197話 森林の檻
名も知らぬ獣を投げ落とし、意趣返しに文字通り土に埋めてやると。
「ゥゥゥ……アアァアアア!!」
苛立たしく振り払われた土煙に、この不毛な戦いが激化していく予兆を見る。
(ま、効きやしないよな)
常人なら背骨なりなんなり致命傷に近いダメージを与えられただろうが、相手は獣でスキルを使うという個体。
そのスキルの片鱗もいまだ垣間見てはいないが、身体強化系統のスキルだとしたらこんな攻撃が通るはずも無かった。
「どうだ?土の味は」
「フゥゥーーーっ!フゥゥーーーっ!」
言葉を交わさずとも息巻く様子で怒りを抱いていることは容易に分かる。
元より取り付く島もなかったけど、今の投げで言語を解するかも分からないこの生き物との対話の道は決定的に途絶えただろう。
「望むところだけどな」
羽衣を操作し足首の拘束を解く。
掴まれて力比べに持ってかれてもつまらない。
(しかしこいつ、見た目のわりに頭が回る)
初撃を躱された後、重力の理を無視した『無空歩行』による切り返し。
いくら殴り飛ばされる直前に俺が宙を飛んだのを見たと言っても、たったニ度目の土壇場であの動作を見切るなんてのはただの勘だけで済ませられない。
(理性はあるか知らないが、知性はあるみたいだな)
空中ですら先のような立ち回りができる肉体のポテンシャルに加え、戦略めいた思考も可能、か。
つくづく厄介だ、が
「考えられるのは、感情があるってことだろ?」
だったらこの戦いの終着は決まっている。
「来い。屈服させてやるよ」
この獣がこれまで生き残ってきた工程と同じ。
力でねじ伏せて、相手を挫く、戦意を折る、勝てないと思わせて……その果てにダイギリの言う『認めてもらえ』という結果がついてくるだろう。
「ゥゥゥ……」
隙を作り挑発するように剣を逆手に持ち替えかざす。
標的を中心に円周を歩みだし間合いを測りながら、何かを確かめるように剣を忙しなく持ち替える。
「ここの木は、みんな丈夫だな」
「ゥア……?」
樹上を足場にしたときの感触、こいつの巨体を難なく支える枝の強靭さ。
俺が両断できなかった、こいつがへし折ったあの大木と同等の硬さ。
そしてここまで奴との短い立ち回りでその肉体を観察し、一つだけ見切った。
(最初に巨木をへし折ったあの膂力。あれはこいつの全力に近いパワーだ)
この獣がどういう類の動物なのかは知らないが、今目の前に立つこの木炭のように黒く艶のある強靭な肉体は人間のそれと酷似している。
異形と人間の肉体の常識を安易に当てはめると痛い目を見るというのは、かつて『魔物使い』の操るオークを相手に勉強させてもらったものだが、あの頃の『洞察眼』とは精度も練度もくぐった場数も遥かに違う。
その今までと、ジムインストラクターのヘルプをしていた際、流動するような筋肉たちを注意深く観察していた時の経験が一つの答えを導き出していた。
「この鋼の森林帯では、俺が有利だ」
その言葉とともに横へ跳び木々の密度が高い深くへと駆け込む。
「ォアァアアッ!」
それに合わせ猟犬のように追従してくる巨体。
ギアを上げるように加速していくこちらの速力に追いすがるように、最短を駆け抜けるため進路の妨げになる樹木は薙ぎ倒す。
いや、そうせざるを得ないほどにここらは木の影が濃い。
「アァ!ォ!アァアア!」
「どうした?随分と怒ってるな」
先の意趣返しにというのもあるだろうが、真っ当に考える頭のある奴にとってこの状況は芳しくないだろうし、苛立ちが募るものだろう。
「シッ……!」
駆けながら。後方の獣が腕を薙ぎ気をへし折る大振りを放つタイミングで一つ跳躍を挟み樹上の枝葉を刻むように剣閃を振るう。
(思った通り、幹よりは硬度が低い)
難なく切断したそれらを返す剣で斬り払い後方へとばら撒くと。
「ァ?ォアアッ!」
瞳ものぞかない頭部へ散り散りになった枝葉が殺到。
無論、こんなもので眼球を潰すようなダメージを与えられるとは思っていない。
「よっ……と!」
容易にへし折れない木が狭い間隔でそびえ立つ中。
その隙を縫うように機動系スキルを駆使し、視界を遮る刹那に横合いへと回り込む。
「ッァアア゛……ッ!?」
速力を殺さぬまま手近な木へと手を掛け、そこを起点に急制動と遠心力を生み出す。
視界をふさがれて尚、鼻で気配を嗅ぎ付けたのかこちらを振り返り腕を薙ごうとする初動が目に映る、が
「!?」
「振れないよ。そういう位置で狙ってるからな」
こいつがどんなにバカげた怪力だろうと物に力を伝わせるには順序。理というものがある。
ましてこのバカ硬い木が相手だ。巨木をへし折って見せた時とはまるで違う、そんな体勢で速度の乗り切っていない動きは必然木々たちに止められる。
巨体も相まってさながら『森林の檻』ってところだろう。
そしてそれは肉体の延長である長物を扱う俺にも適用する。
だがそれを理解しているから適応できる。
(刃筋を寝かせろ。距離と長さで稼ぐな、刃を近くにおいて―――)
肉体の制御と武器の特性を調和させろ。
《熟練度が規定値を超えました 職業:【軽業師】 獲得》
《武具遊戯LV.1 獲得》
《武具投擲LV.1 ―――獲得不可》
《立体走行LV.1 ―――獲得不可》
切断不可な木を避けすり抜けるように見舞う斬撃。
今しがた身に着いた体捌きに、威力の面で懸念が浮かぶが既存のスキルとの同調、応用で―――
「ガ……!?」
「―――ようやく『ア』と『オ』以外口にしたな」
足の健、脇腹、肩口、袈裟。
檻に囚われた肉をすり抜けるように、限られた剣の通り道の中、肉体が想像を凌駕した早く鋭い最速の多段斬撃を可能にする。
「ゥガアァアア!!」
斬撃を浴びせ抜け、一瞬晒したこちらの背に一瞬怯みながらもまっすぐ頭蓋を撃ち抜く拳打。
だがどれだけ鋭かろうと威力があろうと想定内の反撃。全身を軸回転させるように躱しつつ踏み込み交差しながら太腿と逆袈裟に追加の斬撃。
「ァ……?ォ、ア?」
強固な檻、乱れ舞う剣閃に困惑しながらも再び背後を薙ごうとする圧。
繰り返される拘束。
次いで振り返るともう片方の足の健を切り裂き、悪あがきのように振り上げられた蹴り上げを剣の腹に添わせるように流すと、
「っと」
剣を手放しバトンのように巨体の腹回りへと這わせ、低い重心のまま股下をすり抜けると巨体を転がる剣へと追い付き。
「ガァ……ッ!?」
手元も見ぬまま柄を取りその切っ先を大きな足の甲へ突き立て大地へと縫い付ける。
『高速走法』
『洞観視』
『弱点直感』
『弱点特攻』
『型無の体』
巨体、怪力、反撃、怒り。
全ての要素をからめとり、間髪入れない怒涛の猛攻。
「―――『崩拳』」
「!?」
鳩尾に沈む拳が巨体を浮かせ、後方に立つ樹木へ背が着く。
肉体を破壊するのに理想的な衝撃の伝達。
同時に雷鳴のような破壊音が轟、
「ァ……ぁ」
ゆっくりと膝を折る獣と、裂けるように折れた木がそれを体現した証明となった。
地味~で、今更な職業。
スキルの文字通り、ジャグリングかのように軽やかな武具捌きができるようになりました。
アクション映画見た後のノリで書くと、
とても伝わりにくい文面になりますね。
脳内じゃハチャメチャなスタイリッシュ大立ち回りしてるつもりなのに。




