19話 少女との出会い
「ん……」
重たい瞼を開けると、どうやら横になっているようだ。
(……私、眠って……?)
僅かな気だるさを引きずるように上体を起こすと見る見るうちに意識は覚醒していく。
「ここ、どこ……?」
あの場所から逃げ出して、振り切ったと思ったら町中でゴブリンジェネラルに狙われて、それから……
(そうだ。MP切れで身動きの取れなかった私を、男の人が助けてくれたんだ)
危機を脱した安堵と、今また新たに疑念の感情がこみ上げてくる。
「それにしても、ここは一体……」
木造でもコンクリでもない、内装から分かってしまう張りぼてのような部屋。
今座っているソファはとてもふかふかして寝心地は良さそうだけど。
「おーい、兄さん居るかい?」
「!」
見知らぬ部屋を見渡していると、薄い壁の向こうからこの部屋に向けて声が聞こえてくる。
(ぇ、あ……ど、どうしよう?)
いまいち自分の置かれた状況を理解できていず、起きていていいのか寝たふりをした方がいいのか判断に困っていると。
「兄さん?いないのかい?」
出入口?らしき場所からのれんをかき分けるように初老の男性が顔をのぞかせ。
「何だ居ないのか……ん?……おお!起きたのかいお嬢ちゃん!そこで待ってな。今兄さんを探してくるから」
「え?あの……にいさんって?」
「あんたを連れてきた男だよ。あ!いた!おーい!兄さん!」
外にその人物を見つけたのか慌ただしく呼びに駆けていってしまう。
「私をここに……?という事は」
ゴブリンジェネラルから助けてくれた、あの男の人?
「あ、わわっ……かっ、髪……寝起きなのにっ」
途端自分でもおかしいくらい慌てて身だしなみをチェックする。
髪はところどころ跳ねている、心なしか顔もむくんでいる気がするし目も腫れぼったい感じ。
うん。
「ど、どうしよう……!」
さっきとは違うベクトルでわちゃわちゃ慌てていると。
「……あの、入っても大丈夫ですか?」
「……っ!」
部屋の外から入室の許可を窺う男の人の声。
「あ、の……っど、どうぞ!」
とっさにフードを目深にかぶり乱れている部分を隠し返答する。
私の部屋じゃないけど。
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「ど、どうぞ」
返事があったので中に入ることにした。
こんなボロ家でもこういうエチケットは忘れちゃいけない。
「じゃあ、失礼します」
部屋に入ると、彼女は横にならせたソファの上に座っていた。
そしてはじめて発見した時と同じようにフードを深くかぶっている、警戒しているんだろうな。
ムリも無い、刺激しないよう穏やかな声を心掛け容体について切り出してみる。
「体の具合は、どうですか?痛むところとか」
「い、いえ。おかげさまで、体調は良いみたい、です」
……嘘はついてなさそうだけど(洞察眼発動済み)
でも、なんとなく首から上を庇っている動作が垣間見えるな。
「本当ですか?頭、とか痛むのでは?」
「へ!?いえ、全然なんとも、ないですよ?」
やっぱり、動作から庇っているのは間違いなさそうだ。
気を使ってフードで隠しているのか?
少しおせっかいかもしれないが
「モンスターに襲われていたんです。頭にケガをしていたら事だ」
そういって軽く手を伸ばす素振りを見せると。
「だ、大丈夫ですっ!!」
「!」
強めの拒絶にとっさに手を引っ込める。
「す、すみません。少ししつこかったですね」
やってしまった。
そりゃそうだ、知らない場所で目を覚まして、いきなり知らない男が出てきて手を伸ばして触れられそうになったらそりゃそういう反応するだろ。
「申し訳ない……」
あまりにデリカシーに欠ける自分の行動が嫌になり俺は頭を下げた。
ここの所、池さんや山さん、ホームレスの皆としか接していなかったし、それ以外といったらモンスターやあの魔物使いみたいな粗暴な連中との血なまぐさい戦い。
・・・徐々に俗世間的な配慮やらなにやら抜け落ちて行ってる気がする。
「あ、ごめんなさい!あの、嫌だったとかではなくて!」
「……?」
顔を上げ彼女を見ると恥じらいつつというか、戸惑いながらというか、そんな逡巡を感じる動作で被ったフードをめくっていく。
「あの……寝起きで、髪も、顔も、ぐしゃぐしゃ……だったから……」
「……あー」
戦い以外にはあまり役に立たなさそうだな、『洞察眼』
(身だしなみ。女心、というやつか……だが、ぐしゃぐしゃと言うのは過剰な表現というか、全然そんなことないと思うが)
彼女のステータスを『目利き』で見た時その内容に驚愕したモノだったが、はだけたフードからのぞかせるその容姿にも驚いた。
別に惚れた腫れたの話をするつもりではないけど、フードの中は有体に言って美少女。
年齢は知らないがこの言い方がしっくりきた。
(寝起きでも別に整った目鼻立ちが崩れてるわけでもないし、艶がかった金髪も特に跳ねている様子もない、毛先にかけて徐々に茶色がかったエキセントリックな髪色だけど……なんてフォローは口に出さない方がいいんだろうな)
こんな世界になってもそういう倫理観というか、デリカシーは持たないとだな、セクハラだ。
うん、気を付けよう、ほんと。
「えっと。なら、自分は少し外に出ているんで、身支度が終わったら外に出てきてもらえますか?体がきつくなければ、ですが」
俺の提案を聞いた後、再びフードを被り。
「は、はい、大丈夫です。すみません……」
そういう彼女を部屋に置いて俺は退室した。
聞きたいことは山ほどある、彼女の事、この世界のこと。
若い彼女がどこまでの情報を持っているか定かではないが、少なくともあのステータス。
(世界が変わったこの半年間眠っていた俺はもちろん、池さん達ホームレス仲間や魔物使いを凌駕するレベル)
俺が知りえない情報を多く知っているのだけは間違いないだろう。
なにかが加速度的に進み始めるざわめくような予感を感じながら、彼女の支度が終わるのを待った。




