞き覚えのある文字の列、これを言葉に発していたのは名を持つモンスター。
ゴレイド。
ステータス画面を見つめたまま固まる俺を不審に思ったのか、唯火は恐る恐る横から画面をのぞき込み。
「ワルイガ=ナナシ……?」
「……ドウモ、ナナシ、デス」
:::::::::::
「そうですか。あのゴブリンジェネラルが」
「ああ……確かに言ってた。よくわかんないけど、それをあの天の声は俺が名乗った名前だとかよくわかんない手違いでもしたんだろ」
そう言ってもう一度ステータス画面を開く……ナナシさん。
気難しそうな顔で画面を見つめ、しばらくすると。
「ま、いいか。無いよりあったほうが」
「い、いいんですか?」
一転、吹っ切れたように言い放ち画面を閉じる。
「正直ぜんぜんしっくりこないけど、まぁ仮名ってことで、とりあえず俺は名無しのナナシ」
「そうですか、じゃあ私も『ナナシさん』ってよびますね?」
人に言われるとやっぱりしっくりこないな。
と歯を見せて笑う。
(ぁ……こんな笑い方するんだ)
他意はないけどなんとなく、ほんの少しだけど冷血漢なイメージがあったから。
目の前にいたのは同い年くらいの普通の青年だった。
「……初めてだな。目が覚めて、名前で呼ばれたの」
仮名だけど、といいながらどこか遠い目をするナナシさん。
「じゃ、じゃあ。私が『ナナシさん』が生まれて初めて名前を呼んだ人間なんですね?」
えへへ、なーんて……
ハーフエルフだけど。
「……俺が、生まれた……?」
呆けたようにこちらを見つめる。
驚いたような表情でもあるか。
「あ、えっと。ほら!半年間眠っていた人が、眠りから覚めて、世界はまるで変っちゃってて。自分を指す名前が無くなって、で、新しい名前を新しい世界で名づけられたら、それはもう別人?みたいな」
「……」
あ、あれ?
もしかして私変なこと言っちゃってる?
「……くくくっ」
「え?あの・・」
「ははっ……はははははははっ……!」
「へ? え?」
どこがツボに入ったのだろう、ナナシさんは目に涙を浮かべるほど笑い出す。
「くくくっ……確かに、確かにそうだ。それはもう別人だ……」
「えーっと、あのー……」
どうしたんだろう。
もしかして、泣いているの?




