210話 さらに埋もれ竜
ご無沙汰してます
「威勢がいい割には大したことないな。お前は」
「っ!」
アティに頼み込むと、ため息を吐きながら埋もれ行く竜人族の傍へ行き、その体を圧し潰そうとする槍を掴むと、なんということは無いという風に軽々と持ち上げて見せる。
「はぁっ、はぁっ……」
息の上がったその様子を見るに槍は恐らく相当な重量だったのだろう。
アティが放りそれを受け取った時、『重い』と言っていたことからそれは間違いない。
(アティの職業は、魔物を使役する職業じゃないのか?)
『魔物使い』。
または、朱音が街で見たという『屍使い』。
「その男に感謝するんだな。別に私はお前がそのまま土に埋もれても構わなかったんだ」
取り上げた槍を背後に放ると、今度は地面に沈むことなく本来の質量のまま落下した。
その一連を眺めながら、またも深まった彼女の謎。
(敵にならないことを祈りたいね)
先程、鋭い刺突をあっさり見切り止めたのを見ても、やはりこの子が高い戦闘力を有しているのは明らか。あまりに襲撃者との力量差がるから、その末端しか目にしてはいないのだろうけど。
「!? な、なんだこれは!?」
「心配するな。暴れないよう拘束するだけだ」
垣間見えたアティの実力に考えを巡らせながらも、羽衣を操作し息の上がりっぱなしの襲撃者を拘束。
身体に巻き付く羽衣へのリアクション的に今朝、俺を取り囲んだ竜人族たちの中にこいつは居なかったと見える。
「いくつか聞く。答えたくないならそれはそれで構わない。あんたと争う気もないから、口を開かないならそのまま開放する」
「なんだ?この半端者の礼儀知らずに聞きたいことがあるなら、私が聞こうか?」
身体に。と、底冷えのするような物騒なことを口走るアティ。
「いや、本当に異種族とコトを構える気は無いんだ。穏便に済ませたい。ここは俺に任せておいてくれ」
そう言って制すると、羽衣越しに竜人族が安堵した様に息をつくのが伝わってきた。
見ると、息も大分整ってきたようで敵意と殺意もすっかり消え、それを表すように俯き羽衣へと視線を落とす。
「もう一度言うが、俺たちは見ての通り人間だが危害を加えるつもりは無い」
口にしながら、この主張はまず信じてもらえないだろうとは思った。
エミル達の助力があった『交錯の里』内でさえあれだ。彼らよりもさらに山奥に住まう竜人族が人間である俺の言葉を聞き受けるとは到底――――
「―――あんた、もしかして。今朝、俺たちの薬草を盗もうとしていたっていう人間か?」
………ふむ。
目の前のこいつはあの時あの場に居なかった。
と言うことはこの問いは、あの場にいた他の竜人族から聞いた俺の目撃情報に基づいたものなのだろうか。
(だとしたら、どう答えたものか……)
あの場を指揮していた竜人族の女をはじめ、従っていた他の連中も、途中から何故だか俺にへりくだっているような対応を見せた。
目の前のこいつが聞いている情報がそこまでのものであれば、こちらに害を成すということは無いと思うが……
「どうした?ナナシ?考え込んで」
「どうなんだ?あんたは、薬草泥棒の人間なのか?」
どうにも、それ以降の。
俺が彼らをひれ伏せさせ、その間にとんずらをこいた、結果的に薬草を持ち逃げしたという結果のみを聞いたっぽいよな。
(まぁ、間違ってはいないんだけど。もう少しコミュニケーションをとった方が良かったか?)
「……ナナシ」
竜人族の問いへの答えにどうしたものかと考えていると。
アティの呼びかけとほぼ同時に、
「―――ああ」
接近の気配。
先程と同様、上空。
見上げると、静止する影。広がる翼、一瞬の滞空の後――――
「うごぁっ!?」
急降下。
その勢いで捲れる土、落ち葉、砂埃。
晴れゆくその落下地点にいたのは――――
「あ゛……姉、貴」
側頭を地面にめり込ませ、呻くように呟く最初の襲撃者と。
「もうっしわけ!ございませんん!!」
それを押さえつけるように、同じく土下座を行う。
「あんたは、今朝の……」
「ん?ナナシ。知り合いか?」
特に動じた様子もないアティの問いを打ち消すように。
「わたくしの愚弟が!とんだご無礼を!申し訳ございません!」
双方の関係性が明らかになる叫びを聞くと、
「えっと……今朝、薬草を……くれた?竜人族」
「……ふむ」
流石に置いてけぼりなこの状況に、俺たちは顔を見合わせた。




