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206話 エルフと鬼と人間の

「確か、こっちに行ったって言ってたよね」


 しなる枝の反動で木々を飛ぶ。


(こっちは……ダイギリにお説教してからでも大丈夫か)


 里のドワーフたちに拵えてもらった革製のサイドパックを撫でる。

 中にはあの人間の青年が、仲間に渡してくれと持たせた『回復薬』。


(……ほんと、変な奴)


 突然この山に異種族と人間の仲間を引き連れやってきた人間の男。

 恐ろしく高い戦闘力を有し、その力量はこの短い期間では到底測れない。

 なのに、その力をひけらかすことも、私達異種族へ敵意をもって向けることもない。


(おじいちゃんの時は、少しビビっちゃったけど……)


 おじいちゃんとあの男との間に割って入った時感じたあの恐怖。

 恐らくスキルか何かの効果だろう。現に一夜経った今、あの時感じた全身を固めるほどの恐怖感は嘘のように消えていた。


(悪い人間じゃ、無い、のかな)


 ふと、少し前まで自分とてあの男と同じ人間だったのに、と。世界が余りにも変わってしまった現状を内心嘆く。

 私がエルフでなく人間なら、人間のままあの男に出会っていたなら。


(お姉ちゃんも―――)


 そこまで考えて。意図的に思考を閉ざした。


(……早く、ダイギリを見つけよう)


 湧き上がった雑念ともいえるモヤを払うように、私は速度を速めた。






 ::::::::::






「―――居た!」


 ナナシの言った方角を直進していくと。

 木々の隙間の先に目的の人物らしき人影を発見。


「……何か、様子がおかしい?」


 まだ数百メートルは離れているが、見える人影から何か怒号のような音が聞こえてくる。


「『鷹の目』」


 異変を感じた私は即座にスキルを発動。レベル×1.35倍の倍率で視力を限定的に望遠視できるよう強化するスキル。


(やっぱりダイギリだ)


 その姿を瞬きのごとに拡大。最大倍率まで強化すると。


「! 怪我……!?」


 体のあちこちから出血する姿。


(だれかと戦ってるの……?)


 ダイギリがこれほどの傷を負う相手。私は即座に進路を変更。

 私はダイギリ程戦闘向きなスタイルじゃない、地形を生かして彼を援護せねば。


(ここなら、ダイギリの視線の先。そこを見渡せる)


 背から弓を抜き樹上に陣取り、木を隠れ蓑に背を預ける。

 彼の周辺は激しい戦いの痕跡。樹木は複数薙ぎ倒れていた。

 その開けた空間の先。


(……女?)


 空いた間合いに立つ人物は、女。一目でそうと分かる肉付きと、服装。

 およそ山で行動するに適した姿ではない。


(特に体に異種族の特徴は無し……)


 女の艶めかしい肢体を観察していく。そのどれもが、美しく、明らかに人間のソレ。

 そして、顔へ視線を移した時。


(!? 目が……!)


 こちらの視線に気が付いていたのか、女の眼もとへ焦点を合わせた瞬間視線が交差する。

 反射的にスキルを解除し木の影へと身を潜めた。


(ウソでしょ……何百メートル離れてると思ってるの)


 嫌な汗が全身に噴き出す。傷だらけのダイギリの姿も納得のいく脅威。

 けど、恐らく彼は退くことはしない。


(言ってる場合……!?)


 同じ異種族としても、里の警備面からみても彼を失うわけにはいかない。


「『ブロウミスト』」


 霧の疎外魔法を発動。効果範囲は有効範囲内で操作可能。

 左右から回り込むように対峙する二人の回りを侵食。


(まったく!世話が焼けるんだから!)


 矢筒から一本の矢を取る。

 それを弓に番え引き絞り、狙うは上空。


(逃げるのよダイギリ!)


 空へ向かう矢を放つと、特殊加工された矢の先が風を切り甲高い音を辺りに響かせる。

 数秒遅れて、周囲を濃霧が覆い始め。


「クソがぁぁぁあああぁあ!!」

(あのバカ……!合図まで出してスキル使ったのに!わざわざ大声出して位置を知らせるなんて!)


 さっきの合図は聞こえているだろうけど、負けん気と里を思うダイギリの悪い癖が出たのだろう。

 私はなりふり構わず枝を蹴る。

 この霧の中、術者だけは気配の感知が可能なのだ。


「シッ……!」


 濃霧の中、距離を詰めダイギリの背後の頭上から飛び出す。同時に、敵の気配へ番えた三本の矢を放った。


「ダイギリ!」

「っ! てめぇ、なにして―――」


 この状況で何もない。

 互いに姿を視認できるほどの距離まで詰め寄ると、その頬に思い切り殴りつける。拳で。


「なにもクソもない!逃げるのよ!」


 彼の頑丈さであればこの程度殴ったところで一切堪えない。けど、良い気付けになったのか幾分か冷静さを取り戻したような―――



「ぁうっ!?」

「エミル!?」



 次ぐ言葉を吐こうとした途端、背中に衝撃、そして鋭い痛み。

 どうやら、さっき放った矢を一本……いや、二本返されたらしい。


(ウソ、でしょ……)


 あぁ、痛い。

 矢に射られるなんて初めての事だ。こういうのって、戦いの緊張で多少痛みが麻痺するとか聞いたことあるのに、全然そんなことないじゃない。


「ダイ、ギリ……退いて……!」

「ば……っか、やろ!」


 泣き出したいくらい痛いけど、この霧の結界だけは意地でも解除しない。

 あれ……なにか、今使うべき何かあった気がする、けど。


 ダメだ。痛みと、異物が背に入り込んだ気持ち悪さで頭が回らない。痛い。

 私、こんなに弱かったんだ……それはそっか。私だってこの前までは弓なんか持ったことのない、普通の女の子だもの。


 視線も、ぼやける。



「―――いきなり襲い掛かってくるだけじゃなく、今度は矢で狙撃なんて。随分じゃない……って、あら?」



 情けなく喚く脳内に、女の声。

 私達異種族二人を相手取っての戦いの最中とは思えないほど、気負った様子も緊迫感もないリラックスした声色。


「その子、さっきまでいなかったわよね?」

「くっ」


 女が間合いを詰めてきているのだろう。声が近づきつつある。

 私を支えるダイギリの体が強張っていく。


「そう。今返した矢が……頑丈な坊やの方かと思ってた」


 確かに、さっきなんか視線感じると思ったのよね。と、どこか面倒そうに息つき言う。


「鬼の坊や。あなた、見逃してあげる。その子を置いて帰っていいわよ。ま、別にもともとそっちが吹っ掛けてきたから、適当に痛めつけるだけのつもりだったしね」

「な、何ふざけたこと抜かしてやがる!」

「いいから。その子死んじゃうわよ?それとも、あなたその子の事助けられるの?」


 逡巡、しているのだろうか。

 ダイギリが小さく呻き。一転してハッとした息を吐く。


「そうだ……!あいつ、あの野郎の回ふ―――」


 言い切る前に、鈍い音が響き、言葉が途切れた。


「ごめんなさいね。あまりお喋りしてる時間はなさそうだから。そこで寝てなさい」

「ぅ……く……」

「安心なさい。こう見えて私、医者やってたから―――」



 つい最近辞めちゃったけど、ね。という女の声と。


 身体が抱え上げられる浮遊感。


 割と嫌いじゃない、香水の香りを鼻腔に感じると、

 私の意識はそこで途切れた。

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