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193話 吠える獣

「いい判断だ。よそ者のお前が目を合わせりゃ、即狩り対象だからな」


 眼前の巨木に目を奪われていたとはいえあまりに自然に、強烈な気配に背後を取られる。脳が驚異の接近に警鐘を鳴らしているが、同時に本能が迂闊に振り向くのを抑制した。


「……よくわからないがそう言うことは先に言っておいてくれ」


 ダイギリの口ぶりだと、里に住むか彼ら『異種族』とこの気配は共存関係にあるのだろうか。


「こいつは、人の手が入らねぇこの山奥の生態系の中で、獣同士殺し合って生きてきた。『スキル』を使う殺し合いだ。けどそんな怪物でも食わなきゃ死んじまう。狩りはできてもそれが枯渇しちまえば何かを作り出すことはできない」

「飼っていると?」

「飼う、ね。里の食料を食わせてやってるには違いねぇが」

「……制御、できてるのか?」


 目にすることなく感じるこの圧迫感。とても飼いならすだとかそんなことはできなさそうだ。


「馬鹿言え。利害が一致してるからこいつも異種族には何もしないだけだ。俺たちを餌にしちまっても結局あっという間に飢え死にしちまうしな。俺たちは人目につかない山で暮らしたい、こいつは飢えという天敵を何とかしたい」


 なるほど。ある種俺へ対する異種族の対応と似たようなものってことか。


「ま、傍から見りゃ確かに俺たちが餌をやって生かしてるようにも見えるが俺達にはこいつがいるメリットがねぇ。まぁ、内側の連中からしたら別だが、あまり自由にされても厄介だからな。だからこっちは行動範囲の制限を設けた」


 行動範囲の制限。

 可能なのか?この気配だけで怪物とわかる怪物相手に。


(それに『内側の連中』ってのは何のことだ?)

「おっと。知りたがるのも結構だが、お前はこの状況をどうにかしないとな」

「……俺にどうしろって?」


 変わらず背に感じるモノに、その言葉に納得せざるを得なかった。

 面通し、モンスター以上に厄介な存在。越えなきゃならない死線。

 直前に聞いた言葉を思い出しながら問う。


「話が早ぇな。なに、複雑な事じゃねぇ。()()()()()()

「……どうやって?」

「それは俺も知らね。本人に聞いた方が良い」


 突然降って湧いたこの状況。

 背に感じるのは先の拙い説明を一瞬で補足し納得させるに至るほどの圧。

 敵意とも殺意とも言えない、純粋で冷たい視線。未だ見ることのないその存在にとっては、本当にただそこにいる俺を見ているだけなんだろう。


(認めてもらえって……メチャクチャだなこいつ)


 こっちはまず最初の接触で停滞しているというのに。

 直接聞けということは意思疎通が可能な手合いなのだろうか?それすらもわからないというのに。


「まぁ心配することはねぇ。何もやり合うわけじゃねぇ。お前は一応俺様が連れてきた―――」


 耳だけでダイギリの講釈を聞いていると、気配が動く。

 どうにも足音が小さく意思もぼんやりしているから動きを読みずらいが、ゆっくりと俺たちを回り込んで正面へと行こうとしている様だ。


「……おい。まさか」


 手足。下げた視界にまず飛び込んできたのは、灰色の毛が覆う四肢。それぞれがこちらの体高ほどの長さを有する図体。歩き方を見れば猿人のような拙さが見られるがそれが妙に堂に入っている。


「―――やり合うわけじゃないって?」


 剣を抜きながら直感した。避けられない、と。

 そして仰ぎ見る。毛むくじゃらの四肢が生える胴は黒い地肌を晒した木炭のようにごつごつとした筋肉。筋繊維が浮き上がっているように見えるほど鍛え抜かれた鎧。


「俺の目にはそうは見えないんだが」


 明らかに俺を標的としている。

 いまだ視線は上げず、目も合わせずとも感じる。


「……こいつが行動できる範囲には制限がある。今いるここも爺さんが張った結界内でそこから外には出られねぇ」

(爺さんって……エミルの爺さん。だよな)


 いよいよ対面する頭部には幾重にか束ねられ重ねられた獣の毛皮を被り、もはやこの者が何者だったのかを推察することも適わない正体不明な風体をしていた。

 ただはっきりしているのは身に纏う多くの毛皮たちが、異能の力を自覚した獣たちの中において強者であるという身分を語っている。


「今度は逃げろって?」

「死にたくなきゃな」


 彼としても想定外なのか、膨れ上がる生き物の闘争心に気圧されているようだ。


「……お前、あとで全部説明してもらうからな」

「健闘は祈っておいてやる……連れの女たちに伝えておくことはあるか?」

「遺言ってなら、余計なお世話だ」


 それだけ言うと、俺と獣から大きく距離を置く。

 異種族であるダイギリはこの獣にとって攻撃対象外なのだろう。


「口はきけるのか?」

「……」

(……ん?こいつ、怪我、してるのか?)


 身に巻く毛皮の一部から鮮血が滲み、赤い雫を落としているのが見える。

 毛皮の具合から剥ぎたてというわけでもない。


「お前―――」


 その言葉が合図だったのか、毛皮越しに視線が交差したのがそうだったのか。


「アァアアァアアア!!」


 獣とも人とも思える不気味な咆哮を山中に轟かせ、例の強固な巨木に抱き着くと。



「……いかれてる」



 幹を残し、膂力に任せて中程でへし折り、それを薙ぐように振りかぶった。




 ・・・・・




「……む?」


 里からさらに北上した場所に位置する、穴倉。

 その入り口にて立ち昇る煙、薪爆ぜる火。

 ぶら下げたケトルからシュンシュンと湯が沸く音に心を躍らせる少女はつぶやく。


「地震?というわけでもないか」


 地鳴りと木々を揺らす山の揺れ。

 振られたケトルからわずかに零れた湯が、高温になったステンレスの肌を伝い蒸発する音を聞く。


「聞き覚えのある雄たけびだ……あのデカブツか」


 直前に轟いた知性に掛ける咆哮には、少女は覚えがあった。

 それが孕んだ脅威に差して気に留めた様子もなく穴倉に視線を向ける。


「あまり五月蠅いようなら、今度こそ狩ってしまった方が良いかもしれぬな」


 影になった穴の中には葉が詰まれたベッド。そしてその上に横たわる人の気配。

 穏やかな寝息だけが響いている。


「ま。いずれにせよ、()()調()()では、今は無理だが」


 焚火に向き直り、少女は視線を落とす。


「……せっかくの衣が汚れるのも癪だしな」


 人間の青年に食料とともに譲り受けた服をつまみ言いながら。


「~♪」


 見た目の年相応に鼻歌のようなものを鳴らしながら、

 星形の紋章が施されたカップを手に取り、その包装を解いていった。

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