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217話 日陰から

「―――随分と派手にやっている」


 続く戦闘音、ひと際大きく鳴り、大気を震わす。

 同時に、身に覚えのある大きな魔力を感知。


「ナナシ、か」


 激しい戦闘によって生じた轟音。

 その発生源の心当たりの人物の名を思わずつぶやいた。


「この魔力、どうやってものにしたのか」


 目で見ずとも感じる、魔力の質。

 確認せずとも、確証たらしめる。


「本当に、面白い男だ―――」


 森を飛ぶように駆けながら、状況にそぐわぬ愉快さを心中に滲ませる。

 が、


「と、それよりも」


 今はこれほどの出力を強いられるナナシの状況が問題だ。


「まさか、『到達者(とうたつしゃ)』と会敵したのか……?」


 考えられなくはないが、数分前、竜人族(ドラゴニュート)の集落に施された結界が消えた時に感じた強大な力。

 あれとは方角が一致しない。

『到達者』がそう何人もこの山に入っているとは考えにくい。



「―――なんにせよ、敵対する何かが新たに介入してきたのは確実か」

「アティ様ーーーー!」


 手短な推察に決着をつけると。


「この声、竜人族(ドラゴニュート)の」


 降ってきた声、やや後方の上空を一瞥すると、やはり想定通りの影。


「お待ちくださーい!アティ様ー!」

「……さて、どうしたものか」


 本来ならば、彼奴に呼び止められたところでその通りにする義理もない。

 が、既にこの位置はねぐらにしている場所と目と鼻の先。


(立ち止まり辺りを勘繰られるのも面倒だが、身を隠し撒く時間も惜しい)


 今も私を呼び止める竜人族の若者が脅威になるとも、こちらに害を成す邪悪さを孕んでいるとも思えないが、不安要素は少ない方が良い。

 なにより、たった一体の竜人族相手に消極的な行動を強制されるのは癇に障る。


「―――どうした?ナナシは一緒ではないのか」


 足を止め、空を仰ぎ、元より分かっている問を投げ、まだ名も聞いてすらいない竜人族の若者を見ると、疲弊した様子で、頬の鱗が僅かに削がれていた。


「よ、よかった……はぁ……追い、つけた」

「随分と必死に後を追ってきたようだな。それにその傷はどうした?」


 気だるげな翼の羽ばたきは疲労だけでなく、受けた傷のダメージからくるものでもあるのだろう。


「襲撃です、人間の……ナナシ殿は残り迎撃にあたりました。アティ様に襲撃を伝えろ、と」

「……そうか」


 概ね推察通り。

 用心しろ、という忠告のつもりなのだろうな。

 まぁ、あの男の事、きっと私が抱えた懸念を見越してこの竜人族を寄こしたのだろう。

 そう悪い気はしない。


「しかし、まぁ……」

「アティ様……?」


 手負いで警戒が散漫なこの半端者を使いに出したのは、迂闊だったと言える。


「お前、つけられたな」

「えっ?」


 まだ、僅かに距離はある。

 だが確実に複数の気配はこちらを目指して近づいてきていた。


「あれだけ上空を目立つように飛んでいれば当然だ。それに、自分の血で鼻の利きも落ちていたようだな」

「……あっ!?」


 私の言葉を聞いて一拍後。

 ようやく自らの失態に気付いたように頭を抱えた。


「うつけ」

「も、申し訳ございませんん!!」


 その場で伏し謝罪を口にした姿を見て思わずため息がこぼれた。


「今の声で完全にこの場所がバレたようだな」

「~~~~っ!?」


 慌てふためきながら口を押えるが時すでに遅し。

 目標を補足したようで、無遠慮に茂みを鳴らしながら距離を詰めてくる気配たち。


「ハァ……もういい。敵の戦力は?」


 責を追及したところで状況が変わるわけでもない。

 冷ややかな一瞥と共に説明を促す。


「な、ナナシ殿と会敵した敵は、数手で彼に痛手を負わせるほどの実力でした」

「……ふむ」


 あの男に手傷を負わせる、か。

 なるほど。


「存外、面倒な状況なのかもな」


 いつの間にか癖になった、結わえた毛先を指で絡める所作。


(……ねぐらがバレて『彼』が巻き込まれても詰まらん)


 自らの行動を決断するとともに、捩じった毛束を指先で弾く。


「目ざわりだ。黙らせる」

「ど、どうか命だけはご勘弁を!」

「お前の事ではない……挽回の機会だ、お前も役に立て」



 かの男に手傷をわせる戦力を前に、

 煩わしさと好奇を携えながら、

 身の程を知らぬ敵勢の迎撃へ赴いた。






 ::::::::::






「……るせぇ」


 湿り気のある空洞。

 気だるげな男の声が反響する。


「ここは……?俺、は……」


 混濁した脳内、かき混ぜられた前後の記憶を慎重に掬うような短い追憶。


「あぁ……だっせ……」


 喪失などしていないその記憶はすぐに思い出され、脳裏に見た自らの醜態に悪態をつく。

 総じて、男の目覚めは最低だった。


「クソが……」


 遠くに聞こえる地響きのような物々しい音が目覚めの悪さを助長させる。

 頭も四肢も、何もかもが蔦にからめとられたように重い。


「あいつらは……」


 揺蕩うような思考で、気にかかるは現状、男が一人であるという点。

 額を掌で覆い、頭蓋の奥にある鈍痛と向き合い、精神を集中させると。



「……死んではいねぇ、か」



 複雑な意図が含まれたため息とともに零す。

 とはいえ、他人が見れば安堵の感情が多分に含まれていた。


「にしても、このザマか」


 頭の重みを振り切るように暗く低い洞窟の天井を仰ぐと、凝り固まった体を乱雑にほぐし、子気味の良い音を響かせる。


「……けどまぁ、悪くねぇ」


 陽の光などない空に手をかざす。

 もちろん血潮が透けて見えるわけでもなく、それを見たいわけでもない。

 男が自らのその手に見るのは、黒。

 邪道の、色。


「―――あぁ、上出来だよ」


 掲げた手。

 伸びた指先の震え、その意味を、恐怖でも疲弊でもなく、己の感情の昂り、高揚から来るものと自覚すると。


「ッハハ……!」


 堰を切ったように、男は一人笑う。


「これが、力かよ……!」


 内に滲み始める、宿し始める、兆し。


「俺は、成り上がれる……」


 笑ううちに、四肢の重みは消え去ったように思え、男は自然と立ち上がる。


「この、イカれた世界で……!」


 その足は、陽光の差す出口へと男を運ぶ。

 対照に、その足から伸びる影は、黒の濃さを増していく。



「待ってろ……!」



 誰を指した言葉でもない。


 ただ、己の立つ日陰から。


 ただ、陽光照らすその先へ―――


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