198話 獣呼ぶ
確かな手ごたえ。
会心の一撃ともいえる技を巨体に沈め、膝を折る姿を見届けながら、
「なんて硬さ……肉体の強度」
左腕を保護するガントレットの軋みと伝う肉体への衝撃に思わずこぼす。
歯車のかみ合った一連だったが、殴った感触はおよそ生物の肉体のものではなかった。
(効いてる、よな?)
技の反動による隙を潰すために後方へ飛びずさると、しびれを払うように手首をぶらつかせながら様子を窺う。
今の攻撃は間違いなく今出せる最高打。
シキミヤとやり合った時、奴の鎧を砕いた時のような手応え。土壇場に発揮されるドンピシャの一撃。
「ァ……ァ」
(! 体が、縮んで……?)
反動が薄れゆく中、油断なく観察していると、巨体が見る見るうちに縮んでゆく。
(ダイギリと同じ。この図体は、スキルによる強化。臨戦態勢の姿だった、ってことか?)
川原で『鬼人族』の少年を伸した時と同じような肉体の変化。
身体の面積が縮んでゆくその姿に同じ特性を見る、が―――
「……違うな」
ダイギリの時は肥大化した筋肉、骨格が元のサイズに縮小していった。
だが目の前のこいつの身に起こっている変化は似ているようで違う気がする。
(―――『圧縮』)
そう。
まるで、今さっきまであったダメージを受けた筋肉が圧縮されその密度を増しているかのような、そんな変化。
事実、その体高と骨格自体は変化していない。
「これは、なんかやばそうだな」
膝を折り、呻く、先ほどの半分以下にまで肉が削げた不気味な姿。
その弱弱しい姿に言いようのない寒気を感じ、本能的に剣へと手が伸びる。
「『認めてもらう』だのなんだの言っている場合じゃないぞ、これ……」
この前に立つだけで肌がひりつく圧迫感。
何度も感じた感覚、名持のモンスターと対峙した時と同じだ。
(ケリをつけるなら、肉体が硬直している今……)
さらに後方へと飛び、通常の剣の間合いから大きく外れる。
「悪く思うなよ」
刃筋を水平に即座に構える腰だめの剣。
間合いを無視し、人間が放ちうる斬撃の通例から大きく離れた広域を斬り払うそれ。
一度放てばMPが枯渇する諸刃の剣。
「次元斬―――」
現出する不可視の斬撃。
「―――?」
魔力を高め後は水平に薙げば発動という刹那。
「なんだ?」
遠くにあるようで内耳をきりきりとつんざくような高音が鼓膜を震わせる。
集中状態を解除させるほどに、あまりに存在感のある音が木霊す。
「笛、か?」
自然音でないことは明白だった。
誰かが意図的にこの耳障りな音を発しているのだと、容易に考えられる。
「……ァア、ァ……ヨ、ンデ……ゥ」
「!」
音は獣にも聞こえているのだろう。
発生源を探すように首を揺らすと、毛皮に覆われた中からくぐもった言葉のようなものが発せられるとともに。
「高い……!」
やや後方、上空へと跳躍、というには余りの高度。驚異的な跳躍力。
「……逃げ、た?」
攻勢へ移り出る動作かと警戒したが、落下後に次ぐ跳躍音以降気配はみるみるうちに遠ざかっていく。
「……いったい何だったんだよ」
戦いの傷痕の残るその場に一人置き去りにされ、高めた闘気は一瞬で萎える。
わざわざ追いかける必要も感じられない。耳に響いていた不快な音も鳴りを潜めたようだ。
「あいつ、さっき喋ったよな」
『呼んでる』。確かにそう言った筈だ。
「直前の妙な音。あれがあいつを呼ぶものだとしたら」
誰かがあの化け物を制御しているってことだろうか?
となるとそれはいったい誰だ?ダイギリの口ぶりでは自分たちは手なずけているような関係性ではないような感じだったが……
「あり得そうな線では……あの爺さんか?」
エミルの祖父。
そう言えば名前も知らないな。
あの偏屈爺さんが、ダイギリを挟んであの化け物をれにけしかけてきた。
「……ピンと来ないな」
ダイギリがあの『獣』の事を口にしている時、何か裏があるようには感じられなかった。
ただ自身の知る事実を発信しているだけだった気がする。
「ま。考えてもわかるわけないか」
こうなると、ダイギリの言う『認めてもらえ』という件もうやむやになってしまうだろうが、何かあればまたあちらから接触してくるだろう。
「邪魔な化け物は消えたことだし、せっかくだ。少し奥に行ってみるか」
応えの出ない問いに区切りをつけ、殺気立った思考を切り替えると、その関心は森の奥へと向けられる。
見たことのない未知の木々、植物はわずかながらに好奇心をくすぐっていた。
何よりあんな危険な敵対生物がいる山に滞在する以上、『回復薬』などの使用が迫られる可能性が高い。俺一人なら何とかなるかもしれないが、唯火達に万一のことがあった時入用になるかもしれない。
(里の中に、あの化け物を制御している奴がいないとも限らないからな)
ダイギリの言葉に嘘偽りはないのだろうが、それ以上に俺はあの里の内情を知らない。
あらゆる有事に備えなければ彼女たちを守ることは困難だ。
であれば、『薬剤師』の知識の琴線に触れる木々の根付近にちらほらと見える素材たちは是非とも採取しておかなければならない。
「さて。回復薬の材料はあるかな」
手近に生えていた解毒薬の材料であるキノコを摘み取りながら、気を取り直し森の深みに足を踏み入れた。
あけましておめでとうございます。
現在進行形ですが、年末年始忙殺されており中々筆が走りません。
自身も話の流れが頭の中でぶった切られ、書いていても何か違和感を感じながら書いておるような所存です。
そんな作者と本作で、更新頻度もナメクジ野郎ですが、
少なからずこの作品を読んでくださっている方の為にも、
今年も続けていきたいと思いますので
宜しくお願いいたします!




