220話 尋問
「さて、と」
敵の殲滅を確認。
短剣をガントレットへ、竜殺しの剣を鞘へとそれぞれを収納。
「話。聞かせてもらうぞ」
「う」
横たわる屍の中、唯一息のある人物の胸倉を掴み引き起こす。
生かしておいた、風を操る強襲者だ。
「て、め―――」
「指を折る」
口にすると同時に男の手を取り、小指を雑に折り曲げる。
「――――!?」
(……嫌な感触だ)
上空から重力波によって叩き付けられたダメージが全身を巡っても尚、指先の痛覚は一時それらを押しのけて、男に苦悶の皺を刻ませた。
「質問する。答えられない、納得のいかない返答のたびに、折る。指は、選ばせてやる」
こうして蹂躙される立場においても、選択の余地を与えてやれば、救いの目を錯覚して口も滑りやすくなると踏んだ。
「思った、より……イイ、趣味……してんなぁ」
指先を動かす力くらいはのこっているようで、自ら小指に隣り合う薬指を突き出す。
「まずは―――」
名前は?
目的は?
誰の支持か?
異種族を狙っているのか?
味方の数は?
『探求勢』の者か?
『攻略勢』の者か?
『回帰勢』の者か?
淡々と質問を投げかけ。
「……最後の質問だ」
「か、ぁ……ぅ」
全ての質問に無言で応じ、最後の指を残すのみとなった。
戦闘中の、知性を欠いたような振る舞いは鳴りを潜め、指を折られる拷問に黙秘を貫く男。
正直に、その胆力に対する驚き。
そして、人体を拷問にかける自分自身を、客観的に見る俺がいる。
『精神耐性』で取り繕われた平静。けどその根幹には、降って湧いたその異能の恩恵を受ける前の俺自身も、同時にいるような感じ。
……いや、言い訳か。
「命を……死んだ人間を生き返すことのできる異能を持ったハーフエルフの女の子を、知ってるか?」
「……ぐ」
こちらの問いに、初めて見せた反応は。
「グヒッ!」
戦闘中も零していた耳障りな笑いと。
「くたばれ―――」
純粋な悪意に染められた、嫌なニヤけ面。
それらが含んだ、絶対的な決裂の意思。
「―――そうかよ」
鞘走りの乾いた音と、刃から伝う鈍い手応え。
宙に舞ったそれが一瞬落とした影。
「一体、なんなんだ……」
最後に奴が選んで残した中指は、折られることは無かった。
情報回収の余地もない、と。ある種こちらが折れた様な終幕。
「お前達は」
既にそこに意識は繋がって無いはずの四肢で、こちらに向かって指を突き上げ明らかな悪意を体現する。
「……先を急ごう」
文字通り、意識を切り離した肉体と、分離したそれが地面に崩れ落ちる。
その音が、やけに生々しく、耳に響いた。
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「弱いな。つまらん」
「は、はい……」
鮮血に塗れた屍に囲まれそこに立つ二つの影。
黒髪を結わえた少女と、人の身に竜の異形を宿した青年。
「お前でも随分と狩れた。本当にこの程度の敵にナナシは手傷を負わされたのか?」
「いえ……恐らく、先ほど遭遇した男はこの者たちを束ねる『格』であったかと……」
「ふむ……この目で見ていないから何とも言えんが、引き寄せるな。どうも、あの男は」
物騒な会話の内容と裏腹に、可愛らしく肩を揺らしおかしそうに笑う少女。
「あの、アティ様……加勢に向かわれますか?」
その様子に多少焦れたような声色の問い。
少女はなおもおかしそうにしながら結わえた髪を指先で弄び言う。
「ナナシを、か?いらぬ心配だろう」
「ですが―――」
「二度は言わぬ」
指で毛先を弾くと、いささか低く発せられる少女の言葉。
「あの男を侮ることは、私を愚弄することと同義と思え」
「そ、それはどういう―――」
言葉の真意を問おうとする。
が、
「!」
「―――ごふっ!?」
『竜人族』の青年は、少女に鳩尾を蹴りぬかれ後方へと派手に飛ぶ。
その突然の横暴な暴力の真意は―――
「ちっ……」
直後に、二人の間を別つように降り立つ巨体の影。
その質量により巻き上げられる砂塵により証明された。
「ゴホッゴホッ!あ、アティさま!これは……!?」
「……性懲りもなく」
舞う土埃の揺らぎの中に、生物の眼光を見る。
ゆっくりと、揺らぐように立ち上がる、全容。
「―――少々、間が悪いかもしれんな」
少女の顔に、微かな焦燥が見え隠れした。




