214話 空中戦
笑い声だろうか。
聞いていると不快な気分になる音へと睨みつける。
「グヒッ!いいねぇ、いいよぉ!今の反応、その威圧ぅ……ビ~リビリくる」
(『竜王殺し』の圧は通らない、か)
先程の、敵意を感知と同時に、虚空を跳躍。
ギネルと入れ替わるように、頭上から迫っていたそれとの間に割り込み、その一連の反動からの抜剣。
その斬撃は、嫌な笑いをする人物の頬を深く切り裂いたようだった。
「わっ!?うわっ!?」
「落ち着け……!っ、飛行状態を立て直せ!」
手を取った状態で立ち回った反動で、空中で錐揉み式に回りだし、視界がぐるぐると目まぐるしく流れる中、ギネルをなだめる。
「なっ、なにが!?」
「敵だな。多分」
どうにか飛行姿勢を持ち直し、距離を空け空襲者を観察。
明らかに殺意が込もった急襲だったが、こちらが体勢を立て直すまで悠長に待っていたようだ。
(『目利き』……は、やめておくか)
アティの件もあって、過度に慎重になっているのかもしれないが、
彼女の言う、ラーニング系のスキルへの対策。
『目利き』を一度だけ無効化した、ミヤコの白衣のような効果。
その存在の可能性を否定できない以上、知らなかった今までよりも『目利き』の使用には注意を払わなければ。
大きなしっぺ返しを食らう危険性がある。
「―――誰だ、おまえ」
『目利き』という、対象の全容を暴く手札を温存した今できるのは、再びの質疑。
長話するような状況でもない、簡潔に問う。
「邪魔な結界がよ、なんだか知らないけど、消えてようやくご入場でよぉ―――」
どうやら、あちらはお喋りを望んでいるようだ。
「はしゃいでぶっ飛んでみれば、『天然モノ』が居やがらぁな。ってよぉ……」
(敵、だよな……初見の『次元斬』なら一瞬で勝負はつけられるだろうけど)
道を急ぐとはいえ、今ここでMPを使い果たすわけにはいかない。
「そしたらなんだ、上物も上物、特上のオマケがついてるじゃんかよ……いや、こっちのが本命か?あー、どっちだ?迷うな、おい」
逃げるのも悪手だろう。
振り切れなかった場合、今の目の前の厄介事と、いく先の厄介事がかち合う最悪の状況になる。
「聞くが―――」
とはいえ、ここは空中。
ギネルに掴まって飛んでいるだけで、俺自身が空中を自在に飛び回れるわけじゃない。
「どうやって浮いてるんだ?それ」
「あーーー?」
なのに相手は翼も無く、その身単体で宙に浮いて虚空に留まって見せている。
奇襲をかけようにも分が悪い。
(本格的な戦闘になれば、長引く)
時間に余裕はないが仕方がない。
ここはまず言葉で敵の手の内を―――
「バカだなぁお前。オレよりバカだ。『人間』が普通空飛べるか?普通じゃない力、『スキル』に決まってるだろぉ?」
「……だろうな」
「だろぉ?」
「「……」」
一間の沈黙。
ギネルの羽ばたきの音だけが俺たちの間に響く。
「なんか、気が合いそうだな。オレたち」
(なんだこいつ……)
少し時間を掛けようかと思ったが、こいつの口上、話しぶりで話の通じる相手ではないのはもう解った。
倫理観とか理性的とか、そういう面でのアプローチは効果が期待できない。
戦闘を好む趣向にあった、シキミヤ寄りの人間だ。
「人付き合い、得意なんだよ。こんなナリだけどさ」
「確かに、それは意外だな」
男のセリフに素直に同意。
短髪でもないのに逆立った頭髪、頬はややこけ、目元、唇、耳にバチバチに空いたピアス。
そんな顔面のわりに纏う服装は地味目で動きやすそうな軽装、鎧などは間接のみを守っているだけ。
「グヒヒ!でも本当さ。オマエみたいな少しとっつきにくそうな男でも、オレは差別しねぇで接するのよ」
(お前が言うな)
何より、両の手に握られた湾曲した剣のようなものが、男の危うさを物語っている。
「ナナシ殿……この男、恐らく……」
「なんだ?知り合いか?」
ギネルの声に見上げると、その表情はえらく狼狽しているようだった。
「そう。どんなに寡黙な奴でも、おしゃべりな奴でも、そいつの本音は―――」
耳が捉える、風音。
ギネルの翼が空を薙ぐものでも、山間から吹くものでもない。
突如として現れた、風鳴り、その通り道、そこを行く―――
「殺し合いの中で丸裸になんのよぉ!!」
「投、擲……!」
手にした二対の曲刀投げると、回転しながら大きな弧を描き―――
「ナ、ナナシ殿!」
「……糸でも付いてるのか?」
俺たちを包囲する様に、乱雑な軌道を描きながら周囲を旋回しだした。
「やっぱオマエバカだなぁ!オレが飛べるんだから、剣ぐらい飛ばせるに決まってるだろぉ?」
「なるほど、ね」
耳を澄ませると、刃が空を斬る音だけでなく、不自然な風音が聞こえる。
それは周囲を旋回する剣の持ち主の奴からも、同質の音が発せられてる。
「対象を浮遊させるスキルかとも思ったが……『風』、か」
「なんだ、やっぱり頭いいのか?」
反応を見るにそういう類の力らしい。
この分かりやすさ、余裕なのか天然なのか。
「けどタネが分かったとこで、見切った事にはならないよな?」
(確かに、この飛び回る剣。速い)
規則性のない軌道で飛ぶ高速の刃。
確かにこいつを完全に見切って攻撃に転ずるには少し時間が―――
「だから見切るまで死なないように気を付けないとぉ!?」
「!」
飛ぶ剣による中・長距離タイプかと思ったら、
(油断した!あの高速の刃を掻い潜って懐に……!?)
「グヒッ!」
全くの無警戒ではなかった。
けど、周囲を飛ぶ剣の風音に紛れるように、自身の音を殺しての間合い詰め。
そして、やつの右手には高速で跳び回っていた二対の内の、一本の曲刀が握られていた。
「ヒィ~~……ッ!」
「くっ……!」
咄嗟に剣を来たる攻撃の先へ掲げて防御態勢。
不意は突かれたが、肉体とスキルは反応―――
「ヒャアッ!」
「脚、かよ……!?」
直前まで、完全にこちらの胴を斬り払うモーションだった。
それが一瞬で体勢をねじり、宙を舞うように鋭い蹴りを見舞ってくる。
「ナナシど……ガ、はっ!?」
「『天然モノ』にワンヒットぉ~」
放たれた蹴りを辛うじて躱すが、その反動を利用しギネルの顎を蹴り抜かれる。
「ギネル!」
ギネルの意識が飛んでしまったのか、握る手は弱まりその衝撃で俺たちの手は離れ。
「野郎……!」
「!」
宙に投げ出され、落下感を体感するより速く剣を振るう。
狙いは死角から飛び込んできたもう一対の曲刀。
空を裂きながら飛翔するそれの軌道を、剣撃によって敵へ。
「もう、見切るかよぉ!!」
「来い!」
けど、流石に術者本人。
弾かれた曲刀はその勢いを失い、掌が裂けるのも構わず刀身を掴み止めた。
目に見えぬ『風』で勢いを殺したのだろう。
だが、それでいい。
巻き込んだ形になったギネルから注意をそらすための牽制だ。
「ヒャッ!」
落下、だけでは到底得られない速力で斬りかかってくると、こちらも地を背に応戦。
「くっ!捌き、にくいな!」
極端に湾曲した鎌のような曲刀。
切っ先が太刀筋に乗るらしい。
この形状、確か『ショーテル』という刀剣だったか。
(得物の形状一つで、こうも違うものか!)
剣で受けるとこちらの刃を回り込むように、湾曲した先の切っ先が対象の肉を切り裂こうとする。
おかげで受けた直後にもそれを躱す動作を余儀なくされ―――
「飛べもしねぇのにぃ!メチャクチャ、器用、じゃんかよ!?」
「こん、の!」
自由の利かない宙で無理な防御と回避を迫られる。
(長引かせれば、確実に不利)
虚を突き、
「ふっ!」
「! 弾かれ……っ!」
(一撃で仕留める!)
不格好な防戦にあった俺が、飛ぶ術を持たない俺が、地に足の着いた強打を生むとは思わなかったのだろう。
『無空歩行』による虚空を踏みしめた剣撃は、奴の腕を弾き大きな隙を晒す。
「終わりだ!」
「ヒ―――」
がら空きの胴。
防具も手薄―――
「―――ィヒャオ!」
「な……!?」
伸びきった腕、意表を突かれ強張った筋肉、どれもが致命の隙、必殺の一撃を確信した、その瞬間。
糸にでも吊られているような、あり得ない動き。
(『風』、か!)
「惜しかったぁ~~よぉっ!」
異常な動作でこちらの攻撃を回避されるも、次ぐ斬撃を剣で受ける。
が―――
「グヒッ!」
「しまっ……」
受けた刃先、曲刀の湾曲したラインを起点にし、それをなぞらえるように肉体を翻し―――
「ぐあっ!?」
予測し得なかった方位。
背後から肩を串刺しにされ、刺された痛みの直後、追い打ちをかけるように刃を食い込ませながら―――
「ッジャァッ!」
「が……ぁあ!」
肉を裂きながら振るわれる凶刃。
その勢いのまま、肩口を切り抜ける激しい痛みと、体が宙へ放り出される浮遊感―――
「ナ、ナシ、殿……!」
「ギネル……助かった」
奴の蹴りから何とか持ち直したギネルが、
切り裂かれていない左腕を掴み宙に留まらせてくれたようだ。
「大丈夫ですか!?」
「ああ……」
下方に切り裂かれていたら致命傷だったかもしれない。
とはいえ、肩口をバッサリとやられた。
軽傷ではない。
「対人の、空中戦がここまで厄介だったとはな……」
いや、違うか。
近接戦において、ここまで応用が利く異能。
この空中において、『風』により高い精度で己の肉体を操り。
予測を翻弄し、防御を掻い潜る、変幻自在さ。
踏ん張りも、踏む込みも存在しない、攻撃の予兆が酷く希薄な、予測困難な戦い。
敵が、この空中戦において一枚も二枚も上手なんだ。
「さっきのは驚いたぁ~。空中を蹴ってとんだのか?最初に見た動きはそれかぁ」
切っ先に俺の血を滴らせた曲刀を弄びながら、へらへらと笑いこちらを見る。
―――こいつは、危険だ。
「……ギネル」
けどそれ以上に、今の状況は多分最悪。
「アティはあっちの方角にいる。行け」
「……え?い、行けって」
このタイミングでの襲撃。
恐らく計画的ではないにせよ、その途上にある段階に降って湧いた、偶発的な襲撃―――
「知らせてくれ。こいつと同じ『敵』がこの山にいる、と」
「っ!」
「おー。いるぞー?」
隠す様子もなく肯定しやがる。
もちろん、奴のブラフの可能性も否定できないが、状況的に他に仲間がいる可能性は極めて高い。
異種族のギネルを何か、妙な呼び方をしていたところを見るに、恐らく……
「なんか今、ボーナスタイム入ってっからさ。張り切ってるだろうなぁ。ま、俺はこっちのが楽しめそうだから……」
「―――行け!」
向けられる殺意に攻撃の予兆。
思考を切ってギネルの腕を振り払い、『無空歩行』で空を蹴り大きく跳躍。
《熟練度が規定値を超えました》
《精神耐性・大LV.7⇒LV.8》
《無空歩行LV.1⇒LV.2》
「やる気満々じゃんよぉ!グヒヒッ!おもしれぇ、受けてやるぁ!」
「ナナシ殿!」
敵は空中戦に長けた強者。
かといって、こんな危険な人物を引き連れて地上へ降りるわけにもいかない。
であれば―――
「! 速っ―――」
「こっちも、全速だ!」
天地を逆に空を蹴り、直下に飛ぶ。
『瞬動必斬』程の速力ではないが、敵の度肝を抜くには十分な速力。
そのまま斬りかかると、辛うじて曲刀で受けに転じる。
が―――
何合か打ち合って把握した。
力ではこちらが、上。
「ふっ!」
「いッづぁ!?」
掲げられた曲刀の一対を剣撃で砕き、流れる太刀で肩口を切り裂いた。
「お返しだ」
反転しもう一度空を蹴り、跳躍による浮遊で息を整える。
「いだだだだ!おっ……まえ、空中をピョンピョン跳ねて、気持ち悪いやつだな!」
(浅かったか)
同程度の負傷。
血は止まらないが、先程レベルが上がった『精神耐性・大』の恩恵もあって、
痛みによる雑念はない。
剣も問題なく握れている。
敵も同様に、口を開けば喧しいが、さして動揺したような様子は見られない。
スキルか、生まれ持った胆力か。
「手の内隠しやがって!こっちの土俵でイキイキと動き回ってよぉ!性格わっるぅ!」
「まぁな。奥の手もまだあるしな」
ハッタリではない。
けど、こいつを使えばこちらのMPは枯渇する。
そして、こうやって空を蹴り浮遊するたびにMPは消費していき、やがてゼロになる。
「……なんか、俄然、楽しくなってきたぁ!」
ギネルの方を見ると、既にこちらに背を向けアティの言る方角へと羽ばたいていた。
「悪いが。長く相手している暇はないんだ」
弱音などではない、ただの現実問題、限られている。
回数が、手札が、時間が。
「嫌だね!遊んでけよぉ!」
それらを考慮し―――
(最短、最善手で倒す……!)




