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204話 二つの住み分け

竜人(ドラゴニュート)、か」


 シュンシュンと熱したケトルを傾け、コーヒーフィルターへと湯を落とし注ぎ終え。

 黒い液がカップ内に満たされゆくのを見届けながら、エミルから聞いたその名を繰り返す。


「ええ。その名の通り、竜の血が色濃く表れた種族よ」

(ま。大体予想してた感じだな)


 ダイギリとの会話の中で、あの竜の特徴を宿した異種族の話題が上がった時は面倒ごとは御免なので深く追及はせずにうやむやにしたが。

 追求するエミルの剣幕は相当なもので、関わりを持ってしまった俺としても見ぬふりはできそうにもなかった。


「でも見た目は人間っぽさと半々だからハーフエルフと似たようなものか?」


 だから止むを得ずこうして膝を突き合わせての情報交換の場を設けた。


「いえ。どちらかと言うと竜人族(かれら)はエルフの方。純血、ってとこかな」

「じゃあ、混血がいると?」

半竜人(ハーフドラゴニュート)なら、里にいるわ」


 役目の終えたフィルターを除き彼女へとコーヒーカップを手渡す。


「ん。ありがとう」


 細い指でカップを受け取り、随分と様になる所作でそれに口を付けた。

 その表情には穏やかな笑みが見られる。お気に召したようで何より。

 昨日までの態度から随分と軟化したものだ、とどことなく感慨深い。


「話の続きだが、その流れだと俺が森の奥であった純血の竜人は、里には住んでないんだよな?」

「そうね……それというのも―――」


 続きを促すように問うと、カップへと視線を落とし伏し目がちになる。

 事情を知っている彼女をもってしてこの反応なので妙な感じはしたが、返答を待っていると。


「……彼らが、『上位存在』。だから」

「ふむ」



『『上位の存在』。そして『下位の存在』。それだけの間柄です』



 女が言っていたセリフ。それがそのままエミルの口から出てくる。


「何というか……随分と漠然としてるな」

「こればかりはね、『人間』のあなたにはわからないかもしれないけど……いえ、私自身よくわからない感覚なんだけど。『異種族』間では本能的な感性で、種の優劣が漠然と知覚できるの」


 知覚……あの連中が俺の中に感じていた何かの気配とは違うものだとは思った。

 もしそうだったのなら、エルフであるエミルも俺に対して何か彼女たちと同じような反応を示しているはずだ。


「簡潔に、この山に住まう『異種族』の集まりは二つ」

「…初耳だ」


 ダイギリがその存在を仄めかしていたが、明言されたのは初めてだ。

 特に驚いたりはしないが。


「存在を知らせない事が、干渉させたくない事柄に対して一番楽な対策だから」

「でも俺は、遭遇した」

「流石にこう立て続けであの馬鹿鬼が引き起こしているんだもの、あなたを責めることはしない。この件はこちらの過失」


 あの獣に飛ばされて追い払って以降は、俺の意思で好奇心のまま薬草を探し奥へと進んでいったわけだが……実はその詳細は伏せてあるので今後も黙っておこう。

 せっかく、間接的とはいえ俺と朱音に殺意を向けた程の人間嫌いな彼女がこうして態度を軟化させてくれているんだから、乗っかっておくのが吉だ。


「で、一つはあなたも知るように『交錯の里』。身を寄せてくる新しい人達の間では『シェルター』なんて呼ばれ方もしてる」


 丘から里があるであろう場所を見る。

 無論、結界で木々が生い茂っている光景が続いているようにしか見えないわけだが。


「もう一つは、さっきも言った『最奥の森』。まぁ、この名称は里で暮らす私たちがそう呼んでるだけだから、そこにいる彼らがどう呼んでいるかは分からないけど」

「なるほどね。それで?」

「……それだけ」


 ん?


「いや。え?」

「その場所がある。と言うことと、彼らが居る。と言うことしか知らないの」

「それは……もしかして仲悪いのか?」


 少し間の抜けた問だとも思ったが、そう聞くほかない。

 人間の目を避けるように同じ山に住んでいるというのに、互いに無関心なのだろうか?


「いえ。悪いということもないけど……単に住み分けてるだけ」

「住み分け、ね」


 エミル自身言って言葉がしっくり来たのか小さく頷く。

 だが、含みのある俺の物言いに若干ばつの悪そうな顔をした。


「私達にも、異種族同士にも色々あるの……人間がしてきたことを正当化させるつもりなんて微塵もないけど、同族間でのそういう事柄であれば、私たちも人間と変わらないくらい愚か……なのかもね」


 同じ里で暮らしている仲間ですら、何を考えているかなんてわかりはしない。

 と、俺に聞かせるつもりがないだろう声量で呟く。それを俺は聞き逃さなかった。


(やっぱり、仲間意識の強い異種族とは言っても、完全な一枚岩じゃないか)


 最も、その事にはうすうす気づいていた。

 というかそういうものだろうと、当然のことだと想定をしていた。


(共通の敵、困難。同じ方を見ていても思想なんてものは人の数だけあって、それはいつ翻ってもおかしくない)


 当然の、事だ。






『最奥の森に関して私が知ってることはこれだけ。他にも別の種族がいるだろうけど……それをまだ知らないあなたに私が教えることはできない。……それじゃ、もう行くから。ダイギリはあっちの方角に行ったんでしょ?あなたには不干渉っていうのを徹底させないと……私?私は唯火さんたちにあなたの様子を伝える役目があるから』



 そう残して、エミルは森へ消えていった。

 どうやら里の住人がそう簡単に外へ出られないように、唯火達もまた例外ではないらしい。

 そしてこうも言っていた。


『おじいちゃんの書状の効果はあくまで里の皆に対してだけ。もし、最奥の森の人たちと関わりを持ちそうになっても……お願いだから、接触は避けて』



「とはいってもなぁ……」


 頭で手を組み背中を地面に投げ出して空を見る。


「なんか、向こうから来そうな感じなんだよなぁ……」


 エミルの意思、というか里全体か。

 彼らが上位存在という異種族たちともめ事を起こしたくないという意思は尊重したい。

 けど、どうにも妙な因縁がついてしまった気がしてならない。


「はぁ~……『竜』ってやつは、どうしてこうも悩ませるかね」


 目を閉じ思わず深いため息を漏らしていると。


「『竜』がどうしたのだ?」


 瞼に差す陽光を遮るように影が落ちる。


「……今日は客が多いな」


 本日三人目の来訪者は、


「む。随分とご挨拶だな」


 朱音のお下がりで身を包み昨晩よりも身綺麗にし、

 むすっとした顔で覗き込むように見下ろす黒髪の少女、アティだった。

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