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199話 彼思う

お久しぶりです。

相変わらず一方その頃、って話です

 里周辺のパトロールと、ナナシさんの処遇に関する会議を終えたエミルさん。

 遅れて、寝ぼけ眼で姿を見せた朱音ちゃんとフユミちゃん。

 二人も顔を洗いすっかり目が覚めた様子でテーブルに着くと、四人で食卓を囲む。


「……今の音はひと際大きかったわね」


 遠くに聞こえる物騒な物音をBGMにしながら。


「この里中、山中に響いてるのってやっぱり……」

「多分、激しい戦闘の音だと思います」


 落雷のようなくぐもった炸裂音が響くと、その重低音でかすかに木造の屋根が軋んだ。


「そう、ですよね」

「兄者かな?」


 私の表情からあっさりと懸念している事態を言い当て、具だくさんのボルシチを木製のスプーンで上品に口へと運ぶフユミちゃん。

 ハルミちゃんの時と違って、大人びた食事作法だ。ナナシさんとハルミちゃんと三人、ファミレスでご飯を食べた時口周りをミートソースで汚していた姿が懐かしく感じる。


「あんたはホント心配性ね、唯火。もしあいつが戦っていたとしても心配ないわよ」

「……私も、この山に住まう者として言いますと。彼を脅かすほどの脅威はまずないと思います」

「あいつを評価するようなこと言うなんて、意外」

「……別に。直接戦って感じた事実を言っているだけ」


 二人は元気づけるように言う。けど、


「この山では。の」

「……」


 そう。

 フユミちゃん達を連れこの『交錯の里』まで足を運んだそもそもの理由である、この小さな女の子を狙う組織。

 そんな存在が私たちを追ってこの山に入山しているかもしれないのだ。

 当事者だからこそ、フユミちゃんも楽観視できないのだろう。どこか申し訳なさそうにしている表情がいたたまれない。


「どちらにしてもあいつを信じるしかないわよ」


 朱音ちゃんは強いな。


「……あー、そっか。唯火が一番付き合い長いけど、あいつの前に立ったことないから実感が薄いのかもね」

「? 前に、って?」


 どういう意味だろうか。


「あいつと敵対。戦ったことがないって意味」

「それは、そうだけど……」


 出会った当初、ナナシさんの意識を刈り取ろうと攻撃を仕掛けたことはあったけど、戦いと呼べるものではなかった。


「そんな拗ねた感じにならないでよ。それだけ長くあいつの信頼を得て背中を見てきたってことでしょ。でも、ワルイガと本気で対峙しないと多分この感覚は分からないと思う」


 エミルさんに視線を移すと小さく頷いた。

 出会って数日と経たない彼女でも、私が感じていない何かを知っているのが何となくモヤっとした。


「強さの加減を例えるのに、底とか天井とか、言うじゃない?」

「う、うん」


 それには私にも心当たりがある。

 初めてナナシさんと一緒にダンジョン攻略にあたった時、ゴブリンの王。

 確か、ゴレイドという名だっただろうか。あの戦いの最中爆発的な成長を見せつけた彼に対して、その底知れなさ、上限を計り知れない隠された力に怖れに似た感情を抱いたものだ。


「あいつはちょっと違うのよ……なんていうか―――」

「……『層』」


 エミルさんは皿の上のブリヌイにナイフを通し、その断面を見せるようにフォークで目の高さに持ち上げ言うと。


「彼が戦闘の最中見せるその背景は、幾重も重なる異なる地層。とでも言いますか……」

「あー。そんなかんじね。あいつが戦いの中で見せる顔は一つじゃない。底も天井も見えないというよりは……『それ』がいくつもあってとらえどころがない、って感じかな」


 ま、結局は計り知れないって結論になるんだけど。

 と言い終えると、エミルさんにならうように朱音ちゃんもブリヌイを切り分け、二人同時にそれを口へと運ぶ。


「おいしい……!唯火さんこのブリヌイ最高です!」

「初めて食べたけど、結構いけるわね。クレープみたい」


 それぞれに料理を褒めてくれた。


「ありがとうございます。エミルさん、日本育ちとは聞いてましたけど、母国の味に飢えてるかなと思って。今朝はお礼もかねてロシアの郷土料理に挑戦してみました……ん、おいしくできてよかった」


 目の前の料理にまずまずの自己評価を下していると、どうやら二人の関心は料理に向いて、話は途切れてしまったようだ。

 私は、直前の話題を頭の中でリフレインする。


(『層』。捉えどころがない)


 重ね連なる、いくつもの顔。

 それに起因するのは―――


(ナナシさんの、ステータス……)


 正確には、あの異様な数の職業(ジョブ)

 今まで、触れないようにしてきたその特異性。


(世界が変わってたったの半年。ステータスやスキルに関して、分からない事なんて山ほどある)


 こんな世界では未知の出来事が次々と現れても何もおかしくはない。

 何事も最初は前代未聞なのだから、あの人の特異性も、発展途上ともいえるこの世界においては毎日あちこちで現出する未知の現象の一端だと。


 どこか遠くの事にしか思っていなかった。


(……遠い)


 この思案は、いつもここで立ち止まる。


「そうだ。朝食が終わったら、里の中を案内しますね。皆への挨拶も含めて」

「ん。助かる」

「面倒かけるわね」

「……」


 みんなの何気ない会話が、鼓膜にフィルターでもかかったようにくぐもって聞こえる。


「唯火?ワルイガの事なら言った通り信じるしかないわよ。それにあいつはあの名持の竜を倒した男なんだから」

「―――うん。エミルさん、里の案内。お願いします」

「はい。喜ん……竜を、倒したって?」


 そして再び蓋をする。

 見ないふりをする。


「ああ、それはですね―――」


 その淵から覗き込む様な何かの予感は、日に日に大きく。

 緩く私の胸を締め付けていく。


「……そんな『怪物』だったのね」

怪物(かいぶつ)って……ま。大概、人間離れしてるのは確かね」

「あはは……散々な言われようですね」 


それでも、あの背中を思いながらナナシさんの事を話していると幾分かマシな気分になった。

快活なヒロインも好きだけど、

うじうじと悩むヒロインも好き。


やだ。うちの子、メンヘラの素質あるかも

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