201話 いわれなき平伏
「……何かの間違いじゃないか?」
指先を突き付け豪語する女にやんわりと否定の意を向ける。
「それほど色濃い気配を秘めながら、白々しい」
「そう言われても、生まれてこのかたずっと人間として生きてきたんだが……」
等と言ったところで、世界が変わってから一部の普通の人間が彼女のような『異種族』に変化したのだからこの切り口では平行線だ。
(いっそこの女の話に乗っかっておくか?)
何故執拗に俺が同族の気配に近しいなどと詰め寄ってくるのかは知らないが、考えてみればその方が都合がいいのかもしれない。
僅かな時間だったが、交錯の里内での彼ら異種族間での結束は固いモノのように見えた。
彼らが害を成す相手となると、散々見聞きしてきたように人間相手。
同族と勘違いしてくれるというなら……
(……いや、だめか)
彼女の問いに肯定を示し取り入ることができたとして、恐らく一時的なものに過ぎない。
ダイギリの言葉もあるし、今俺を囲んでいる連中と里の人たちの関係性は分からないが同じ山に暮らしているんだ。無干渉だったとしても無関係なわけがない。
ウソをついてもすぐばれる。
(ってか、里の異種族は俺の事を完全に『人間』として見ていたのに、何でこいつらはこうも突っかかるんだ?)
より近く、付き合いのあったエミルもダイギリも。
もっと言えば唯火やフユミちゃん達だってそんな素振り一度も見せなかった。
(……竜、か)
竜の特徴を人の形に宿した彼女たちの種族だけが感じられる何かがある。
漠然としているが結局そういうことだろう。
「沈黙は、肯定と受け取っても?」
長考も、結局この状況に対する最適解を出すに至らないまま女に急かされる。
「……ふぅ」
観念したように息を吐く。
「いくつか、確認させてくれないか?」
「……どうぞ」
変化したこちらの態度を降参と受け取ったのか、いくらか緊張感が和らぐ。
「あんたたちはどういう種族なんだ?」
「現時点で、固有名詞を開示するわけにはいきません……身を、やつした者。とだけ言っておきましょう」
「その角、鱗。竜の……?」
「ご随意に」
否定はしないか。
随分もったいぶるような言い草だが、まぁ現状俺の勝手な認識でいっても構わないだろう。
(にしても、なんだ?急に物腰が柔らかくなったな)
正確には、こちらに諂うような意図を感じる。
「……『交錯の里』との関係性は?」
湧き上がる違和感はあるが今は目をつむろう。
「『上位の存在』。そして『下位の存在』。それだけの間柄です」
嫌味もなくそう言う彼女が恐らく前者だろう。
『竜』という生物の、生き物としての位の高さは嫌というほど知っている。
「―――そして、あなたは『高位なる存在』」
「!」
どういうわけか、目の前の女は片膝をつき頭を垂れた。
それに倣うように、周囲の気配からも敵意は失せ、見えずとも彼女と同じ所作を行っていることは明白だった。
「どういう、つもりだ?」
「先程までの非礼。お詫び申し上げます。確証無き事ゆえ、かような無礼を……粛清とあらば手前の首をお跳ねください」
あまりの豹変に軽く眩暈がしてくる。
なんなんだこの主にかしづくかのような対応は。
「あー……そ、そうか。あんた……お前達。そのまま頭を伏していろ」
置かれた状況、自分が今何に巻き込まれているのかが全く分からない。
【精神観測者】のスキル、『聴心』による思考看破も今は役に立たない気がした。
だから俺は、彼女たちのノリに合わせて言葉をつなぐ。
「仰せのままに……」
「そう。それでいい」
そして、
「俺……私が良いというまで、決して顔を上げるな」
「御意に」
俺は、
(―――『隠密』)
とにかくこの場から離れることにした。
(一応、動けないようにしとくか)
地に横たわった羽衣を操作し装備形態に戻しつつ、ガントレットに残る『重力』の魔力を解放。
目の前の女と、周囲を囲む気配へ向けて放出。無論、あくまで動きを封じるため傷つけないように
出力を大幅に絞って。
「! これは……この圧は……!」
律儀に言いつけを守っているのか、伸し掛かる重力のせいか尚も顔を下げながら女が言葉を発する。
その声色は狂喜している様子だった。
「ああ……まさか、『系譜』に連なるお方だとは……っ!」
(……なんだか恐ろしいな)
声に水っぽいものが含まれはじめ、どうやらむせび泣いているようだ。
あまりに意味不明な反応に俺は正直引いた。
何が何だが全然読めないが、何かとんでもない勘違いを植え付けている気がする。
(矢でマーキングされたここら辺には、もう近づかないでおこう……)
心の中でそう誓いながら、里の人たちと交流を持っているわけでないらしいことから、戻そうと思っていた薬草を半分だけ隔絶空間にしまうと。
(『異種族』ってのも、いろんなタイプがいるんだな)
『隠密』で気配を絶ち切りそそくさとその場を後にした。




