192話 深森
短めです
「なぁ。いい加減どこに連れていくつもりなのか教えてくれよ」
キャンプを張った場所は延焼の心配のないロケーションなので焚火をそのままダイギリの後を追う。
5分程早歩き程度の速度について歩き、昨日アティを見かけたあたりを通り過ぎたあたりで要件の詳細を問うと。
「あー。山ん中だ」
「今もそうだろ」
「もっと深い、山奥だ」
言う通り山奥に進むにつれて群生している木々の樹齢が増していっているのか、手つかずの大きな樹木が増えてきた。
以前より人間の手が入っていないような場所なのだろう。
(まるで見たこともない植物も増えてきたな)
【薬剤師】を獲得した時に得た、未知の植物への知識の中にも無いようなものがチラホラ見える。
「会わせたい人って、里の人じゃないのか?」
「里に戻っているように見えんのか?」
話すのが面倒なのか、質問に質問で返す悪循環。一向に真意を口にしようとはしない。
「エミルの爺さんみたいに一人で暮らしている人とかか?」
「はっ。あんな偏屈、そう何人もいてたまるかって」
「……あの里以外にも、異種族が暮らす場所があるのか?」
「無い、と言った覚えはないぜ?」
どうやらもったいぶりたいらしい。
驚かせたいのか知らないが、書状に書いてある俺への『不干渉』という文言を破ってまでの事。
ここは黙ってついていくとしよう。
・・・・・
「……里からさらに北上すると。森は一気に深くなる」
四方を巨大な樹木に囲まれ空すら見えないほど濃い緑。
その割、視界の彩度はどんどん鮮やかなものになっていく。そんな半ばで、だんまりを決め込んでいたダイギリが口を開く。
「進むにつれてみたこともねぇモンが増えていく。木の実にキノコ、生き物なんかもだ」
「生き物?もしかして、気配を消せるデカい鹿とかか?」
昨晩アティが狩ろうとしていた、妙に雰囲気のある鹿のようなもののことだろうか。
「ああ、そういう個体もいるだろうな。なにせ連中も『スキル』を使いやがる」
「! 野生の動物が、か?」
考えもしなかった。
「そう驚くことでもないだろ。そもそも、世界がこんなになった時全部の生き物に通達とか言ってたしな」
「なるほどな。動物たちもその対象だ」
驕りともいえるのだろうか。勝手に人間だけのものだと思っていた。
「っても、頭はやっぱり獣だ。全部の個体がスキルを自覚して使えるわけじゃねぇ」
「……確かに。もし俺達同様、自発的にスキルを使用、強化していたらモンスター並に厄介な存在になってるはずだ」
「いーや。違うな」
「?」
ふと、一本の大木の前で足を止める。
何千年もそこにあったかのような巨木。苔むした幹がその年月を語っている様だ。
「動物の本能には既に『人間』みたいな考える力を持つ生き物を避ける習慣みてぇなもんがあるんだとよ。例外もあるだろうが率先して牙を向くとしたら、自分に有利な環境でのみ。けど、そりゃ人間の文明っつう地球規模の領域での中の話だ」
「なにが言いたい?」
こちらを振り向き巨木をコツコツとノックする様に叩く。
「お前。これ斬ってみろよ」
「? この木を?」
「ああ。できるか?」
伐採の手伝いでもさせに来たのだろうか。どうにも意図が読めないまま、ダイギリは離れた樹木に背中を預けこちらを観察している。
「結構な樹齢の木だから気が引けるが……」
誰の所有物でないにしろ、山に住まう者がやれというのだ。責任はそちらに取ってもらおう。
(と言っても、流石にこの剣の刃渡りじゃ両断は難しいか)
まぁ、何が目的かは知らないがとりあえず斬りつければいいだろ。
「……ふっ!」
一息とともに剣を振り抜く。
それとともに剣先から伝う手応え。
「ッ!?かったいな……!」
まるで鋼鉄。いやそれ以上の高度と靭性を感じる。
一応本気で斬りつけたから、一振りで利き手は痺れ、掌の皮が部分的に裂けた。
「おーおー……マジかよ。そいつに傷つけられんのか」
斬撃箇所を見ると、樹皮は裂け数センチほどの裂傷が走っている。
斬り始めは切断面から綺麗に年輪を確認できるが、抜け側は樹木の繊維が荒く残されており途中で斬撃の威力を殺されたのを示していた。
「何なんだ?このバカ硬い樹は」
剣を鞘に納め、痛めた手首をねぎらうように振りながら聞くと、
「なんだかは知らねぇ」
「……いったい何をさせたかったんだ」
中身のない返答を垂れつつ、俺が斬りつけた反対側へと歩いてゆく。
樹木の裏側を眺めながら「見ろ」と言わんばかりに首で指図する、訝しげにそれに従いそちら側へと回り込むと、
「なんだ、これは……」
「獣共は、『人間』の殺し合いみてぇに同族同士の引っ張り合いはしねぇ。奴らの闘争にあるのはただただ生き延びた個体がより高みへと昇るための殺し合いだ。勝ったやつが強いんじゃねぇ。強いやつが勝つんだ」
さっきの話の続きが耳に届くが、俺にはそれよりも目の前の光景の方が信じられなかった。
池さんが遺した業物の剣と、渾身の剣閃。今まで幾度となく対象を切り裂いてきたそれがかすり傷程度の損傷しか与えられなかった超硬度の巨木が。
「誰が、やったんだ……?」
俺の身の丈以上に渡って走る深々とした裂傷。それが四つ並んで、その全てが俺が与えた矮小な傷の何十倍も深く、きれいな断面を晒していた。
「……そんなせめぎ合い。種の『進化』は、お前らの目につかねぇ秘境で起きてんだ。今まで見たことがねぇってんなら、それは『人間』に怯え隠れてたんじゃねぇ。『力』を自覚した獣が、牙を研ぐ場に人里は役に立たねぇと踏んだからだ。そんな奴らは、モンスター並なんてもんじゃねぇ。それ以上に厄介な存在なんだよ」
ホンモノの化け物は。ホンモノの化け物がいるところにしか生まれねぇ。
やけに耳に残るその言葉を聞くと、俺達を覆うような影が落ちる。
「おまえが、この山で世話になるんなら。挨拶しなきゃなんねぇやつがいる」
「……」
耳に届くダイギリの声から、彼が振り向いたと分かった。
けど俺は、
「それと同時に、越えなきゃなんねぇ死線だ」
振り返る所作を取ることもできなかった。




