203話 白のエルフと回復薬
「大体……4つ分、か。上々だろ」
鍋の中でポコポコと気泡によって攪拌される液体をのぞき見、まずまずの自己評価。
森の奥で採取してきた薬草と里までの道中で集めてきた素材から精製した『回復薬』。
「効果を試してみたいところだが……」
何分量が少ない。
『回復薬』は一度に一定量、つまり一度の使用で一つ分の全容量を使用しないと効果を発揮しないと、アトラゥスとの決戦直前に説明を受けた。
あの一つが無ければ、早々に名持の竜に敗北していただろう。
身をもってその効力の恩恵を体験した俺にとっては、貴重な一つを検証に使用するのは憚られる。
《『回復薬』:標準純度の回復薬。一定基準の外傷、体力を回復。MPは回復されない》
「……『ポーション』ってのが正式名称なのか」
皆口々に『回復薬』と呼称していたが、今発動した『目利き』のスキル自体希少だと聞く。
何をもってして正式名称かは証明できないが、変貌から半年の未開なこの世界らしい現象だと思った。
(この能力による情報閲覧も、どこまで信用していいモノか怪しいところだけどな)
とはいえ、この情報以外アテにするものもないし今まで裏切られたこともない。
ギルドで譲り受けたあの時の『回復薬』と俺が生成した『回復薬』。二つが同等の効果を持つかは確かめる術は今のところない。
『目利き』によって開示された情報を信じるしかないだろう。
(今怨むは、詳細看破の力を持っていながら、一度は手にしたアイテムの情報を今更ながら理解に至る俺自身の怠慢だな)
ギルドの貯蔵品だった『回復薬』。
あれを俺に渡し使用法を開示したメンバーが、ギルド内に潜んでいた『内通者』。ミヤコが『催眠』をもって葬った者たちと繋がっていたとしたら……
「抜けてるな。どうも」
調合の工程で鍋の中で熱した液体。それを常温に冷まし、四つに分け注いだ小瓶のふたを閉めていく。
ちなみに小瓶は、唯火が荷物に入れていた調味料入れから拝借した。元の内容物はチャック付きの袋に入れたから問題ないだろう。
「これ使う時割れるか?」
今まで見たことのある使用例では、魔物使いが持っていた物も、『小鬼迷宮』で唯火が託してくれた物も、アトラゥス戦で使った時も。
どれもが先の口が容易く割れるアンプルのような瓶に入れてあった。
「……みんなのステータスなら問題ないか」
それらより幾分か丈夫そうな手元の小瓶たちを見ると使用時の懸念も生まれたが、言った通り、唯火や朱音ならそこらのガラスやプラスチック製品を手の内で割るなど造作もない事だろう。
フユミちゃんに関しては割ることは難しいかもしれないが、二人がいればその心配もない。
「見た目は……ご愛嬌ってことで」
少し不格好ではあるが、容量的にこの入れ物がちょうど良く、『隔絶空間』を使用できない者に携帯させるには最適なサイズ感なのだ。
……まぁ、せめてパッケージのシールは剝がしておこう。
::::::::::
「……何してるの?」
『回復薬』の入った小瓶から、調味料入れであった名残のシールを爪でカリカリと剥がしていると。
「エミルか」
エルフの少女が現れた。
彼女から俺に会いに来るなんて、かなり意外な訪問者だ。
大自然の中で先述の地味な作業をしている姿を見て、さぞ奇異な光景に見られたかもしれない。
「昼食……?」
彼女自身この位置の目印にした狼煙代わりの焚火。
その傍らに寄せておいた鍋の中を一瞥し、中の青々しい色合いと漂う独特な匂いに訝しげな表情を浮かべ言う。
「食料に困ってるの?」
「ちがくて」
俺が食うものに困ってそこらの野草でも食っているのだと勘違いしたのだろうか。
声色に微かな憐みが含まれているのを感じる。
「メシならこっちだ」
鍋同様、火の近くに寄せた魚の串焼きを指す。
「黒焦げみたいだけど」
「……しっかり焼く派なんだ」
少しだけ、ダイギリにい悪い事をしたと反省。
頂いた命はあとでしっかりと頂くとしよう。
「はぁ……何でもいいけど、唯火さんが心配してた通りかもね」
「心配?」
「食生活的な話」
「いや、これはだな―――」
陽に透けるように輝く白銀の髪をかきながら、呆れ嘆くようにかぶりを振るエミルへ事の経緯を説明する。
『回復薬』の調合という作業は、【薬剤師】の職業のおかげで脳内ではその全容を理解しつつも、実際手を動かすと俺にとっては新鮮な体験で。
都度都度、魔力を籠める等初めての事ばかりで思いのほか没頭してしまった。
とのこちらの言い分を受けたエミルは。
「遊びに夢中でご飯時に戻らない子供みたいな言い訳ね」
「……気を付けるよ」
等と、母親めいた目線と評価で文句を言われてしまった、
「そうして。唯火さん達が心配するから」
念を押すようにため息交じりで言う彼女に。
「そうだ、ちょうど来てくれて良かった。作ったこいつを三人に一つずつ渡しておいてくれないか?」
「っと。いきなり投げないで!……唯火さんと、フユミちゃん……と、朱音、さんに渡せばいいの?」
「ああ。俺は里の中に入れないからな」
ふむ。
呼び方で言いよどんでいるあたり、朱音とはまだそこまで距離を縮められていないみたいだな。
まだ一日しか経ってないし無理もないか。
「まぁ、里の中で『回復薬』が必要なほどの怪我なんて、まず無いと思うけど……自分の分は作ったの?」
容量から生成できる個数を推理したのだろうか、調合に使用した空の鍋を見て言う。
確か彼女の職業は、【魔導野馳夫】。
薬を調合できる類のスキルは所持していないはずだが、『回復薬』の調合素材について明るいならよほど勤勉なのだろう。
「いや、渡したので全部だ」
「ふぅん……ほんとに唯火さんたちの事大事に思ってるのね」
「ん?なんだ?」
何やら渡した小瓶を見て呟いている。
途中で面倒になって貼られっぱなしのシールへの苦言だろうか。
「何でも。というか、これ四つあるじゃない。三人に一つずつあげても、残りの一つはあなたが持ってればいいんじゃない?」
「ああ。それはあんたの分だ」
「……えっ?」
「なんやかんや世話になってるしな。安心しろ、効果は確認していないがちゃんと効くはずだ」
まじまじと小瓶と俺の顔を見比べ困惑気味のエミル。
「心配するなって。それの中身も胡椒じゃない」
「……ぷっ」
手の内の瓶を裏返し、『コショウ』と分かりやすく表記されているのを見ると彼女は小さく噴き出した。
「あなた、変ね。ホント」
「それがちょうどよかったんだよ」
何がツボに入ったのか、持っているのが『回復薬入り胡椒瓶』でも、人形のように驚くほど顔立ちの整った彼女が上品に笑うとなんだか画になった。
「それにしても、『回復薬』って―――」
おかしさに目元まで拭いながら、ふと調合時にちぎれ落ちた葉のが視線に入る。
それを見たエミルは、
「あなた、『最奥の森』に行ったの!?」
と。またも一転して、激しく言及するように声を荒らげはじめた。
「『最奥の森』?」
薬草を見るや否や俺の行き先を追及してくるまではダイギリと同じだが、初めて聞くワードと狼狽えた様子はまるで異なっていた。
「北の、ここからずっと北上した先!そこに行ったの!?」
「行ったというか。そこまで飛ばされたというか……」
「飛ばされた?何言って―――」
そこまで言うと、何か閃いたようにハッとした表情になり。
「あなたまさか、今朝山中を騒がしていた音って……もしかして、毛皮を被った獣と戦ってた?」
一転して、僅かだがその表情に不安。
自惚れでなければこちらを案じるような憂いの雰囲気を感じる。
「うーん、どこから説明したものか……」
エミルから初めて向けられる類の反応に驚きつつも、事の顛末を説明。
「―――あの、馬鹿鬼っ!!」
もちろん、
里に足を踏み入れた時同様、ダイギリに大いな過失があることを、脚色なく強調しながら。
この主人公、思考系のスキルを頼りがちだから
戦闘パートも非戦闘パートでも、
脳内でごちゃごちゃ考えてますね。
まさに、職業病。




