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213話 結界の術者

「アティ。君は―――」



『到達者』



 これまでろくな思い出の無いその名を口にし、恐らくそれを知る少女。

 ここにきて、いよいよ彼女の素性をうやむやにはできないと、

 俺は切り出そうとした。


 けど―――




「! なんだ、この気配?」

「……どうしたんだ?」


 何かを感じたのか、アティの体は強張り、突然警戒態勢に入る。

 その様子に問いはしたものの、俺自身も何か得体の知れないものを感じ取っていた。


「ナナシも感じただろう?」

「……かなり距離がある感じだな」


 彼女への追及の機会を削がれたようで、内心ため息を吐きつつも答えた。


「嫌な予感がするな……私はこの気配の方角に連れを待たせている。すぐにでも戻りたいところだが」

「奇遇だな。俺も方角的に心配事がある」


 アティ自体も懸念すべき存在ではあるが、このただならぬ気配、予感。

 それらの追求を押しとどめてでも対応の選択肢を迫られるほどの、不吉さ。

 しかもそいつが『交錯の里』の方から感じる。


「アティ様?ナナシ殿?どうなさ―――……え?」

「姉貴?どうし……あれ?結界、が……?」


 姉弟が何やら困惑している。


「これほどの結界が……これは、無関係とも思えんな」

「どうした?」

「……つい今まであった結界が、消えた」


 アティの返答を聞くと同時に、


「ぅおっ!?」

「きゃ……っ!?」


 山が削れでもしたんじゃないかというほどの衝撃と爆音が、突き上げるように響き、体を震わせる。


(ダイギリ、今朝の獣、ヒュドラをけしかけた連中の追手……)


 即座に、記憶からこの現状に起因する候補を羅列、思考。

 浮かんだそれらは、どうにも紐づかない。


「……結界」


 そうだ、結界。


 今しがた、このタイミングで消えたという、結界。

 この山に来てからもっとも不吉な気配、今の衝撃音だけでも測れる『威』を持つ存在。

 そして恐らくそれを行使せざる得ないほどの状況、つまり、衝突。


「―――エミルの爺さんか……?」

「ナナシ?」


 先の、『濃霧の結界』や、かの老人と対峙した時、講釈を垂れ、朱音の肌を焼いた結界。

 結界と呼ばれる異能に長けている、俺が唯一知る人物。


(俺に、結界とやらを感知する術があれば、大きな判断材料になっただろうけど)


 どうやら俺には、この姉弟やアティのようにそれを感知することができないようだ。

職業(ジョブ)』や『スキル』の違いか、それとも()()の違いか。


()()、ね……)


 再びアティへの疑念が首をもたげ、『目利き』を発動させようかと一瞬の逡巡。


(―――切り替えろ)


 なんにせよ、目の前にあるはずの結界が存在していたことも、突然消えたことも一切感知できなかった。

 そして今他に優先すべき脅威が発生した、というのが現実だ。


「ここで時間喰ってる場合じゃないな」


 アティに関して、今は軽率に動くべきではない。


「―――俺は行く」

「アテがあるのか?」


 場所、方角に関しては彼女も示唆した。

 この問いは、そこで起こっている()()()、に対してだろう。


「面識がある。その人物も、結界の力に精通していた」

「!」


 アティが先程ポツリと零した、存在。


「恐らく、今消えた結界の、術者だ」


 言い終えるや否や、


「『到達者』の、戦闘……!?冗談ではない!」


 長いツインテールを尾のように従えて、彼女は駆け出した。


「待て!俺も行く!」

「あ、あの!」


 少女の背を追おうとすると、姉の方に呼び止められた。


「一体何が起こっているのですか?集落への案内は……」

「キャンセルだ。詳細はまだ掴めないが、今言った通り結界の術者が多分戦いを始めてる」


 気配と予感、爆音から推察する、憶測でしかない。

 が、


「ご、『ご意見番』殿が?」


 ご意見番。

 そこも交錯の里にいる異種族たちと同じ認識らしい。


「あんたらも面識があるみたいだな。だったら分かるだろう?」


 事態の全容が鮮明でないこの状態でも、最大限の対応策を取らなければならない。


(シキミヤと同じ、『到達者』を冠する怪物……)


 そんな存在の力の行使、そして、行使せざるを得ない、対象との衝突。


「集落―――いや、山が消し飛びかねないぞ」

「「!!」」


 山が消し飛ぶ、というのは飛躍した例えだが、

 姉弟二人ともの顔色を見るに、事態の深刻さを理解してくれたようだ。


「す、すぐに避難を!」

「待て!」


 血相を変えて集落の入り口へ反転する二人を呼び止め。


「この事を『交錯の里』にも知らせてくれないか?知ってるよな?南下した先にある、あんたたちと同じ異種族の集落だ」

「「……」」


 この緊急事態に至って、顔を見合わせ押し黙る二人。

 その反応見ただけで、理解できる、二分した異種族間の、溝。


「そ、それは……」

「―――いや、いい」


 土壇場、修羅場で、見え隠れするのは本質。

 今、彼らに同族同士との在り方を追及したところで、その考えが覆るはずもない。


「あんた。弟の方の……」


 だから、今は、捨て置く。

 種族間のわだかまりも、アティへの疑念も―――


「ギ、ギネルと言います」

「……変わった名前だな」

「ナ、ナナシ殿も変った名かと……」


 次々出てくる些細なそれらは、今は留めておく。


「確かにな。と、無駄話はここまでだ、ギネル。アティを見失った。俺を空から運んでくれ」

「えっ?そ、それは……」

「交錯の里へは俺が行く。お前は上空でアティを見つけ次第、俺を下ろしてくれればいい」


 弟、ギネルは意見を求めるように姉を振り返ると、やや戸惑いがちに頷くのを見て。


「……わかり、ました」


 渋々ながらも承諾、と言った反応だ。


「随分と弱気だな、最初の威勢はどうした?」

「『ご意見番』殿が戦闘、ともなると、とても平静を保ってなど……」


 俺よりも彼らの方があの爺さんとの付き合いは長いのだろう。

 ギネルの様子を見るに、爺さんへの脅威度の分析はあながち間違ってもいないはずだ。

 そもそも、ステータス自体とんでもないパラメーターだったし。


「アティを見つけたらすぐ降ろしてくれればいいんだ。後の事はこっちで勝手にやる」

「あのお人が関わる争いに、一体何ができると……」

「さぁな。話は終わりだ」


 怖気づいたこいつと、これ以上会話を続けていても時間の無駄。

 そう判断した俺は、背を向けアティの去った方角へと走り出す。


「ギネル。とにかくあなたはナナシ殿をアティ様の元へ送り届けなさい。私は集落の皆に状況を説明して避難を促します」


 姉の声を背後に聞くと、翼を広げ空を薙ぐ風音が耳に届く。

 振り向かないまま木々を飛びあがり、樹上へ跳躍しながら片腕を空に突き出すと。


「っ!ほっ、本当に俺の翼必要なんですか!?その脚力で!?」


 追い付いたギネルが、焦った様子ながらも虚空でキャッチした。


「っと。アティの事だ、多分かなり離された。森の中、同じ条件で後追いしても追いつくのに苦労する」


 もっと言うと、『無空歩行(エアジャンプ)』による消耗も避けたいという理由もある。


「で、できれば早く見つけてください!」


 高度を上げていき深い森を下方に見る。


「空を飛ぶってのは、気持ちいいもんだな」


 交錯の里でダイギリに放り投げられたり、あの謎の獣に吹っ飛ばされたり、はたまた『無空歩行(エアジャンプ)』で空を蹴ったり。

 この山に来てから空に浮かぶ機会には事欠かないが。


「そんな、呑気な」

「俺には翼がないからな」


 言いながらも、視覚を強化しアティの姿を探す。


 方角は分かっているから、きっとすぐに―――






「「―――見つけた」」

「え?」


 樹上、遥か上空から木々の隙間にアティの姿を捉え、呟いた瞬間、誰かの声と重なった。


 同時に、いや、言葉を口にする、0コンマ数秒前か後か、俺は―――




「誰だ、おまえ」


 強い殺意を感じ取っていた。


「グヒッ、グヒヒヒヒヒッヒ」

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