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189話 夜狩り

「………」


 ふと目が覚める。

 期待した通り、一度意識を手放し眠りに落ちることで直前の絡みつくようなモヤモヤはいくらかマシになった。

 とても唯火達には見せられない。


(なんだ?)


 思いのほか暗い視界に焚火へと目を移すと、火はすっかり消え炭化した木片だけが残っていた。

 それでも、その状況を視認できるほどに月明かりは煌々と世界を照らす。


 そんな冷たい明るさにに照らされている山々や、見下ろす木々が生い茂る森は非現実的な雰囲気があった。

 

「里の方じゃない、な」


 そんな一件穏やかな山の気配の中、目覚めの悪い夢から覚めた様な倦怠感を跳ねのけ起き上がらせたのは。


「……森の中か?」


 気配ともいえない、もはや第六感に近いような勘。それが何かの存在をかすかにとらえまどろみから覚醒させた。


(探ってみるか)


『隔絶空間』からライトを取り出すと無灯火のまま腰に下げる。

 各装備に関してはすでに常時身に着けていた。



(流石に夜の森は暗い)



『隠密』の精度を上げ行動。

 地上を歩くと草木の音で自分の存在を森中にさらすようなものなので、『無空歩行(エアジャンプ)』を織り交ぜた樹上での移動であたりを探る。


(この先はマッピングがまだだ。地形に注意しながら索敵)


 野営地から扇状に約4、500メートル圏内を跳び回る。こう暗く木々がひしめき合った視界だと、そうでない場所と比べ数段気配を探りづらい。

 夜行性の動物たちの気配も混ざり、思いのほか夜の森というのはにぎわっている様だ。


 だからこそ―――



「……見つけた」



 地上を歩く人の足音というのは、この場において浮く。



(女、か?)



 やや開け、帯状の月明かりが差すその場に佇む後ろ姿。

 四肢はぼろい外套に覆われ確認できないが、低い体高とばさついた長い髪は女性のようにも見える。


(……あいつ、昼間の?)


 里へ向かう道中、とんでもないスピードで現れモンスターらしき者たちと風のように俺たちを抜き去ったあの時の影。顔は見えないが髪と外套の二つの共通点がある。


(『異種族』、里の住人か?)


 エミルが言うには、あの身体能力から『獣人種』という種族の可能性はあるとのこと。

 里では、俺たちを翻弄した動きを体現する人は見受けられなかったが……


(いずれにせよ、俺達……フユミちゃんへの敵意は感じられなかった)


 であれば、やはり俺がここで干渉しようとしても意味の無い事だろう。

 里の人であれば怖がらせてしまう可能性もある。爺さんの書状のおかげで里外では俺を敵視しないようになっているだろうが、それと彼らが『人間』に抱く感情は別の話だ。


(キャンプに戻って飯でも食うか)


 追跡の緊張を解くと、眠りにつく前に胃に何も入れていなかったのを思い出し胃袋が騒ぎ立てる。

 暗い夜道の中影を置いていくのに多少後ろ髪をひかれつつ踵を返そうとすると、


(! あれは……?)


 突然、小さな人影の正面に広がる木々の闇から立派に枝分かれした角を持つ牡鹿が現れる。

 足音、気配を感じさせず現れたそれは、


(ずいぶんと、雰囲気のある鹿だ)


 悠然と佇むその姿はただの野生の獣にしては中々に貫禄のある様子だった。


(モンスター。ってわけじゃないよな……)


 ふと、『目利き』を掛けようかと思い立つが、このスキルは『隠密』との併用ができない。

 それどころか視線の気配があからさまに出る。少し勘のいい者なら姿を見せずしてこちらの存在に感づかれてしまいかねない。


(下手に刺激して双方のどちらかが反応したら)


 あの何者かに危害が及びかねない。


(……助けに入るか?)


 見たところ、鹿側には小さな人物に対して明らかな敵意が見られる。

 俺に向けられたものではないから『竜王殺し』の効果対象外。


(けど、この距離で不意打ちの『瞬動必斬(一撃)』なら一方的に鹿の首をはねられる)


 どうしたものかと考えながらも、剣の柄を撫でるように手を持っていくと。



「ガウッ!」

「ッ!」


 背後から犬のような一吠え。

 それに対し反射的に半身を向けると、鹿の気配にも変化、殺気が膨れるのを感じつつも後方を確認。


「……何か隠れているのか?」


 誘っているのか、頭上の葉が月明かりを隠す絶妙な位置の茂みを転々とし物音を立てていく。

 その中から、


(―――岩?)


 放物線を描きながら石と言うには大きすぎる大きな岩塊が樹上すらも越えこちらに飛んでくる。


(囮か……)


 上空に意識を向けさせ茂みの中から奇襲、と言ったところか。

 相手は獣じゃないのか、賢しい策を弄してくる。


(鹿の方も気がかりだ)


 速いところ助けに入るべきだったと自らに評価を下しながら横に飛び岩塊を躱す。

 前方の茂みを警戒するも一向に奇襲の気配はなく、


「なっ!?」


 代わりに視界の端を横切る何か、途端軽くなる腰回り。


(剣を……!)


 重なった警戒の分散。それらから来る無様な有様に内心舌打ちながら空を見ると。

 月を映す抜き身の刀身、それを猛禽の爪で捕らえた大きな鳥類が羽ばたいていた。


(茂みの攪乱と、岩塊が落下する音で翼が風を切る音を消したのか)


 随分と手の込んだ一連の連携。



「そこにいるのは、誰だ?」



 女の幼く高い声が発せられる。

 物陰から静観を決め込んでいるつもりが、更にその後ろを監視されていたようだ。


「特段こちらに害意がないのは分かっている。だが、姿を見せないならこちらから相応の対応をするが」

「……茂みに潜んでいる二つの気配。上空の鳥。全部あんたの仕業か?」


 そんな問いを投げながら女の前へと姿を現す。


「お前は……っ」

「?」


 月明かりの下に姿をさらし間合い外で足を止め、その深紅の双眸と視線がぶつかるとかすかな驚嘆が漏れ出た。

 昼間に一瞬会ったにしてもなんだか妙な反応にも思えた。


「……ここで何をしている?……の、です」

「森の中で気配を感じて、その出所を探していたらここに」


 後で付け足すような妙な喋り方、直前の反応。

 気になる点は多々あるが相手の敵愾心を煽らないよう、ありのままに回答する。


「そうか……なのですか」

(妙な子だ……)


 声色、体格からそう年を重ねていない印象。たどたどしい話しぶり。

 身を包む格好は真っ当な生活をしているとは到底思えない装い。


「言っておくが。『目利き』等のラーニングスキルはお勧めしない。この外套の効果で代償を負うことになる」

(こいつ、俺が【鑑定士】だと?)


 初対面で明かした覚えはない。

 となると彼女も【鑑定士】なのか、それとも未知の相手に対するハッタリの類なのか。


「何のことかわからないが、初対面でいきなりスキルの攻撃を仕掛けるようなことはしないよ。あの鳥が持っている剣も、君がさっきの鹿に襲われそうになっていると思って触れてただけだったんだ」


 いずれにせよ、むやみにステータスを暴くのはやめておいた方がよさそうだ。

 彼女が何者か知らないが、今唯一はっきりしているのは、



「でも、すまない。『狩り』の邪魔をしたか?」



 俺の背後を取った気配達、剣を奪った鳥。

 それらが今こしてこちらを包囲するのはただの結果。本当の目的は、


「まぁ……おかげでおびき寄せた得物には逃げられた」


 今は姿を消してしまった、先ほどの鹿を狩猟するための包囲。

 その中に俺が『隠密』による気配断ちで突然現れたという状況だろう。


「そうか、それは―――」


 悪い事をした、と謝罪を口にする前に。


「……ぅ、う」

「! どうした!?」


 女は突然その場に倒れ込んだ。


「大丈夫か?さっきの鹿にやられたのか?」

「……腹。腹……」


 反射的に駆けよると、うわ言のように患部と思しき部位を口にするのでそこに視線を移すが、ところどころ穴の開いた外套には血痕のようなものは見られない。

 というか穴が開いた全ての箇所からは肌色がのぞくが、下にはちゃんと服を着ているのだろうか?


「傷はないみたいだけど……」

「腹が……減った……」

「……」


 いや。飢餓というのは深刻な健康問題ではあるが、どうにも気が抜けてしまう返答だった。


「なんて……非効率な、肉体……空腹などで、行動不能になるなんて……」


 随分と客観的な物言いを残すと、


「……寝た、のか?」


 どういうわけか、すやすやと寝息を立ててしまった。

 そしてどうかとは思ったが、無防備なのをいいことに長居前髪をどかしその顔を検める。


「まだ、子供だな」


 フユミちゃんと唯火達の間くらいだろうか。

 そして、里の中で見た様な『異種族』の特徴。獣の耳や尾などを目視だけで探すが一切見当たらないようで、


「……人間、だよな。多分」


『異種族』であってもこんな深夜の山に一人でいるのはおかしいが、人里離れたこんな場所に人間の女の子がいるのはもっとおかしい。


(保護するべきか……)


 先程のただならぬ雰囲気の牡鹿を狩猟対象としてみなしていたんだ。その手段を持つってこと、腕に多少の覚えがあるってことだ。

 でも身動きも取れないんじゃ元も子もない。



「ゥガウッ!」

「!」



 対処に悩んでいると、茂みに身を隠していた気配が鳴き声とともに飛び出しこちらへと飛び掛かる。察知して飛び退くと、


「その子を、守っているのか?」


 倒れた少女と俺を別つようにこちらを威嚇する……狼、か?


「と……こいつは」


 続くように、その質量が窺える足音とともに現れたのは、街の中で遭遇した竜種。

 シキミヤが屠った母竜の眷属と同じ見た目をした一頭の竜だった。


(そして、上空の鳥)


 母竜が出現した駅近辺で朱音が遭遇したらしい【屍使い】とやらが使役していたという異形と特徴は一致する。


(となると、この子が……?)


 襲われる気配がないところを見るに、この三匹を使役しているということなのだろうか。

 朱音の目撃情報では男だったはずだが……


(なんにしても、このまま放っておくわけにもいかないよな)


 外敵から身を守ることはできるだろうが、彼女の空腹を満たすことは流石にできないだろう。

『人間』と『異種族』以上に、『モンスター』である彼らとの溝は深い。食事という文化で到底価値観が合うとも思えない。


「……悪いな」


 主を守ろうと敵意を向ける忠実な姿に良心の呵責を感じつつも、『竜王殺し』を発動。


「ゥ、クゥ……」

「ルルル……」


『威圧』に気おされ罪悪感を撫でる声を発する二匹。

 上空を旋回している鳥も異常を察し羽ばたきながらゆっくりと降りてきて、委縮した様に身を縮めた。


「あー……俺は、お前たちと、戦う気は、ない」


 俺と同じ人間に使役されているのなら人語を理解できるかもしれないと踏んで、ゆっくりと手ぶりを加えてこちらの意図を語り掛ける。


「お前たちの主、その子を、助けたいんだ。わかるか?」


 言いながらゆっくりと歩み寄りつつ身を守る羽衣とガントレットを『隔絶空間』へ収納。

 敵意がないことを更にアピール。

 ついでに、水と食料を取りだし彼らの目の前、少し離れた場所へと置く。


「その子は腹が減っている。こいつを、食べさせたいんだ」

「「「………」」」


 子供に解くようにモンスターへ語り掛ける、自分でもおかしな状況と思いながらも続け。


「このまま持って帰ってもいいが。俺についてくるなら、もうちょっと、気の利いたものを用意してやれる」


 半身を振り返り、キャンプ地の方角を指さしながら。


「夜の山は冷える。その子のために、ついてきてくれると助かる」



 そして背を向け歩き出す。


(おかしなことになったもんだ)


 暗い夜道を、足元の草木を踏み鳴らしながら戻る。


 背後に続く、音を殺した気配と、風を切るかすかな羽音を月夜に聞きながら。

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