211話 竜の縁
毎度ご無沙汰してます
「え、えへっ。えへへへ……ささ!お求めの薬草畑はこちらになります」
「ん」
「……」
どういう状況だ?
これは。
「あ。旦那、その剣お持ちしましょうか?」
「……いや、いい」
「いえいえ、そうおっしゃらず―――」
「こら!信用されてないあんたが、その方の武器を取り上げようなんて馬鹿言ってるんじゃないの!」
「え。いや、俺はただ旦那に―――」
「大体!その剣から漂う気配!宝剣とも言っていい業物のソレ、あんたなんかが触れていい代物じゃありません!」
竜人族の女性はそう捲し立てながら、弟だという男の頭部へ拳骨を落とす。
このやり取りだけで二人の力関係が窺える。
彼女の印象もこの森で最初に遭遇した時よりも大分変化した。
(って、いやいや。そんなことはどうでもいいんだ)
ちらりと横を歩くアティに視線を寄こす。
「……ん?なんだ?ナナシ。何か気になることでもあるのか?」
俺の視線に目ざとく気づき、身長差からこちらを見上げるように問う。
「気になることだらけというか……」
「?」
いや、状況は分かっている。
薬草を求めてきた俺たちに、竜人族の襲撃者。
そいつをアティが返り討ちにし、尋問しようとしたらもう一人竜人族の女性が乱入。
それは昨日森で会った竜人族と同一人物で、襲撃者と姉弟関係にある、と。
(で―――)
ここまではまぁ、いい。
(分からないのは……)
「! アティ様!どうかなさいましたか!?」
「ん?別に何も」
「だ、旦那。失礼しました……自分のような半端者が、旦那の得物を取り上げようなどと……」
「……」
こいつらの、俺たちに対する態度だ。
「はっ!?アティ様!ナナシ殿!お疲れでしたら、我ら姉弟が飛翔しお運びいたしましょうか?」
「いや、疲れてなどいない。歩く」
なんでこんなに、かしずかれてるんだ?
「し、失礼いたしました!この程度の距離、りゅ――」
「余計なことは言うなと。さっきも言った筈だが?」
アティはどこか冷ややかな声色で竜人族の女の言葉を遮る。
それを聞くと、青ざめた表情でハッとし、慌てて自らの口を両手で塞ぐ仕草。見ると、弟の方も震えている様子だ。
顔に竜の特徴が顕著に現れてるから、顔色は読みにくいけど。
(しかし、アティは自然だな)
俺のように、この状況に対する戸惑いはないようだ。
それどころか、ごく自然な、当然の処遇のようにふるまっている。
(……力量差からくる、平伏?)
先程、姉に押し付けられるように二人が土下座していた時。
『申し訳ございません!この愚弟のご無礼!どのような粛清も……!』
『よい。ナナシ……この男が不問と言う。ならば不問だ』
『あ……ありがとうございます!その寛大な御心っ!流石は『りゅうお』……ふぶっ!?』
『不問だが。いくつか弁えてもらう。心して聞け―――』
(あの時、姉の方は不自然に地面に突っ伏した)
恐らくアティが弟の槍に施した何かしらの細工を、姉に向かって使ったんだろう。
その不可視の、見えざる、威。
そして突っ伏した彼女に、耳元で何か言っていた。
結果、アティに怖れをなした、か?
(でも、姉の方はそれ以前からアティに遜っているような雰囲気だった)
開口一番の謝罪の弁も、俺に対してよりもアティに向けられているように感じた。
「……なんだ?ナナシ。またこちらを見て」
「……」
俺が昨日この付近に足を踏み入れて、彼女達竜人族と遭遇し、こちらに頭を垂れた。
その態度は、俺が身につける『地竜の羽衣』。
こいつにはめ込まれた『地竜の魔核』の気配に起因するものだと、竜人族が感知し得るそんな気配のような何か。
(竜人族の成り立ちなんてものは俺にはわからないし、この世界が変わってまだ半年程度の来歴)
けど、『竜人族』にとって『竜種』というのは特別な存在だということは多分間違いない。
(仮に『竜人族』という種が、『竜種』の亜種と言うのなら……)
竜種を神格化し、たて祀るような習慣のようなものがあるのかもしれない。
この背景なら俺の持つ、『地竜の魔核』の気配を感知しての反応だと納得も行く。
そう―――
(問題は……)
「? 私の顔に何かついてるか?」
この子、アティにも彼ら竜人族が遜っていること。
それはつまり、彼女が『竜種』の気配を宿す何らかのアイテムを所持しているか。
「な……なんだ、仏頂面で……おいお前。私の顔に何かついてるか?」
「いえ!大変可愛らしく均等の取れたご尊顔かと!」
「む?そ、そうか?」
「はいっ!二対に結われた漆黒の頭髪も、猛々しい角のようでお美しいかと」
「それほどでも……あるがな?ふふっ。お前は中々に分かっている」
それか、彼女自身が『竜種』の縁者であるか。だ。
「ナナシっ。やはり良いらしいぞ!この髪!」
「……ああ。俺も似合ってると思うよ」
「! ふ、ふむ!興が乗ってきた!さぁお前達、案内頼むぞ!」
「「はい!」」
意気揚々と、目的の薬草の元へと進んでゆく少女。
(……まさか、な)
爪の先が掛かるかも分からない程の、極小の、吹けば飛ぶような漠然とした予感。
「そうだ!お二人方、薬草の採取を終えましたら是非とも私共の集落へいらしてください!」
「集落?むぅ……少しの間だけなら私は構わないが……ナナシ!どうする?」
だけど、その疑念とも言えない程の何かは、
「ナナシ殿!是非とも!」
「ん?ああ、そうだな―――」
切り替えた思考の片隅に、変わらず居座り続けた。




