20話 すれ違い
聞きだしたいことを頭の中で整理していると。
「お、おまたせしました」
ようやく支度が終わったようで、フードを脱いだ彼女が池さんの住居から出てくる。
……あまり変わっていないように見えるけど、それも言わない方がいいんだよな。
「どうですか?歩いてみて。調子は」
「……大丈夫みたいです」
良かったです、と返すと意外な形で返答があった。
「……あ」
それは人間の体が空腹を訴えるアラームだった。
「……~っ」
余程自分自身でも不意打ちで恥ずかしかったのだろう、顔をきれいに赤く染めるとうつむいてしまった。
……変に取り繕うのも、余計恥かかせるだけか。
「もうこんな時間か。朝食にしますが、一緒にどうですか?」
「……いただきます」
俺はストレートに提案し、消え入るような声で彼女はそれを受けてくれた。
……今度は失敗しなかったよな?
「といっても、大したものはお出しできないんですけど」
そういいながら、彼女を連れてきたのは食堂代わりになっている公園のベンチ周り。
皆毎日お互いの近況を共有しあうために、三食毎回共にしているのだ。
「ここは……?」
「ここの仲間たちがいつも食事を作って、みんなで同じものを食べているんです。 おはよう山さん、今日のメニューは何だ?」
「おはようさん。特製濃厚すいとんだよ」
「……いい匂い」
形のいい小鼻をかわいらしくスンスン鳴らし反応する、小動物を見ているみたいでなかなか微笑ましいな。
「お。話は聞いているよ、そっちのお嬢さん目が覚めたんだね」
大事がなさそうで何よりだ。
そう言い、人当たりの良い笑みを浮かべながら配膳を続ける山さん。
「山さん、彼女の分も頼むよ」
「……いいんですか?」
「もちろんさ。むしろここのむさくるしい連中よりお嬢さんみたいなべっぴんさんに食べてもらった方が、作り甲斐があるってもんだ」
そう言いながらもう盛り始めていたんだろう、お椀いっぱいにすいとんをよそい俺に手渡す。
「そういう事らしいです。温かい内にいただきましょう」
彼女にお椀を差し出すと伏し目がちに受け取り。
「……ありがとうございます」
「?」
どこか、落ち込んでいるような。
会ったばかりで何も知らない彼女の普段がどうなのかは窺い知れぬところだが・・・
皆とは少し離れたベンチに座ると彼女もそれにならい腰を下ろす。
「山さんの作る料理はおいしいんです。気に入るといいけど」
「……」
今だ伏し目がちにお椀を見つめる彼女。
その様子に若干戸惑いながら俺は先に箸を進める。
「……ん、うまい」
そう感想をこぼすと、彼女は口を開く。
「あの。あの時、助けていただいてありがとうございました。あなたが来てくれていなかったらきっと私は……」
『死』
それと向き合った恐怖を思い出してしまったんだろう。
身体はこわばり口も閉ざす。
なんとなく詰まっている言葉があるのかと思いそれを待つと。
「……どうして、こんなに良くしてくれるんですか?」
……なるほど。
見ず知らずの他人に手を伸ばすのは、決してすべてがすべて慈善じゃない。
むしろ手を伸ばす側に利益がある、そういう打算を孕んでいるのが大体だろう。
あの魔物使いみたいな手合いがいるくらいだ、俺もホイホイついていって痛い目を見た。
(それがはっきりするまで、迂闊に自分の素性も名乗らないし、施しも受けないってとこか)
順当だな。
最も、彼女が強気に出ないのは結果として俺に命を救われてしまった、という負い目があるからだろう。
「……情報が欲しいんです」
なら、こっちから先に手の内を明かそう。
俺は椀をひとまず置き、彼女の警戒を解くことに専念することにした。
「情報、ですか」
「はい。あなた自身について少し、と半年前一変してしまったこの世界の情報……俺が知らない情報」
「……」
それから俺は嘘偽りなく、半年前から今に至る自分の身の上を語った。
池さんに生前同じ話をしたから2回目ともなれば流暢だ。
名前が消えたことは省いたが。
「そして、魔物使いを退けた後モンスターも日に日に減っていたある日、ゴブリンジェネラルに追われるあなたを見つけ・・・」
「ゴブリンジェネラルを倒し私を救ってくれたんですね」
そう彼女が引き取るようにまとめると長考する素振りを見せ、しばらくして口を開いた。
「・・・情報、と言ってましたけど。なぜ私なんです?確かに、半年間眠り続けていたあなたよりは今の世界の事情に明るいかもしれませんが・・・この公園の皆さんにも聞いてみたりは?」
「ここの皆は、できるだけモンスターとの戦闘を避け助け合いながら生き延びてきました。だから、ここから外の世界の事情には疎いんです・・・なにより、目が覚めて数日間、モンスターや人間と関わってきた中で飛び抜けているんです。あなたが」
「・・・?」
そう。
ステータスにおいて俺より高みに立ち、出会ったことのない特異な存在。
「俺よりレベルが高く。ハーフエルフであるあなたが持つ情報を聞きたいんです」
唐突に。
朝日が心地よい清新な空気は急激に張り詰め、
心筋の束を握られたような強い圧迫感と恐怖が沸き上がる。
「っ!?こ、れは?」
言わずもがなだろう。
この全身を刺すようなプレッシャー、何度か体験した『死』との直面。
何らかのスキルなのは明白、そんな不吉な気配を俺に与えられるのはこの場に一人しかいない。
「ハーフエルフとは、何のことです?」
先ほどまでの控えめでかわいらしい雰囲気はすっかりなりを潜め、感情を押し殺し冷たい眼光が俺を射貫く。
選択を誤れば死ぬ。
本能的に直感した。
(豹変しすぎだろ……!)
「……君が意識を失っている時、【鑑定士】のスキル、『目利き』でステータスの一部を見させてもらった。種族の項目に、そう記されていた」
「【鑑定士】、ですか……」
すると彼女は立ち上がり。
「あなたの言葉は矛盾しています。ゴブリンジェネラルを倒したのがその証拠……」
「? どういう……」
意味だ?
そう続ける前に、俺の視界から彼女は消え。
「ごめんなさい。眠っていてください」
背後から攻撃を見舞う直感。
そして彼女が立ち上がった瞬間から『洞察眼』を発動し消える寸前の重心のブレを視認。
『体術』スキルの捌きと、『平面走行』の脚力で
「くっ!」
「……!」
手刀だろうか。
恐らく俺の意識を刈り取ろうとした攻撃を体勢を崩しながらも紙一重で避ける。
「その動き、やっぱり【鑑定士】というのは嘘ですね」
「ま、待ってくれ!俺の職業が【鑑定士】ってのは本当だ!」
何故疑われているのかわからないが、とにかく何とか証明しなければ。
「信じられません。私の種族を知っているという事は、連れ戻す為に私に近づいたんですよね?」
「連れ戻す?話しただろう?見つけたのはたまたまだって。そもそも、そんなつもりなら君が寝ている間に済ませていると思うが」
「……か、【鑑定士】であれば他のステータスも見抜けるはずです」
「レベル56。知力960。見た時の状態はMP切れとなっていた。それ以外は見ることが出来なかった」
なぜそんなことまで知って。
と僅かに動揺をみせる、なかなかいいカードだったみたいだ。
だが、
「そっ、それでも、説明が付きません!あなたのその強さは【鑑定士】のような非力な職業ではありえないんです!」
「そうなの、か?けど、【鑑定士】だけじゃないし……」
「もう、いいです。これ以上時間稼ぎに付き合っていても、追手が近づくだけです」
ふと、彼女の重心が前傾に寄るのを感じる。
どうやら真正面から沈めるつもりなようだ、正直真っ向からぶつかれば絶対俺に勝ち目はない。
それはさっきの攻撃で彼女もそう感じた事だろう。
(なんて頑固で疑り深い女なんだ……!)
このままじゃ、有力な情報源をみすみす手放すことになる。
言葉を尽くしても聞き入れられない。
抵抗してもねじ伏せられる。
(なにか、決定的な証拠でも見せつけない限りは……)
証拠?
「眠らせるだけです……結果的に、助けていただいたこと。感謝しています」
さよなら。
どこか悲し気にそういうと一気に懐に入り込まれ。
受けることも、避けることもできないまま、迫りくる彼女に向かって。
俺は
「ステータス!」
名:----
レベル:21
種族:人間
性別:男
職業:
【逃亡者】
【精神掌握者】
【鑑定士】
【解体師】
上級
【剣闘士】
武器:ショートソードC+(無名)
防具:なし
攻撃力:237
防御力:204
素早さ:180
知力:127
精神力:205
器用:353
運:41
状態:ふつう
称号:無し
所有スキル:
《平面走行LV.5》
《立体走行LV.5》
《走破製図LV.3》
《洞察眼LV.4》
《読心術LV.2》
《精神耐性LV.5》
《目利きLV.3》
《弱点直勘LV.3》
《弱点特攻LV.3》
《ドロップ率上昇LV.2》
《近距離剣術LV.4》
《体術LV.4》
《直感反応LV.4》
《武具投擲LV.4》
ユニークスキル:《器う 乏 》
「……え?」
他人にすべてを晒す賭けに出た。
密かに職業による補正がパラメーターに影響を与えています




