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209話 埋もれ竜

(人間の体に、角、鱗、尻尾に……翼は無いようだが)


 間違いない。

 竜人族(ドラゴニュート)だ。


(昨日の女じゃない、それに、人体の部分が少なくて大分竜寄りって感じだな)


 里で立ち回ったときも目にしたが、恐らく同じ種族でも外見にもそれぞれ個人差があるんだろう。

 体つきから察するに、多分男。


(いや、今はそれよりも……)


 この状況。

 空から降り立ち、使役する鳥型モンスターを踏みつけにする竜人族を視認し、発せられたアティの声には穏やかではない声色が聞いて取れた。


 目の前の者の行いは確かに、彼女を憤怒させるに値するものだとは思う、が―――


「待て!アティ!対話を―――」

「………」


 微かに傾き始めた重心を見逃さず、制止の呼びかけ。

 それが功を奏し眉をひそめながらも、視線をこちらに移し動作を停止する。


 だが、


「―――よそ者」

「!」


 この場において、その一瞬の停止、刹那の隙は悪手であると。

 冷たく放たれた言葉を聞き理解する。


「くっ!」


 俺達を隔てて立つ声の主は、小さな少女へと敵意を向け、迷いない動きで猛禽の翼に突き立てられた二本中、一本の槍を抜くと、地を蹴る。


(速い!)


 同時に、アティの元へと駆け付けようとするが、圧倒的に相手の方が彼女に近い。

 それに、手にした得物、三叉に別れた槍のリーチも相まって、割って入るにはコンマ数秒間に合わない。


「アティ!」


 槍の切っ先が少女の眼前に迫る中、思わず叫ぶ。

 だが、次の瞬間には、


「……っ!?」


 直感した未来とは、


「……無礼な半端者だ」


 異なる光景が広がっていた。


(指で、止めた?)


 白刃取り。

 というほど大仰な所作ではなく、飛んできたフリスビーでもつまむかのような気軽さ。

 直前の刺突がそんな、少女の細指二本で止まるような威ではないことは、遅れて風が薙ぎ、彼女の髪を仰ぐのを見れば一目瞭然。


 けど、それでも止めた。何でもない事のように。


「な、に……!?」


 相手の方もあからさまに動揺している、おまけにどうやら止められた槍を振り払おうとしているらしいが、二回りも小さい少女がつまむそれは、びくともしない様子だった。


「あまり駄々をこねるな。大事な得物が壊れるぞ―――」


 言うと、アティは空いた腕をゆっくりと竜人族に向かって突き出そうとする。


「うっ!?」


 その動作を見るや否や、何かを感じ取ったのか、竜人族は槍を手放し大きく後退。

 見たところ、アティは何をした様子も見受けられなかった。

 その反応を詰まらなさそうに見届け軽く肩をすくめると。


「――――ほれ。返すぞ」


 奪った。というより、手の中に残された得物を竜人族へと投げてよこす。

 切っ先を相手に向けて投擲するわけでもなくただ、放り投げた。


((どういうつもりだ?))


 恐らく、竜人族の方も俺と同じ疑問を浮かべただろう。

 だが、逡巡する間も空けずに判断を下すと、得物を取り戻すことを最優先にしたようだ。


 弧を描き放られたそれを頭上で受け取る。と――――



「ぬ……ぐぅっ!?」

(なんだ?急に体勢を崩した?)



 アティなりの画策があるのだろうと見守っていると、槍を手にしたとたん竜人族はその場で膝を折る。まるで、自分の得物の槍に押しつぶされるように。


「お、おも……!重いっ!」

「どうなってるんだ……?」


 重量挙げのように、ほんの少しだけ押し返そうとしたようだが、それも虚しく仰向けのまま地面にめり込んでいた。


「まぁ。この程度が落としどころだろう。そのまましばらく埋まっておけ」


 敵への興味を失くしたのか、緊張感を欠いた声色で吐き捨てると。


「……ふむ、これはしばらく飛べないな」


 片翼を残った槍に貫かれたまま、地面に拘束されている鳥の元へいきその傷を検める。

 呻く竜人族の方も気にはなったが、俺もとりあえずその場へと駆け寄った。


「診せてみろ」


 慎重に羽根をかき分け患部を診る。

 刺された槍の三叉形状のせいで損傷範囲が広い。けど―――


「……筋肉の損傷はあるが、運がいいな。靭帯は生きてる、骨も絶たれてないし。不幸中の幸いってやつだな。見た目よりひどくない」

「分かるのか?」

「ちょっと、獣医の所で助手みたいなことしてた時期があるからな」


 正規の医者じゃなかったけど。


「じゅー、い?ふむ。とにかく、ナナシの見立てでは問題なさそうと言うことか?」

「まぁ、今日は飛ぶのは無理だと思うけどな。今探している薬草を採って帰れば、『回復薬』を処方してそれだけで済むはずだ」


 そうかそうか。と、無邪気な関心と安堵した様子で何度か頷く。


「なら尚の事、早く薬草を採ってきてしまおう」

「そうだな。竜は呼べるか?鳥を背中に括りつけて安静にしておいた方が良い」


 置いていくのもかわいそうだしな。


「任せろ」


 とだけ言うと、器用によく響く指笛を鳴らす。

 程なくして、竜は姿を現し。


「――――これで良し、と。あとは……」


 手早くその広い背に鳥を固定し、身を潜めるのを見送ると。


「あれ。このまま放っておくわけにもいかないよな」

「んん?なんのことだ?」


 どうやら、先ほどまでの出来事は完全に興味が無くなっているようだ。


「う、ご、ごごご、ぐぅぅう!!」


 更に地面へと沈んでいる竜人族。

 どういうわけか知らないが、自分の得物に押しつぶされうめき声を上げながら徐々に生き埋めになっていく世にも珍しい光景。


「ナナシ。早く行こう」

「いや……」


 その状況を作り出したであろう当の本人に忘れられ、そんな醜態をさらす竜人族が。


 自業自得とはいえ少し気の毒になった。

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