215話 墜
新年あけましておめでとうございます。
今年もナメクジ更新の本作を、
よろしくお願いいたします。
「グヒヒッ!」
不快な笑いをまき散らし、空を裂きながら突進。
「お前の動きの方が、よっぽど気持ち悪いよ……!」
ここまでに見せた、重心の向きが把握しやすい体勢から、
両手足を脱力し、さながら操り人形のような動きのチグハグさ。
宙を『風』の異能で飛び回れるからこそ可能な、人体の構造から逸脱した不気味な動き。
故に、予測が困難。
「失礼なこと言うなよなぁ!傷、つく、だろう、が!」
重力から放たれた四肢が繰り出す、滅茶苦茶な乱撃。
(さっきより数段速い!これがこいつの全力か)
こちらの嫌がる攻撃を分かっているようだ。
(でも、だからこそ。癖は出る)
こいつの厄介なところは、防御を回り込む曲刀と、予測を翻す空中での動き。
(得物は一つ潰した。手数が制限されたのはこいつも一緒―――)
となれば、先程ギネルに使った体術を織り交ぜた戦法を取ってくる。
精度も鋭さもさることながら、『風』による体捌きが組み合わさるとかなりの脅威。
だが。
「ヒャォ!」
(ここだ!)
得物二本での連撃と、体術を混ぜた連撃ではわけが違う。
変幻自在と言えど、その繋ぎには、必ず一瞬の間が存在する。
(蹴りを放つには、うってつけの一瞬!)
剣撃の間。
太刀を流されたその直後の隙を補う、次ぐ連撃。
それこそが、反撃の兆し―――
「何ボーっとしてんだよぉ!」
「くっ!?」
だが、勝機を見出した理論は、一薙ぎによってかき消される。
(今の動き……)
またも予測とは違う攻撃に頬を浅く裂かれ、滴る血をぬぐいながら後方に飛ぶ。
(蹴りを、出さなかった……?)
『洞観視』に移る奴の挙動は、一瞬行動を逡巡したように見えた。
(あえて、狙い目の体術を使わなかったんだ)
こちらの狙いを気取られたのだろうか。
(それと、もう一点……)
奴の挙動に不審な点が見られる。
これは、攻撃の意思とは少し違う……なにかを物色するような、妙な気配。
「……あ?なんだその顔は」
(知略を巡らすタイプには見えないな)
相手を観察して動くような戦法を取るとは考えにくい。
体術を使わなかったのは本能的なセンスで危機を感知したか、それに付随するようなスキルだろうか。
(なんにせよこうなると、体術が届くほどの近距離までは接近してこないな……)
これだけ動き回る敵を無力化するには、完全に拘束してしまうか、拘束により動きを鈍らせ必殺の一撃を叩きこむかの2択かと思ったが。
(反応の速さもある。ほぼゼロ距離まで近づかなければ体術で動きを封じるなんて無理だ)
動きを封じる策として、残るは『竜鱗の羽衣』での拘束。
だが、何度か打ち合っている間に水面下で、羽衣での拘束を試みていた。
けど―――
(奴を浮かせているあの、『風』)
纏う風が障壁となって操作した羽衣が弾かれてしまう。
こちらの剣撃には殆ど影響がないから、羽衣の軽さの問題なのだろう。
強度は竜の鱗並だが、とんだウィークポイントだ。
「おい、なにぼさっとしてんだよぉ!がっかりさせんなよなぁ!」
繰り返される乱撃。
「ヒャ!ヒャ!ヒャヒャヒャヒャァ!!」
敵の攻勢。
(まだ慣れない!捌き、切れない……!)
「どうしたよぉ!ほらぁ!」
防ぎきれない数々の刃が薄く肌を切り裂いていく。
(察知はできてる、スキルも機能している、けど……!)
やはり空中で自在に身動きできるのと、空中に留まる事だけができるのとでは、
攻め手と受け手の選択肢に、天と地ほどの差がある。
―――いや。
それはもう理解したことだ。
「―――お?」
トリッキーな動きと、曲刀の斬撃をすべて躱しきるほど見切れていない。
だが防御は間に合っている、ならば―――
「まずは、その曲刀を砕く!」
先の、二対の内片方の曲刀を砕いた時のように、
空中で足の踏ん張りが利く内は、こちらが攻撃力で上回っている。
つまり、攻防一体の剣撃。
「ぐっ!?」
刃先がこすれ弾きあう高音が、空に木霊す。
「―――武器破壊まではいかなかったか」
「おまえっ、これ予備ねぇんだぞ!?あーあー、刃がボロボロじゃんかよぉ……」
手にした曲刀を検め嘆くように頭を掻く。
あと一合でも打ち合えば、完全に破壊は可能だろう。
(―――なんなんだ?こいつ、さっきまで完全に弱点だと思ってたもんが途端に通用しねぇ……)
通じない手段に縋るな。
可能性を試している暇があったら、現状もっとも確率の高い一手を遂行しろ。
(攻撃力を削ぎ、力業でもねじ込む)
先を急ぐ戦い。
なにより、空に留まれば留まるほどに、限界が迫りつつある。
MP1360/2200
(MPの残量は、もうすぐ半分ってところか)
予想以上に敵の攻撃が激しい。
『無空歩行』のみの使用ならあと34回は飛べるが、あまりにも余裕のない想定だ。
(この後も戦いが控えているかもしれない以上、なるべく温存はしておきたい)
切り札の『次元斬』が一度に、1800ものMPを持っていかれる以上、
時間経過の回復量を考えてもやはり多く温存しておくに越したことはない。
(曲刀を砕き、奴を斬る)
シンプルだが、これで終いのはずだ。
「ふぅー-……」
「オマエ、潜ってるな相当。修羅場を……寒気がしやがるな、おい)
空を蹴り一呼吸。
途端に訪れる膠着状態。
(こっちの狙いはもう割れているはず。恐らく、警戒を強めている)
その間、宙に留まるのに二度、『無空歩行』を使用。
「グヒッ!」
束の間の沈黙を破ったのは、敵。
こちらの頭上へ弾かれるように宙を舞う。
(勝負を急くならこっちとしてもありがたい)
発せられる声に含まれた愉悦、顔には嬉々とした表情を浮かべる様子を見るに……
「最高だオマエェ!こんなヒリヒリするのはこっちじゃ初めてだぁ!」
戦闘狂。
最初の見立て通り、こいつは闘争の中のスリルを求める酔狂な人間。
戦いにおいて、平静を欠けば欠くほど、その高揚に身を任せればませるほど。
漏れ出る殺気で駆け引きは潰えて、太刀筋は単調になり、
その果てに致命的な隙を晒す―――
「―――オマエ、オレの事バカだと思ってるだろぉ?」
「!?」
上空からの、愚直な突進、連なる斬撃。
先と同じく繰り返すかと思われた、刃の打ち合いに身構えるも。
(剣が、振れない!?)
剣を握った右腕は虚空に磔にでもされたかのように腕が重く、剣速が著しく低下している、
(『風』に、囚われ、た?)
皮膚を撫でる圧縮された圧、内耳を圧迫する違和感、やけに近く聞こえる風音。
それらの情報が、『風』の異能によって捕縛されたという可能性を導き出す。
「グヒヒッ!!」
(腕だけじゃない……)
全身を、風の圧に拘束されている。
「がら空きぃー!」
迫る敵。
「く、ぉお!」
剣での迎撃では間に合わない。
ならば―――
「―――グヒッ!だよなぁ!オマエは動くよなぁ!?」
どうやら剣を握る腕を封じることに重きを置いた拘束らしい。
曲刀の切っ先が迫る中、全ての膂力をガントレットに覆われた左腕に注ぎ、
斬撃を受け止める。
「そう来なくっちゃよぉ!」
曲刀と黒鉄のガントレットが衝突。
火花が散り、瞬きにも満たない一瞬の閃光で視界が白み、衝撃が体に伝うより前に。
(曲刀が砕けた……!)
先の打ち合いによりそのダメージを蓄積していた敵の武器が、黒鉄の高度により砕ける。
加速させる思考の中、敵の攻撃力を削いだ状況を確認。
次いで、
こちらの機動力を削ぐ風の拘束の打開策へと―――
(こい、つ)
散らした火花の閃光により微かに白んだ視界が、晴れてく刹那に―――
「グ、ヒッ!」
奴の口角がつり上がるのを見ると、先ほどまでの狂気じみた動きとは打って変わる。
驚異的な体幹と柔軟な筋肉、俊敏性を駆使した体捌きで宙を翻り、
「やーっぱ―――」
防御に掲げられたガントレットの手甲部を宙で踏みつけにすると、
「仕込んでやがったか」
「!」
手甲は展開。
その中から飛び出すのは、柄。
かつて、ゴブリンの王。
ゴレイドとの戦いで窮地を救ってくれた、隠されたスロット武器の、短剣。
「オレの風は、自前の手足みたいに感覚を感じ取れるんだよぉ」
今、こちらを覆う風が。
いや、それよりも前に肌を撫でていた風が、肉体、装備のわずかな起伏、形状の違和感を感じ取りガントレットの構造を見破った。
とでもいうのか。
「武器がなけりゃ―――」
風に拘束された状態では、この一瞬に腕を振り払うことなど不可能。
飛び出した短剣の柄を引き抜かれ―――
「奪っちまえばいいのよぉ!」
躊躇なく、急所。
首元へと振るわれる。
「こ、の!」
左腕の防御?
短剣を奪われたと同時に蹴り弾かれて間に合わない。
剣で受け流す?
風の拘束で到底間に合わない。
(一瞬!一瞬でも時間を稼げ!)
風に靡く羽衣に意識を向け操作。
形状変形による妨害は間に合わない、苦し紛れに奴の視界を遮る―――
「うっ……!?」
「!」
短剣が振り下ろされる刹那。
羽衣の先が、奴の目頭を掠める。
(『隔絶空間』!)
右腕の剣を出現させた『隔絶空間』内へ投擲、即座に―――
「ぅがっ!」
もう一度、異空間の入り口を出現させ、剣閃上に剣を転移。
柄に噛みつき―――
「なん、だそりゃ!?」
(間一髪……!)
羽衣が奴の目頭を掠め生じた一瞬の隙。
『隔絶空間』を使用した剣の転移による防御。
二つの要素が生み出した、今、このチャンス。
『無空歩行』により空中で軸足を確保し―――
「んんっ!」
「ごはっ!?」
動きを硬直させた鳩尾を蹴り上げる。
「お、ぇ……ご、ごの……!」
くの字に体を折り痛みに悶えながら蹴り上げられた体。
その状態でも殺気は衰えず、奪った短剣も握ったままこちらを睨む。
大した胆力だ。
「ぶっ殺してやる!」
怒気を露わに叫ぶと、身を圧迫する風の圧が弱まる感覚。
(ここが勝機だ……!)
剣を持ち替える数秒も今は惜しい。
柄をギリギリと食いしばったまま―――
「ぁあ゛!?なんだ、この布っ切れ!?」
羽衣を最高速で操作。
今だ空中で持ち直しきれていない体を旋回する様に円を描き―――
「ぐえっ!?」
「―――捕まえたぞ」
胴をぐるぐる巻きに硬く拘束。
両腕も巻き込みたかったところだが、十分だ。
そして、身に纏わりついていた風から完全に開放されると同時に訪れる落下感。
「おっと」
完全に風の拘束が解けると、剣を持ち直し、敵を捕らえた羽衣にぶら下がる。
「―――やっぱり、その『風』のスキルを纏わせる対象は、一人だけみたいだな」
「テメ……!」
さっき、奴の目を掠めた羽衣。
あれは偶然なんかではなく、奴を覆い浮かせていた風のスキルが、奴の回りから消えていたことを指していた。
さらに―――
「対象が一人だけなら、浮かせられ馬力も一人限り」
「っ! は、な、せ、ぇ……!」
多分正確には、人間大の対象を一度に浮遊させることができるのが一人きり。
というところだろう。
奴自身浮いたまま、曲刀二本も飛ばしていたからな。
「そりゃ、ゼロ距離の体術戦も避けるわけだ」
「くっ!る、せぇ!」
初見で放ってきた蹴りは、ギネルが居たからだろう。
こちらが単体で空中戦を戦える能力があることを、知らなかったから。
同じ目線で戦える相手に肉弾戦で挑んで、もし組み伏せられたら、最大のアドバンテージである空中での機動力も意味がないからな。
「さて、この状態でどうする?」
「……」
答え合わせをしながら、羽衣の拘束からの脱出は困難だと悟ったのか。
一転して沈黙する。
「―――オマエ。やっぱり、俺が馬鹿だと思ってるだろ?」
「……風が」
纏う風音が激しくなる。
だが、こうして羽衣で繋がれぶら下がっている今も、徐々に、ゆっくりと高度が下がってきている。
「確かに、浮かせてられんのは、一人が限界だ……」
風の出力にまだ上があるなら、とっくに出しているはず―――
「浮かせる、のはなぁ!」
「!」
吠えると同時に、血流が一方に集中するほどの勢いで急旋回が開始。
「グヒヒッ!おらおらぁ!目ぇ回っちまうぞぉ!?手ぇ離した方が良いんじゃねぇのかぁ!?」
「誰、が!離すか!」
もし手を放してしまえば、奴は再び宙を自在に動き回る。
そうなれば二度同じような手が通じるとも思えない。
勝機は薄い。
「どうしたぁ!空中でも蹴って止めちまえばいいんじゃねぇのかぁ!?」
なるほど。
『無空歩行』の使用回数に限度があることに薄々感づいてるようだ。
(おまけに羽衣で締め上げてる状態を維持するだけでもMPは目減りしていく)
根比べとくればこちらが不利―――
「―――まぁ、根比べなんてまどろっこしい事、しねぇけどなぁ!」
旋回で生まれた勢いをそのままに急転直下。
「空中を蹴ろうが関係ねぇ!このまま全速で地面に叩き付けて、終いだぁ!」
空中戦を繰り広げた高度。
辺りの標高の高い山々と同じ目線かそれ以上の高さ。
そこからの、急降下。
そんな衝撃、ステータスの上昇した今の俺でも耐えられるはずもない。
まず、助かる道の無い、『風』のスキルを活かした、最善の上手い手―――
「―――当然、そう来るよな」
「あ?」
戦いの中で、戦闘に愉悦を見出す酔狂な一面、それと共に。
武器を破壊されながらも、『風』の力でこちらの隠し武器を見破り、己の得物の破壊すらも囮にし敵の武器を奪い取り転用する判断、度胸。
ある種の、信頼。
「そしてこれは、敬意だ―――」
遥か上空、直下の高速落下。
地上へ吸い寄せられる、垂直の力。
限られた手札の一つ、
左腕の黒鉄に宿る、
「なっ!?」
星の力。
「―――『放魔』!」
「く、そ―――!」
空が歪むほどの力の領域が、空から地上へと落ちてゆく。
その力の解放と共に、羽衣の拘束を解き―――
「―――があぁあぁぁあああぁあ!?」
俺だけを空に残して、
魔の重力によって落ちてゆく、
奴の墓標を整地する様に、眼下の森林は圧壊。
「―――手こずった」
短いながらも、久しく感じる地上へ落ちながら見る破壊の傷跡は、
勝利を確信するほど深く、
凄まじい轟音が、空を揺らしていた。




