202話 鬼と魚
野郎同士が何の発展もなく会話している回
「こいつぁ驚いた。まさかあれとやり合って生きてるとはな」
謎の怪物、退けた先の深い森、こちらの事情など置いてけぼりの異種族集団。
朝方から濃厚な出来事を切り抜け、何とか元のキャンプ地へと戻ると。
「お前も無事みたいだな。ダイギリ」
『鬼人族』の若者が焚火へと薪をくべていた。
揺れ踊った火が撫でるその傍らには串打ちされた魚が。
「人をあんな怪物に引き合わせておいて、呑気に昼飯か」
薬草を回収。竜の面影を宿した異種族たちに囲まれたあの場から逃げるように去った後、ここに戻るまでまたあの獣と遭遇しないか警戒しながらの移動だったから、陽はすっかり上ってしまった。
「ありゃ不可抗力ってやつだ。まさか戦いになるなんて思ってもなかったからな」
「あんな知性の希薄な獣。ああなることは想像できただろ……」
目が合っただけで殺しにかかってきたんだぞ?
野生の熊よりも性質が悪い。
「そりゃ多分テメェのせいだろ。原因はそっちにある」
「随分な言いようだな」
「俺の方があいつには詳しい。今まであんな暴れ方は見たことがねぇ……何か癇に障ることでもあったんだろ」
串焼きの向きを変え、焼き加減を見つつ言う。
「癇癪で命を狙われちゃたまったもんじゃないぞ」
「テメェが今いるのは人間がうじゃうじゃいる街じゃねぇ。法もクソもねぇ『自然』だ」
だから異物の俺がその生存競争に文句を言う資格はない、とでも?
堂々巡りだが、そもそもこいつが俺を連れまわしたのが原因なんだが……
「まぁ生きてるんなら結構じゃねぇか。俺も爪の先程度にはワリィと思ってるんだぜ?だからこうしてお前がねぐらの位置を見失わねぇように、煙焚いてやってんのさ」
「……そりゃどうも」
狼煙替わりってことか。飯とどっちがついでかわかったものじゃないが、どっちにしろ俺が帰り道を見失うような事は無いので結局余計なお世話だった。
そんな毒気を、吐き捨てるような礼に乗せた。
「ほらよ」
朝からの立ち回りで蓄積した疲労から、それ以上問答を続ける気もなく地べたに腰を下ろすと。
良い頃合いになった串焼きを差し出してくる。
「……もらっとく」
今朝、ダイギリが投げてよこした見たことのない果物以外口にしていないのを思い出す。
空腹を満たすのを最優先にそれを受け取った。
見ればろくにワタ抜きもしていないまま焼いただけのお粗末な処理だ。が、これはこれで嫌いではないので気にせず歯を立てる。
「生焼けだな」
「贅沢言ってんじゃねぇ」
贅沢とは違う気もするが。
そんな非難を無視し火の傍に戻した。
「……あいつとは、何か会話したかよ?」
「……いや」
あいつとは、あの獣の事だろう。
やっぱり言葉がわかるのか。
「ただ、膝をつかせた後様子が変わって妙な笛が鳴った。その直後『呼んでる』、とだけ残してどっか行ったよ」
「あれに膝をつかせるかよ……ちっ」
舌打ちと共にか乾いた音を立て焚き木を折るとそれを乱雑に火の中へと放る。
だがまぁ、と続け。
「それじゃ『認める』。ってことにはならねぇな」
「俺に何を求めてるのかは知らないが、それは必要な事なのか?」
「さぁな」
ま、どちらでもいい。
今回の件でよくわかった。俺がこの山を徘徊してもろくなことが起きやしない。
そちらにどんな事情があるにせよ、俺がこの拠点から動かずいれば何も事態は動くことも無いような気がした。
「はっきり言っておくが。もうお前にはホイホイついてくことはないぞ。俺はここで唯火たちの様子を見てる」
「! ……何してんだ?」
ダイギリに拒絶の意を伝えながら、『隔絶空間』から拝借した薬草を取り出す。
虚空から出現した光景に一瞬驚いていたが、すぐに持ち直し問う。
「調合だ。『回復薬』の」
視線を気にせず調合に必要な食器類を取り出し並べていく。
「お前、薬を作れんのか?戦闘職じゃねぇのかよ?」
「こんなの、知識があれば誰でもできる」
「いや、そういう問題じゃ―――」
珍しく困惑したような表情を浮かべ指につまんだ薬草を凝視すると、言葉が途切れる。
「? どうした」
「―――お前。森の奥に行ったのか?」
「……ああ、行った。というか吹っ飛ばされた」
森の奥。
この薬草が茂っていた辺りだろう。この感じだとあの竜っぽい異種族連中の事もしっているな。
できればもう、あの妙な連中には関わりたくないってのが正直なところなんだけど。
「戦ったのか?」
ほら。過程をすっ飛ばして聞いてきた。
「物騒な頭だな」
「『人間』があの領域に入って何事もないわけがねぇからな」
「……なにも。最初は薬草を摘んでたら牽制されたけど、戦闘には発展しなかったよ」
その時を思いだすように矢が掠めた頬を撫でながら手短に答える。
「そりゃ、本当か?手、出したりしてねぇだろうな?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
喧嘩っ早いこいつと一緒にしないでほしい。
……いや、逃げる時使った『重力』が手を出した内に入るんなら反論の余地はないんだけど。
「事が事だからな。そこんとこはっきり―――」
と。
言葉の途中で立ち上がるダイギリ。
「今度は何だ?」
「……くせぇ」
見ると、鼻をスンスンと鳴らしながら周囲へと気を巡らせている。
「臭い?何のことだ」
言われて、嗅覚を強化してみるが、特に際立った臭いは感じない。
焚火のすすけた臭いと、魚の香ばしい香り、山特有の青い匂いだけだ。
「里から大分遠いが、山に入るってのにこの浮いた匂い……こりゃ誘ってんのか?」
俺の疑問を無視して尚も鼻を鳴らす。
前に『鼻が利く』といっていたから、そのダイギリにしか嗅ぎえない香りなのだろう。
「こんな自分から居場所を知らせるようなマネ……ど素人か、よっぽど腕っぷしに自信があるか」
「おい、どうした。問題か?」
らしくもなくブツブツと一人呟いているのに煮えを切らし追求。
「匂いだ」
「それはさっきから聞いてる」
「自然のもんじゃねぇ……こりゃ香水。多分女か」
不快そうに鼻をぬぐいながら遠くの山を見る。
「テメェが来てから山が騒がしいな、オイ」
「俺は騒がしているつもりはないぞ」
ダイギリとの喧嘩も、エミルの襲撃も、爺さんの結界内での立ち回りも。
里での騒動、追い出されてからの今朝だって別に俺は率先して騒ぎを起こしているわけじゃい。
ああ、こいつには言っていないが昨日の夜、何やらワケありげなアティとも遭遇したか。
とにかく酷い言いがかりだ。
「つもりはなくても、テメェが呼び込んでるとしか思えねぇよ」
「そんなことは……ないだろ」
病院で目が覚めてからこっち、厄介事に介入している時間が多い分、微妙に反論しずらい言葉だった。
けど、その全部の出来事をとりあえず完結させてきたつもりではある。
半年前の世界での俺では考えられない事だ。
「……俺は行く。テメェは話がややこしくなるからここでじっとしていろ」
ちょっとしたきっかけで以前の自分をふと思い出し、現在との対比を嚙みしめていると。
そんな俺を尻目にダイギリは動く。
「戦いか?」
「知らねぇ。けど、それ以外やり方も知らねぇ」
彼らしい返答。
特に引き留める理由もない。俺としても、件の怪物や竜の異種族の話がうやむやになるのは助かる。
「話はまた今度だ。言っとくが、拒否権はねぇからな」
どうやらそういうわけにもいかないようだが。
(こいつが今度訪ねてくるときには隠れていよう)
ダイギリの捨て台詞のような言葉を聞かないふりしていると、今いる高い丘から里の方へと飛び降りて消えていった。
「あちち」
それを見届けると、火にあぶっていた串を手に取り一口。
「……生焼けだな」
再び串を戻すと、焚火の爆ぜる音を聞きながら『回復薬』の調合に没頭するのだった。




