188話 見ないふり
「このあたりにするか」
結界を抜け里の外へ出ると俺は里を一望できそうな高台を求めた。
里からさらに北上すると道はどんどん険しくなり切り立った崖なども見かけられ、そんな場所にある軽く開けたロケーションへと陣取ることにした。
「っても、見えるわけじゃないけどな」
結界のおかげで里の存在を視認することができないから実際一望できてるのかも怪しい。一応『踏破製図』でマッピングしておいた里まで道程からおおよその位置はつかめてはいるけど。
「こうしてみるとただの森にしか見えない……大した結界だ」
里から出た後、試しに結界に触れるとどうなるか触れてみると特に弾かれるとか阻まれるようなことはなかった。
実は入れるんじゃないかと思い切って足を踏み入れてみると、そこに里の光景は広がっておらずただ木々が佇む森の風景が見えるだけだった。
そして直後に気づく。今しがた歩いた数歩を遡るように前進しているのだ、と。
(『踏破製図』のおかげで気づけたけど………あの結界、ただ進めないだとか弾かれるとかそんな生易しいモノじゃない)
次元の歪みとでもいうのだろうか。
何も知らないであの結界に触れてしまえば、方向感覚は失われ遭難することは必至だろう。
「こっちから里の中に干渉するのはまず不可能、か」
それでも、フユミちゃん達が里に入ってまだ初日。
俺の目の届かないところで何か彼女たちに起きないか心配なところはある。現状何ができるわけでもなくともすぐ駆け付けられそうな距離には居たかった。
・・・・・
「………」
マンティコアとの戦闘、里での立ち回りの疲労を癒すようにしばらく目に優しい緑の景色を眺めていると、輝いていた西日は山々の影に落ちていきあっと言う間に夜の帳を下ろし始める。
「すっかり暗くなったな」
パチパチと爆ぜる焚火に燃料を追加しながらつい零す。
職場を転々としながら一人暮らしをしていた時よりもなんだか独り言が増えたようだ。
「……静かだ」
一人になるのは久々な気がする。
いや、都度都度個室や戦いなどで一人きりの時はあったけど、街の喧騒も何もない場所でいざいきなり一人きりとなると『孤独』を意識してしまう。
「たまには悪くない」
仲間といると自らよりも優先するべきことは沢山ある。
それは俺にとって苦ではないけれど、こうして自分の鼓動、息吹きだけを感じていると自分自身だけに没頭できる。
自分というものを振り返ることができる。
(……解雇、病院、ゴブリン、魔物使い……オーク。そして、池さん)
でも、追憶は楽しい事ばかりじゃない。
(ゴブリンジェネラル、唯火と出会って……ダンジョンの最奥でゴレイドとの因縁)
けど、そのすべてが、
(唯火の過去、久我……レジーナ、山さんの暗躍。ハルミちゃんを連れて……)
出会いも、喪失も、
(朱音が現れて、フユミちゃんの存在を知り、ギルドを訪ねて街へ……竜種達との闘いの日々)
戦いも、その傷跡も、
(シキミヤ。そしてミヤコ)
恐怖も、裏切りも、
「………ステータス」
名:ワルイガ=ナナシ
レベル:101
種族:人間
性別:男
職業:
【鑑定士】
【解体師】
【斥候】
【薬剤師】
上級
【戦人】
【走覇者】
【精神観測者】
【壊し屋】
【次元掌握者】
武器:ショートソードC+(無名)
防具:竜鱗の羽衣・地
防具(左腕):ミスリルガントレット(魔改・スロット:● 充魔:■■■)
防具(飾):伝心の指輪
MP:2200/2200
攻撃力:2108
防御力:1850
素早さ:1860
知力:1622
精神力:1732
器用:3010
運:210
状態:ふつう
称号:
【小鬼殺し】
【竜王殺し】
【超越者】
所有スキル:
《高速走法LV.3》
《飛躍走法LV.3》
《踏破製図LV.3》
《無空歩行LV.1》
《聴心LV.2》
《洞観視LV.6》
《精神耐性・大LV.7》
《心慮演算LV.6》
《目利きLV.10》
《弱点直勘LV.10(MAX)》
《弱点特攻LV.10(MAX)》
《ドロップ率上昇LV.7》
《型無の剣LV.3》
《型無の体LV.3》
《駿動反射LV.3》
《武具投擲・至LV.2》
《虚空打LV.1》
《索敵LV.10(MAX)》
《隠密LV.9》
《五感強化LV.10(MAX)》
《物核探知LV.3》
《解毒薬調合LV.2》
《回復薬調合LV.1》
《状態異常耐性LV.3》
ユニークスキル:
《全能顕現》
「俺の『経験』の全てが………」
揺れめく炎が頼りなく照らす中、地に背を預け空を仰ぐ。
ステータス画面を夜闇に透かすようにぼんやりと眺め、
(俺は、弱い)
悔恨や自虐でもなく純然たる事実。
眼前に整然と並ぶ数字を見て、今まで出会った他者との比較でただ結論付ける。
(でも、生きてる)
弱者。
相手の力量より劣るこの身で、何度も。そこに知略があったと言えばそうなるが、それを体現させるだけの力………
(パラメーター以上の何かが、あったからだ)
そしてそれは、もはや明らか。
「ユニークスキル……【全能顕現】」
アトラゥスとの戦い後、今まで表示のされ方が不安定だったユニークスキル【器用貧乏】。
数多の業種を転々とし、何一つ長続きせず大成しない。そんなかつての俺を表すに適した四字熟語だ。
(特に目立った効果を発揮しなくて、皮肉も含めた称号のようなものなのだろうとも思っていた。
けれど、効果というのならとっくに発動していたんだ)
気付きも手応えも幾度となくあった。けど、その曖昧さが輪郭を持ち始めるにつれて同時に、俺にとって大事な人間が増え始めた。
職場を転々としていた時には決して得られなかった繋がり。
(俺は無意識のうちにそれに縋った)
それを明確に自覚したのはつい先程の事だ。
『異種族』との深い溝、高い壁。『人間』が始めた差別の連鎖。
知性を持つ両種は、区別を求める性質は、『異物』を嫌い排除する。そこに『個』へ対する感情など意味を持たない。
(俺は………『異物』だ)
怖い。
皆と違うことが、皆の知るモノと違うことが。
怖い。
俺が彼らと違うことが、俺が知る皆が俺を知らないことが。
「………怖ぇなぁ」
皆に、『異』と見なされることが。
違う存在として見られることが、拒絶されることが、その場所に居られないことが。
だから、俺は目を背ける。
今まで無自覚にそうしてきたように、
瞼を閉じて、触れなければいけない意識の底に蓋をして。
思考を投げ出し眠りにつく。
俺は、弱い。
夜ってマイナス思考に陥りがちだから




