21話 少女の正体
一瞬で間合いを詰める彼女に見せつけるよう自分のステータス画面を開いた。
「・・・え?」
高速の踏み込みをすんでのところで急停止したため、彼女が運んできた風が俺の髪を撫でる。
(あ、あぶなかった)
眼前で立ち止まってくれたことに俺は心底安堵した。
ていうか眠らせるだけ、って圧じゃないだろ。
《熟練度が規定値を超えました》
《精神耐性LV.5⇒LV.6》
はいはい、どうも。
(さっきまでの圧迫感も消えている・・・スキルを解除してくれたのか?)
一緒に出所不明な俺への警戒も解いてくれると助かるが。
「これ……なに、このステータス……職業が五つも……人間、なのに?いやそうじゃなかったとしてもこれはおかしくない……?『偽装』のスキル?……でも本人のステータス画面ならスキル項目にそれが表示されるはず……」
(どうも相当驚いているらしいな……名前の部分が無いからか?)
今だ俺のステータス画面を凝視する彼女は納得いかない様子でブツブツ一人話している。
「あー……この通り【鑑定士】の職業持ちだ。これで信じてもらえるか?」
「……」
俺の声にハッとした様子を見せステータス画面と俺の顔を何度か交互に視線を巡らすと、
力が抜けたようにふらふらとその場にへたりこんだ。
「お、おい!どうした?」
「ご、ごめんなさい。私、ほんとに助けてもらった、のに、ハーフエルフって言われたら、頭に血が上っちゃって。自分の事何も話さない私に、ごはんまでくれたのに、命の恩人に、いきなり殴りかかって……!」
「……」
言葉遣いから多少知的な印象を受けていたが、今の彼女は取り留めも無く言葉があふれてしまっているようだ。
レベル差なのか『読心術』を使っても思考は読めないが、
これだけ声を詰まらせながら感情を出されたら使わなくてもわかる。
後悔。
反省。
悲しみ。
そして、安堵。
「弱いな、どうも……」
いきなり殴り倒されそうになったんだ。
恨み言の一つ言ってやってもいいかもしれないが……
目の前の座り込みうなだれる姿を見たらそんな気も失せた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「空腹だ」
「……え?」
俺はベンチに置いた山さん特製すいとん入りの椀を、自分の分と彼女の分を手に取り。
「腹が減っているから、頭が回らなくて少し判断を間違えた。それだけだ」
そう言って彼女の前に胡坐をかき、手を取って椀を持たせる。
「そ、そんなことじゃ済まされ……」
「俺が持つスキルの中には」
無理やり言葉を遮る。
さっきの頑固さから、そんな理由じゃ収まらないってのは分かってた。
でも、別に反省と謝罪が欲しいんじゃない。
彼女の持つ情報が欲しいんだ、早く立ち直ってもらわなきゃ困る。
「相手の動作、仕草からなんとなく思っていることが分かるスキルがある……訳有りなのなのはわかってる。さっきみたいな自衛をしなきゃならないほどの訳……わかってるから、今は食べよう」
「ぁ……」
本当はよくわかってないけどな。
それっきり俺は話を切り黙々と食事を始める。
少し間があって、彼女がすいとんに口を付ける気配があったので見てみると。
「……うぅっ……ぐすっ」
まさか泣くとは思わなかったので俺は内心大層動揺した。
だから弱いんだって、そういうの。
「……うまいか?」
さっきの俺の言い方がぶっきらぼう過ぎて良くなかったのか、なんて声を掛けたらいいかわからず10通りくらい考えたが、出てきたのは飯の感想を求める無粋なものだった。
「はい……!おいしいです……ぐすっ」
「……そっか」
彼女の涙は止まることはなく溢れる一方で。
流れ落ちた分すいとんを口に運んでいるようだった。
(やっぱ、戦い以外じゃ役に立たなさそうだな『洞察眼』)
::::::::
「ごちそうさまでした」
「あとで山さんに直接言ってやってくれ」
すいとんを平らげると、俺たちは元のベンチに並んで座り直していた。
ちなみに俺は彼女が起きた頃の敬語は止めていた。
殴り掛かられた時からもう言葉遣い崩れてたしな、また戻すのも変な話だ。
「あの、改めて。助けてくれて、ありがとうございます。それとさっきは、本当にすみません」
温かいものを食べて血色が良くなったのか、赤みが差した顔をこちらに向け礼と謝罪を述べる。
「いいんだ、気にしないでくれ。情報で返してくれればそれで」
「はい。私が知っていることでよければ」
どうやら早速聞いていいらしい。
「そうだな……まずは、君の名前を聞いてもいいか?」
「はい。私は『篝 唯火』って言います」
篝火の『篝』に、唯一の火で『唯火』です。と補足。
(……日本人、だよな?名前は)
種族がハーフエルフというものだから、てっきりモンスターたちみたいな出生元が謎の存在かとも思ったけど。
「なんか勇ましい名前だな。じゃあ、篝さん、種族について―――」
「『唯火』でいいです」
「え?」
「『唯火』でいいです。呼び捨てで」
なんか食い気味だが、そんなに自分の名前が気に入っているのか。
名無しのままのうのうと生きている俺とは大違いだ。
「じゃあ唯火、しゅぞ」
「はい!」
「……いや、呼んだわけでもないんだが、話を向けるにあたって名前を言っただけで」
「あ、すみません。少しはしゃいじゃいました」
人付き合いの間合いが随分と独特な人だ。
「続きだけど、漠然とした質問になるんだが、唯火の種族。ハーフエルフって何なんだ?」
ステータスの中であまりに異様。
ゴブリンならゴブリン、オークならオーク。人間なら人間。
でもハーフエルフってなんだ?外見は俺と同じ人間にしか見えないのに。
「言葉通りですよ……人間とエルフのハーフ。その特性と数の少なさから希少種扱いされている、種族です」
「……え?ご両親どちらかが、エルフってことか?」
え?いるの?エルフとかそういうの?
だとしたらこの半年間どころかもっと昔からこの世界には、種族やらスキルやらが存在していたのか?
「いえ。お父さんもお母さんも、普通の人間です……そうですね、言うなら後天的なもの」
「それって……」
「はい。半年前、頭に響く声と共に私の体はハーフエルフへと変わったんです」
「そんなことが……」
『あり得るのか?』
そんな疑問は今更だろう。
「ほんと、ファンタジーですよね。耳が尖ったりしていないのはハーフだからだそうです。あと、私の髪。半年前は茶髪だったんですよ?」
「そうなのか?」
その名残なのか、茶髪が残る毛先をクルクルとあそばせ懐かしむように言う。
「ええ。なんでも、体が造り変えられる際、同時に発現した『魔力』が、髪の色素に影響を与えたとかなんとか」
髪は女の命。
なんていうからな、思うところがあるんだろう。
だが、俺の関心は初めて聞く単語に向いていた。
「『魔力』?それって、君のステータスにあった『MP』ってのが関係しているのか?」
唯火のステータスにあって俺のステータスには表示すらされていない『MP』。
そこもずっと気になっていたんだ。
多分さんざんゲームみたいな仕様が出てくるんだ、想像通りだろうけど。
「あ、そうですね。聞いた話になってしまうんですけど『MP』は魔力が発現した人にしか認識することはできません。種族や職業によって魔力が発現するか決まってしまうので、まぁ人それぞれですね。でも、明確に認識できないだけでどんな生物にも『MP』は存在するようです。スキルの使用限度もその残量に依存します」
「そうだったのか、でも『魔力』が発現しても『MP』の容量が認識できるようになるだけなんだな」
なんというか、あっても無くてもというか。
少なくとも今の俺は不便に感じた事はないが。
「私は最初から魔力があったのでわからないんですが、『魔力』を操り『MP』を知り『スキル』が深まるようです。あると無いとでは格段に違いが出るみたいです」
ふむ。
いまいち眉唾な話だが、いずれ俺にも魔力が発現するのだろうか?
「そういえば、『MP切れ』ってどんな状態なんだ?」
それも唯火のステータス、状態の項目に記されていた。
「あー、それは、ですね……」
「……?」
どこかはぐらかすような態度をとる唯火。
一瞬迷うような素振りを見せていたが。
(この人は、信用できる……嘘つきたくない)
「MP切れ。これも文字通り、MPの残量が底を尽きた状態です」
どうやら教えてくれるらしい。
「じゃあその状態だったから、唯火はあのゴブリンジェネラル達に追い詰められていたのか」
ゴレイドは確かに強敵だった、俺にとっては。
けど、唯火にとっては敵ではなかったはずだ、万全の状態なら……
ん?
「でも、ならスキルを使わないで戦えばよかったんじゃないか?」
魔物使いとの戦いの後、スキル無しで日に日にモンスターの数を減らしていた俺のように、パラメーターのゴリ押しで十分すぎる程の力の差だったと思うんだが。
「それが……できなかったんです。私がハーフエルフだったから」
「……?」
「人間であればMP切れの状態になっても、パラメーターの基礎能力で戦えるでしょう。けど、私は、ハーフエルフは普通に生きていくだけでも『魔力』に大きく依存しているんです。ですからその指標のMPを失えば、全ての能力が大幅に減退し身動きが取れなくなってしまいます……それこそ、遥か格下のゴブリン相手でも戦って勝つのは難しいほどに」
「……魔力を初めから宿しその扱いに長けた種族の弱点……諸刃の剣ってやつか」
そうですね、と皮肉気に微笑む。
「けど、そんな致命的な弱点、会ったばかりの俺に教えて良かったのか……?」
追手がどうとか言っていた。
彼女が厄介ごとを抱えているのは間違いない、見ず知らずの俺に教えることのリスクを考えないわけがない。
「命の恩人に隠し事はできません。信じてますから、あなたの事」
……会って間もないのに、随分と信用されたもんだ。
それにしても
(唯火がMP切れに陥るほどの戦いを潜り抜けた後だったんだな……)
今はまだそのことは触れないでおこう。
もし、彼女が助けを必要とした時。
その時考えよう。
……俺の方が弱いけど。
そんなことを考えていると、唯火が俺をじっと見つめているのに気付く。
「ん?ああ。じゃあ次の質問なんだが―――」
「あの」
僅かに前のめりになりながら俺の質問を遮り声を上げる唯火。
「ど、どうした?」
「すみません、私が情報を提供するのがお礼なのはわかってるんですけど……私も、あなたに聞きたいことがあるんです」
まぁ、それもそうだ。
俺から見て唯火も得体が知れなかった。
彼女にとっては今も俺は得体の知れない存在だろう。
ステータスはさらけ出したが。
「そうか、そうだな。こっちばっかり質問攻めもなんだしな。なんでも聞いてくれ」
自分の名前以外でなら答えら―――
「あなたの名前を教えてください!」
そうだね、自己紹介って大事だよね。




