194話 跳躍怪力
池さんの『竜殺しの剣』。
それをもってして両断できなかった強固な巨木。
「アアァアアア!!」
それを腕力のみでいとも容易くへし折り、
「冗談じゃない……!」
周囲に生える木々を意にも介さず薙ぐ。
速さがないにもかかわらず破壊の威が込められた圧倒的な打撃。
受けることは死に直結すると肌で感じる。
(空……!)
必然、回避行動に全霊を注ぐ。
逃げるように直上へと跳躍し、攻撃線上から逃れても尚途絶える事の無い衝撃の予感に虚空を蹴り更に高度を上げ安全域へと舞う、
「……なんてやつだ」
へし折り抱えた巨木を振るうと、空を薙ぐ轟音と大気を打つ爆音の双方が鼓膜を打ち。数秒前にいた場は、突風が舞い木々は薙ぎ倒され地は大きく抉られていた。
ゴレイドが使った『重撃』を彷彿とさせるそれを成した獣の姿は砂塵に隠れて視認できない。
(ダイギリは……うまく避けたみたいだな)
上空から眼下の森に視線を巡らすと、離れた位置に転がりかぶりを振る姿を確認できた。
今の一撃の衝撃に巻き込まれたのだろう。
「……まともに相手にしてられないな」
2、3度空を蹴り宙に留まりながら、たったの一振りで荒れ果てた眼下の様子を見てげんなりしつつ愚痴る。
狙われていても戦う理由も勝ちに行くメリットも今のところない。どうして俺の回りにはこんな化け物ばかりが寄ってくるんだろうか……
(このまま『無空歩行』で結界の外まで逃げよう)
MPの都合上、何十回も使用できないが一回ずつの跳躍を伸ばせば障害物の無い空中であれば十分飛距離は稼げる。
(……珍しい植物もあったから、『回復薬』の素材なんかもありそうだったけど)
何処までが奴の行動範囲内か正確に分からない以上、さらなる山奥に行くより元のキャンプ地に戻った方が確実だ。
未知の素材は魅力的だが、あんな化け物がうろついている一帯で呑気に植物採集というわけにもいかない。
(『認めてもらえ』って話はどうなるか知らんが)
異種族の彼らに遠慮すると言っても、全部に言いなりにならなくてもいいだろう。
あの化け物と戦闘になるのはダイギリも想定外だったみたいだし。
(また会ったら恨み言の一つでも言ってやる)
多少後ろ髪をひかれつつも、キャンプを張った高台へ向かい跳ぶ。
だが、
「―――おいてめぇ!油断すんな!!」
俺は、甘く見ていた。
「―――ッ!」
「ォォオオ……」
人間よりも優れた肉体機能を持つ獣。
「マジかよ……!」
ダイギリの言葉が頭をよぎる。そいつがスキルを操るということの厄介さ、そのポテンシャル。
『無空歩行』を重ね数十メートルの高度に達しているにもかかわらず、
(結界ってのは空にはないのか!?)
たった一度の跳躍でこちらと同じ高度へと取りつかれ、眼前に迫る拳。
頭蓋を砕く圧の接近に咄嗟に羽衣を操作。歪ながらも全方位を包み腕をクロスさせ防御の体勢を取ると。
「ふ……っ!」
「ア゛アァアア゛!」
竜鱗の繭を一瞬の拮抗の後突き破られ、盾にした両腕に沈む。
膂力で完全に劣る防御は押し込まれ肺を圧迫、抜け出るように酸素が吐き出され。咄嗟に、
(ク、ソ……っ!)
後方へ飛ぶように空を蹴りだす。
軋む腕の異音を鼓膜に直接聞きながら獣の拳が振り抜かれると。
遠くに見えていた緑地へと一瞬で運ばれ、森の木々をなぎ倒しながら全身を打ちながら転がった。
・・・・・
「……なんだか、外が騒がしいみたいですね?」
早朝の見回りから戻ったエミルさんとともに朝食の配膳をしていると、遠くから響くような地鳴りが建物を軋ませる。
「朝から誰かが暴れてでもいるんでしょうか?」
エミルさんの言葉に手が止まり顔を見合わせる。
土砂崩れや落石といった類ではなく、恐らく激しい戦闘からくるものであろうことは経験則でなんとなく分かっていた。
そして今。里の外には山を揺らすほどの大規模戦闘を繰り広げてもおかしくはない戦力を持つ、よく見知った人物が一人解き放たれている。
「今朝はナナシさんを見かけたりしましたか……?」
「いえ。でも唯火さんが言ってた通り、狼煙のようなものが上がっていたので多分そこにキャンプを張っていると思うんですけど……」
なにぶん私も、今日は代表の会議に参加するために早めに切り上げたので。
と続け、
「……彼は厄介事を引き込みやすい体質。とかは……」
「ま、まさか。流石にそんな昨日の今日で……」
心当たりは山ほどある。
出会ってから強敵との闘いの日々に明け暮れている彼にとって、この山での生活も例外ではないのかもしれない。
それがたとえ本人の意思と反する状況であったとしても、強者は強者を引き寄せるというのはあるのかもしれない。
「―――ふぁ、ぁ……おはよー。起こしてくれればよかったのに」
「ん、にゅ……いい匂い」
嫌な予感にひきつる笑みを浮かべていると、この音のせいか朝食の香りのせいか、寝起きの朱音ちゃんとフユミちゃんがリビングの戸から顔を覗かせる。
「あ。二人ともおはよう」
「……唯火さんを見習ってもう少し早起きしてもいいと思うけど」
「ぅ」
朱音ちゃんが家主のエミルさんの言葉にバツの悪そうな声を漏らすと。
「わ、悪かったわ……ちゃんと気を付ける」
「すまない……」
「あっ。ふ、フユミちゃんはいいんですよ?昨日は沢山歩いて疲れたでしょうし。お客さんなんですから」
「……じゃああたしは何なのよ……」
「ま、まぁまぁ。朝ごはん用意させてもらったから、二人とも顔でも洗ってきてください」
間を取りなすように割り込む。
「そう、ですね……昨日も案内したから知ってるでしょうけど、洗面所はこっち」
「ん。ありがと」
「……」
「? どうしたのフユミちゃん?」
寝ぼけ眼をこすりながら、辺りを見渡す。
実年齢と普段の大人びた口調とは随分とギャップのある姿。どこか胸をくすぐられるのは母性というやつだろうか?
「………あ、そうか。兄者は里の外で別行動か……」
(ナナシさんを探してたんだ)
寝ぼけた頭が現実に追いついたのか納得した様に言うと、エミルさんに案内されながら洗面所の方へと三人は消えた。
(今日も『ハルミちゃん』は目覚めず。か)
彼女たち二人の事情は昨晩の内にエミルさんには説明してある。
ナナシさんとの関係性を偽らなくなった時点で彼女にはすべての経緯を打ち明けようと決めた。
ただ、同じ異種族である故に余計な心配はかけたくないので私が久我の施設にいたという話は省いた。
なるべくナナシさんの武勇を語り彼の印象を少しでも良くするのにも、久我という『人間』の醜さを同時期に話すのは避けたかったのもある。
(多分、私たちのナナシさんへの信頼。伝わってるよね)
何も彼女に人間自体を好くように仕向けたいわけじゃない。
彼が人間も異種族も関係なく、命を賭して戦いに身を投じれる優しく強い青年だということを分かってほしいだけだった。
多分それは少しづつだけど伝わっていると思う。
(まぁ、当の本人はきっと嫌われていようと、自分の行動を変えるつもりもないんだろうけど)
そんなことを考えながら、自食事の準備を再開。
「……ん。いい香り」
鍋のふたを開け飛び出してきた湯気とともになんとも旨そうな香りが鼻腔をくすぐる。
「……そういえば」
室内で、快適なベッドで眠りにつき、こうして温かい食事にありつける。
その現実をかみしめると、一息つくとともに彼への心配を強くした。
「ちゃんとご飯。食べてるかな………」
失礼と思いながらも、そんな母親めいた事をつぶやいてしまう。
私よりもずっとしっかりとした人物なのに、私が心配するなどおこがましいとも思いながら。
「また、荒事に巻き込まれてなければいいけど」
朝の空気を震わせる、遠くに聞く物々しい低音と衝撃をかすかに感じながら、
やはりどうにも思いを馳せてしまうのだった。
他のなろう作品読みたい。
ソシャゲ無課金プレイしたい。
推しのⅤの動画見てたい。
その最後くらいに、小説更新したい。
これが、師走か……




