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208話 最奥の手前

「そろそろだな」


『踏破製図』によって脳内に記憶されたマップ上の、ある地点に差し掛かると、俺は警戒を強めた。


「む。もう目的地に着いたのか?」


 左右から伸びる黒髪を、両の手の中で弄びながら首をかしげるアティ。

 よほど今の髪型が気に入ったらしい。


「いや、もうしばらく歩くんだが。それとは別の問題がな」

「別の問題?」


 警戒を強めたことで空気のヒリつきを感じたのか。くるくると毛先をいじりながらも興味深げに問う。


「憶測になるんだが、俺を森の奥まで飛ばした怪物。あいつの活動範囲……ナワバリかな。多分今そこを歩いているかもしれないんだ」

「あぁ……」


 接触したルートは一応避けてはいる。だが、周り道にも限界はある。

 この山間は広大だ。しかも少し移動するだけで、別の顔を見せるようにして新しい厄介事に遭遇する。さっきダイギリと話していた時、内心でこの山を動き回らない事を誓った俺としてはこれ以上新しい厄介事は勘弁だ。

 それに遠回りと言っても、範囲が絞れないからキリがない。山は夜の帳が下りるのが早いから、あっという間に日が暮れてしまう。


「そう言うことであれば心配はないぞ」

「ん?何がだ?」


 慎重にリスクを整理し、薬草の群生地までのルートを練っていると。

 アティから思わぬ発言。


「あのデカ物の事だろう?問題ない」

「どういうことだ?」


 本当に意味がわからず聞く。

 やや胸を張り、得意げに眉を吊り上げると。


「私がいるからな。遭遇することはない」

「……」


 アティの言葉の意味を考えた。得体の知れない、けど只モノでもないこの子の言うことだ。

 何の考えなしに発言しているわけでは無いだろう。

 そう言うに足る理由、根拠があるはずだ。


(……あぁ、あのモンスター達か?)


 狼、鳥、竜。

 今は目の届く範囲にはいなく、それでもそう遠くにはいないだろうあの三体のモンスター。

 アティの言うことには従順みたいだし、地上と空。同時に警戒網が敷かれているのならその索敵範囲は俺一人の比ではない。


 回復薬の素材である薬草を採りに行くと決心した時、一人で行くと言った俺に、やたら同行を迫ってきたのはそのためか。

 危険が伴うし、一人の方が立ち回りやすいかと思ったが―――


「―――なるほどな。それなら納得だ」

「だろう?回り道など必要ない。最短の道筋ですすめばよい」


 これまた得意げに弄んでいた毛先を指で弾く。

 警戒のストレスが減って助かるな。


「痛手を負って、また性懲りもなく出てくるほど、身の程を知らぬわけでもないだろうしな」

「? そう、だな」


 少し妙な物言いに疑問を覚えたが、いちいち気にしても仕方がない。


 俺が今生きてここに居る現状が、あいつに痛手を負わせて退けた証だろうし。

 先の、『デカ物』という奴の身体的特徴を言い当てたのも、あのバカでかい雄叫びを聞いて連想したのだろう。


 彼女が知り得ない情報がその口から出てもおかしくは……無いはずだ。


「さぁゆくぞ。早く行って採ってきてしまおう」

「あ。待ってくれ。あと一つ、確認だ」

「む?」

「これから向かう『最奥の森』っていう場所。回復薬に使える薬草の群生地帯なのは確かなんだが、そこは多分あまり関わり合いたくない種族に管理されてる。だから―――」

「わかってる。その近くになったら私は離れたところで待機している。案ずるな」


 念押しの確認。

 ぶっちゃけ、アティと『竜人族(ドラゴニュート)』。

 得体の知れない者同士接触させたら、どんな化学反応が起こるかわかったものじゃない。


「頼むぞ。ただでさえ、俺がこの山で動き回るのをよく思わない人たちもいるんだ」

「はいはい。まったく、群れのしがらみと言うのは煩わしい……力があるなら群れを成す必要もないと思うのだがな」

「……大人にはいろいろあるんだよ」


 この幼い少女が俺の何を知っているかは分からないが、俺は多分人とのつながりに縋っている。

 でなければ―――



「それにしても、そんな状況下でこうして私の頼みなど突っぱねればよいものを。こうして聞き入れているのだから、ナナシも随分と……矛盾しているというか、お人好しというか」

「……ま。対価を払うって言葉を鵜吞みにした、見返り目的さ」


 思考を先回りされた気がして、つい斜に構え子供地味た言い訳のような言い分になってしまった。


「おぉ。私に二言は無い。今のうちに対価を考えておくと良い」

「ああ。期待してる」






 ::::::::::






 それから十数分、緑が茂る道なき道を歩くと。


「よし、アティ。そろそろ近い」


 想定していたよりも早く着いた。

『踏破製図』のマッピングと、同行者が彼女だからというのもあるだろう。

 使役するモンスター三体の警戒網。そして、見た目のか弱さに反してこの道なき道をものともせず軽やかに進むアティ。


「そうか。案外近かったな」

「多分俺たちが速いんだよ」


 この山に入って三日目。山歩きにもだいぶ慣れたこちらのペースにも問題なくついてきてくれたから、昨日飛ばされた体感距離よりもかなり短く感じた。


(正直、ここまで気を遣わずに済むのはかなり楽だな)


 彼女の身体能力の高さは当然そのステータスに由来するものだろう。

 であれば、俄然気になるところだが……だからこそ、迂闊に敵対するような事態は避けたい。

 人間的にも、嫌いな部類ではないしな。


「じゃあ、ここからは俺一人で行くよ」


『隠密』の精度を高める。

 あの鼻の利く怪物には効果がないので、ここまでの道中はそれほど意識していなかった。


「アティはここで待っててくれ。すぐ戻る。あと」


 振り返ると。


「あのモンスター達はここに呼んで―――」

「……」


 これからの行動を指示しようとしたが、彼女はふいに空を仰ぎ。


「……どうした?」

「ナナシ」


 口を開くと同時に、足元を通り過ぎるように一瞬落ちる影。

 その現象を作り出した方、彼女と同じく空を仰ぎ見ると。



「―――少し、遅かったようだ」



 次いで、響く猛禽の高い鳴き声。

 落ちる影、散り散りに舞う羽根。

 直後、


「!」


 俺とアティを隔て、地上へ縫い付けられるように眼前へ墜落。


「っ!鳥!」


 思わず、名も知らぬ、行きずりの同行者を呼ぶ。

 その背には、踏みつけにし、二翼へ槍を突き立てた―――



「ほぅ……こやつが、竜人族。か」



 かの、上位なる異種族が姿を現した。


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