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196話 土舐める

 清新な空気。

 俺の知る空気とは少し違う味のするそれを肺に取り込みながら樹上を飛ぶ。


(あいつに吹っ飛ばされた方角は北か。あっちの方はさらに森が深まっているみたいだったな)


 圧倒的膂力で殴り飛ばされ地を這った位置を背後に、


「アアァアアア!!」


 咆哮の主と正面から対峙するべく前進。

 異形ともいえる化け物、見たこともない植物たち、見知らぬ土地。

 こんな世界になってからどこか避けようとしていた表現が脳裏をよぎる。


(まるで『異世界』に迷い込んだみたいだ……)


 何を『異』とするかは個人差だろうが、この状況はそんな考えが漏れ出てしまっても仕方ない状況だろう。

 そんな変わり果ててしまった世界に思いを馳せる思考を練る時、必ずその根源にあるのは。


(全く、ホントにこいつらはどこから現れるんだろうな)


 ステータス。職業(ジョブ)。スキル。モンスター。

 目下、対峙しようとしているあの獣に関してはどこから来たかもわからないモンスターとは違うようだが、そんなことを考えずにはいられない。

 その疑問はこの世界で生きる覚悟を済ませた今でも消える事は無い。


(ま。考えたってわかるわけでもないけど)


 なんにしても、道があるなら進む先を選択しなければならない。

 変わり果て、変わりゆく世界では多分留まることは許されない。

 逃げるか、戦うか。


(戦うしかないんだよ)


 昨晩、眠りにつく間際の纏わりつくようなマイナスの思考が首をもたげ始めるのを感じ、自らを鼓舞する様に内心で表明する。言い聞かせる。



『飛躍走法』

『洞観視』

『弱点直感』

『弱点特攻』

『型無の剣』


「オアッ!アアァアアア!!」


 互いに高速で接近する一瞬ともいえる中、数多の枝の隙間に姿を見ると同時、反射的に攻撃態勢へと移行。

 会敵直前の高揚の裏に僅かに潜む憂いも引っ提げ、枝葉を散らし一際強く跳躍。



瞬動必斬(オキザリノタチ)・空ノ式」

「!」



 抜剣。圧倒的初速。

 機動力において妨げになる帯剣という行為すら味方につける必殺の太刀。

 意表を突く先手。



(―――避けるか)



 致命傷を避けた超速の斬撃は紙一重で半身を逸らし躱される。

 ある種の共存関係にあるダイギリをはじめとした異種族たちの手前、命を取らないように狙いはずらしたが、だからこそ。

 行動不能のみを狙った大味でない斬撃だったからこそ、その速力と精度は研ぎ澄まされたものだったはず。が、かすかに肌を裂く程度に終わった。


「ォォオ……!」


 剣が空を薙ぎ、空中でその巨体と体を入れ替えるように交差する刹那、呼気交じりの奴の唸り声を聞く。

 そこにどんな感情が含まれていたかは分からない。



(『無空歩行』……!)



 虚空を踏みしめ瞬動の速度を停止。

無空歩行(エアジャンプ)』はまだ合わせ技の発動条件であるLV.10に達してはいないためこの瞬間に返す刃で最速の次撃は発動不可。


「ふっ……!」


 故に、次ぐ速力の攻撃手段。かつ中距離射程の剣の高速投擲を放つ。

 それと同時に、頭上を取るべく空を蹴る。


(そっちは囮。本命はこっちだ)


 左腕を振りかぶりと、腕を包む黒鉄(ミスリル)ガントレットが魔力の光を纏う。

 霧の結界の中で、アトラゥスから充魔(チャージ)した重力魔法はマンティコアへ向けて解放したが、魔力が発現してから以前と違い『放魔』の出力を制御できるようになっていた。

 つまり、まだ『放魔』するに十分可能な魔力をガントレットに温存している。


(動きを、封じる!)


 最も、分割して使用できるほどまでにアトラゥスの力が強大だったからというのもある。

 故に強大な魔力から生じる『重力』ならさしもの、圧倒的な怪力を誇るこの獣ですらも行動不能に至らしめるという確信があった。



「――ゥア!」

「!?」



 そんな狙いを嘲笑うように、野生の勘かこちらの策を看破した様に。

 隙を作る牽制の投擲は、奴の頑強な拳と驚異的な反応速度で弾かれその矛先を頭上の俺へと向かわせた。


「ちっ……!」


 狙いすましましたかのように喉元を貫こうとする切っ先を首を逸らし避ける。

 そして得物を失う危機感から無意識のうちに『隔絶空間』を発動し剣を手元へ戻す、だがその一秒に満たない一連は―――


「は、やっ……!」

「アアァアアアッ!」


 先の俊敏性をもってすれば、枝を踏み台に攻撃の間合いへと潜るには十分な隙。


「ぐ、あっ!」


 幸いなのはつい先ほど吹き飛ばされたほどの拳打を放つには不十分な体勢であったこと。

 それでも咄嗟にかざした黒鉄越しにとんでもない衝撃が伝い、虫でも叩き落とすように掌で大地へと沈められる。



「―――ア?」



 途端、宙に留まる獣の左足が下方へと引き寄せられた。

 その足首に巻かれた帯はと張り詰め、その先は湿り気のある土がまくれ上がり砂埃が舞う中へと続き、



「さっきから土ばっか食わせやがって……!」



 予防線。というわけでもないがまた遠くへ殴り飛ばされないように括りつけておいた羽衣を引き張り詰めさせる。



「お返し、だっ!」

「ゥ、ア……!?」



 力比べでは敵わないだろうが、方や踏ん張りの無い空中。

 その質量を伺える巨体であってもレベルアップを重ねた今の膂力なら、



「おぉおおああっ!」



 巨大な穴を作り上げるほどの衝撃で投げ落とすことが叶う。


 静謐な雰囲気さえ漂う静かな早朝の山々に、再び轟音が鳴り響いた。

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