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187話 魔女裁判

「ふぅ……」


 迫る斧を『隔絶空間』に強制収容すると、持ち主である女がその場に座り込んだ姿に戦いの決着を見た。

 同じように背後で座り込む『鬼人族(オーガ)』の少女が無事なのを確認すると、安堵の息を吐きながら剣を収める。



「サクラちゃん!?」

「……エミル?」


 決着はついたものの、さてどうしたものかと考えていると。この状況を何とかしてくれそうな人物がサクラと呼ばれた少女へと駆け寄る。



「ナナシさん!!」

「ワルイガ!!」


 どうやら唯火と朱音も付いてきたようだ。見知った顔にさらに安堵する。

 里に入って早々、文字通り理不尽に放り投げられた俺を心配してくれたのだろうか。二人は鬼気迫る表情でこちらへと駆け寄り。



「貞操は!?無事ですか!?」

「服……は着てるわね」

「……何の心配してるんだ?」



 間に合ったみたい、とよくわからない安堵をされこちらとして反応に困っていると。


「……異種族の方と戦ったんですか?」

「家がめちゃくちゃじゃない」


 ようやく周囲へと意識が向きだしたのか、崩れた家屋を見て驚いた様子の二人。

 もっとも、破壊されているのは戦斧の使い手が初撃で倒壊させた家だけ。うまく受け流してやり過ごしたのが功を奏したという結果だろう。


 だが、それを知るのは俺だけで、



「あなた……応戦したの……?『鬼人族(オーガ)』の人たちの住まいを壊してまで?」

(そう、見えるよな……)


 サクラと呼ばれた少女に寄り添いながら、二人と同じように破壊された家屋に目を向けているエミルが目に入った時から嫌な予感はしていたが、的中したらしい。

 逃げ回っていた時に最も懸念していた事態だ。



「ま、待ってください!ナナシさん、大勢の人に追われていたんですよね?いくら何でも、そのまま何もせずに受け入れろなんてあんまりじゃないですか!?」

「そうよ!もし捕まっていたら問答無用で殺されていたのかもしれないのよ?」

「ここは異種族が身を寄せ合う『交錯の里』です」



 そう突き放すように言う様は。話し合いの余地など無いと、端的に告げていた。


「どうあれ、この里で『人間』が剣を取り私たちに危害を加えようとした。それが事実になってしまうんです」


 この溝だ。

『人間』に対して常に燻っている怨嗟。それは時として論理的な思考を放棄させ端的で種にとって合理的な裁きによって事態の収拾とする。


(魔女裁判ってやつか)


 もとより人間の俺が里の中で存在を許容されること自体無理な話だったのだろう。



「……こういう結果になってしまった以上、あなたを里に招き入れるわけにはいきません」

「そんな……」

「あのウサギのおっさんが言う通りだったってわけ……?」

「今なら、飛川さんもまだ本格的に『獣人種(ブルート)』の人達を動かすまで時間がかかります」

「何の話か、いまいち飲み込めないが―――」


 別に身に覚えのない『人間(同族)』の罪を俺が申し訳なく思うわけでもないが、多分俺には彼らを責めるような資格も義理もない。


「俺が早いとこ里から出れば済む話だろ?」

「……そう、なります」


 どうしたって寄り添いあえない相手はいるものだ。

『異種族』ともなればなおさら。世界が変わってまだ一年と経たない年月では、この深い溝は、高い壁はどうにかできるはずもない。


「兄者……?」

「フユミちゃん……と、あんたは」


 唯火たちのあと、遅れてきたフユミちゃん。そして面識のある顔。


「ダイギリだ。また会ったな?早速借りを……と言いたいところだが」

「機会があるかはわからないがまた今度にしてくれ。俺はもうこの里を出る」

「みたいだな。ちっ。ぶん投げたのはしくったか」

「お前が投げたのか」


 あんな怪力の持ち主そうそういるとも思えないから想像はついていたが。

 だからと言って恨みはしない。多分、遅かれ早かれ同じような状況になっていたと思う。


「……やっぱあいつに勝ったのか」

「あいつ?」

「あそこでボケーっと座り腐ってる女だよ」

「まぁ、剣を抜いたのは事実だから食い下がるつもりはないけど、俺は誰も傷つけてないぞ」

「ふーん……」


 さして興味なさそうに、というかすでに分かっている事実を聞き流すような適当な返事。

 それきりダイギリは言葉をつなぐことはなかった。


「ま、とにかく長居は禁物だ。多分、あまり時間もないんだろ?」

「ええ。もう少しすれば、あなたを『異種狩り』とみなした討伐隊が結成されてここまでくると思う」

「ナナシさん……」


 いかにも不服そうに眉をしかめこちらを見る唯火の視線を受けながら『隔絶空間』を開く。


「唯火。荷物はいくつか置いていく。食料は少しもらっていってもいいか?」

「は、はい……全部持って行ってもらっても大丈夫ですけど……」

「いや、せっかくだ。里の人たちにお近づきの印として土産にしとけ」

「あんた、そんな呑気なこと言って……」


 取り出した荷物を分け終えると再び『隔絶空間』へと収納。


「唯火。朱音。俺は里を出てしばらくこの山に滞在する……それがいつまでかはわからないけど、フユミちゃんのこと、頼んだぞ」

「ちょっと!そんなアバウトな!連絡手段もないのにこんな山奥でいきなり別行動って」

「よっぽどの事が無い限り、里からそう離れたところにはいかないさ。それになにか用事がある時は二人で里の外に出ればいいだろ?そうだな……朝8時、12時、17時頃には毎日三十分程度キャンプついでに狼煙を上げるからそれを目印に会いに来てくれ」

「……兄者。もしかしてこうなることを予期してたの?」

「一つの可能性としてな」


 なるべくエミルには聞こえないように四人で顔を寄せ合い伝えたいことを伝えると。


「っと、そうだ」


 最後にもう一度『隔絶空間』を開き、先ほど強制的に収容した戦斧を出現させる。

 もうすでに付与された闘気は一かけらも纏ってはいなかった。


「エミル。この斧、あそこにいる『鬼人族(オーガ)』の女性が使っていた斧だ。返しておいてやってくれ」

「……確かに、キキョウさんの斧ね……サクラちゃん、お願いできる?」

「ぇ……は、はい……」


 あの人はキキョウさんっていうのか。

 好戦的な種族の性か、敗北ともとれるこの決着にショックを受けているのかいまだ呆けた様子だ。

 外傷はないから放っておいても大丈夫だろうけど。



「じゃあ、行きましょう」



 そう言うとエミルは背中を向け先導しだす。


「ん?なんだ?見送りしてくれるなんて」

「……そうじゃない。里から出るのにも結界は妨げになる。一部の術者が居なければ外に出ることもできないの」

「そういうことか」

「二人は私が戻るまで、サクラちゃんとキキョウさんを頼みます」


 彼女の背を追うために歩き出すと、唯火たちも付いてくる気配があったのでやんわりと断る。


「一緒にいるところを見られない方が良い。ここで別れよう」

「そう、ですね……」

「唯火。別に今生の別れでもないんだから」

「色々落ち着いたら会いに来てくれ」

「フユのために、済まない」

「そう気負われてもな……二人とも、ハルミちゃんが目覚めたらよろしく言っておいてくれ」


 フユミちゃんの言葉に苦笑いしつつ、


「?」

「ひゃ!ぅ……」


 視線を感じたのでそちらを見ると、サクラという女の子と目が合い。

 その瞬間小動物のように唯火達の後ろへと隠れてしまった。


(里に入る前のエミルみたいだな)


 ホームに戻ったことで多少警戒心が緩んだのか、エミルが俺に対し見せていた怯えた様子はすっかりと鳴りを潜めている。

 だがこの反応を見るに、今度は彼女に恐怖心と警戒心を植え付けてしまったようだ。


(ま。流石に慣れたもんだけど)


 里中の異種族に敵意を向けられたばかりの今、俺を嫌う人物が一人や二人増えたところで大した問題でもなかった。



「じゃ。しばらく別行動ってことで。二人ともよろしくな」

「あんたも気を付けなさいよ。自覚ないでしょうけど目立つんだから」

「あとでちゃんとハルにも会えるようにしておく」

「……」


 それぞれに餞別の言葉をかけてくれるが、唯火は不服な様子のまま一向に口を開かない。


(……そういや。会ってから、ずっと一緒だったような気がするな)


 廃棄区画で初めて会った時から、一日たりとも顔を見ない日はなかったと思う。


(……)


 なるほど。

 そう考えると……彼女も同じような寂しさみたいなものを感じているのかもしれないな。



「唯火」

「……はい」



 気を付けて、とおざなりな見送りの言葉を告げようとする彼女に。


()()あったら、すぐに行く」

「……?……は、ぃ」


 ガントレットを纏わない右腕掲げ拳を突き出した。


「……あ。はいっ…………はいっ!」


 慌てたように、唯火も同じく拳をこちらに向かって突き出す。

 顔からは曇った表情は消えていた。




 ・・・・・




 自分でもぶすっとした態度が顔に出たのを自覚して、そして現金なものでそれが一瞬のうちに締まりのないモノへと変わるのを感じた。


「じゃあ、またな」


 そんな私の顔を見届けると、満足げに頷いてエミルさんの後を追って遠ざかる背中。


「安心させるためなんでしょうけど、あいつも無責任なこと言うわね」

「………」

「連絡なんて取れないってのに、あんなヒーローみたいなこと言っちゃって」

「………ふふっ」

「どうしたの?唯火。変ににやけて……」


 朱音ちゃんの指摘に、大事に握り込んだ右手を引っ込め隠す。


「へっ!?私、に、にやけてた?」

「うん。さっきまでムスーっとしてたのに」


 い、いけない。

 余り浮かれてもいられないというのに。


「…………にへ」

「ど、どうしたの?本当に」


 暗示するような遠回しなメッセージ。

 なぜだか私にはそれがとてもうれしくて、ゆるぎない何かがその間にはあると実感できるような気がして、どうしても頬が緩んでしまった。


 この感情にはきっと明確な名前があって私もそれを知っている。

 けれど、それすらも押しのけてこの胸中を支配する私の欲求は、


『あの人に認められたい』


 だからそんな人と秘密や何かを共有するということ自体が、自分の中の承認欲求と自己肯定感を満たしてくれる。

 浅ましい事と自覚しながらも、


「姉者。お顔がゆるゆる」

「ダメね、これ……とりあえずあたしはエミルが戻るまでキキョウさんとお話してみます」


 やはり、口元が緩むのを止められなかった。




 ・・・・・




「ここなら人目につかないでしょう」

「悪いな。爺さんに書状まで書いてもらっといてこんなザマで」


 言う通り、周囲の気配を探ってもまるで人気のない里の端までくるとエミルに謝罪する。


「別に………私としてはホッとしてるくらいだし」

「ははっ。そうか」


 この子の毒にもずいぶんと慣れた。

 爺さんの結界内に誘われた時に比べればかわいいものだ。


「■■■■■」


 里に入る時同様、謎の発音を口にすると結界が部分的に可視化される。


「これで外へ出られる。人目につかないうちに早く―――」

「なぁ。爺さんの書状。なんて書いてあるんだ?」

「…………はぁ?」


 さっさと俺を追い出そうとするエミルの言葉に割り込むと不機嫌そうな疑問符を吐く。


「あなた。私がこの事態を誘発させたとでも言いたいの?」

「あーいや。そう取られるかもしれないがそうじゃない。ただ、なんとなく、さ」

「…………」


 不満顔のまま懐から書状を取り出す。


「別にあなたを貶めようとする内容なんて書かれていない。ただ里に―――」


 文句を漏らしながら、書状の留め紐をほどき紙面を広げ検めると。


「………これ、って」

「ふむ。なになに……?」



『名をワルイガ=ナナシ。この者は人間なれど我々異種族に仇成す『異種狩り』にあらず。また、山間の生態系においても害となる者にもあらず。故に、里外でその姿を捉えても不干渉を通すものとする』



 その文面には、『人間の俺を里で受け入れる』ように促し推す文言などは一切書かれていなかった。


「これ………この内容じゃ、『人間』が里の中に居れるわけない………それを承諾する『ご意見番』の意思が書かれていないもの」

(ホント。食えない爺さんだ)


 反応を見るに彼女も知らなかったのだろう。

 書いているところを見ていなかったのか、書いてる時とは文章が変わるようなカラクリでも仕掛けたのか。いずれにせよこの書状では俺がこの里に身を置くことに対して何の後押しにもならない。


「あなた………気づいていたの?」

「いや?なんとなく、どんな風に書かれているのか気になっただけだ」


 垣間見た異種族との溝。

 そして何となくそこから爺さんの隠すものが頭をよぎり、彼の書いたという書状が気になっただけ。

 そしてその内容は、


『お前に害の無いのは認めてやる。だが、種の壁を超えるには力足らずだ』


 そんな風に言われている気もしないでもない。



「えっ……でも待って………頭の悪いダイギリはともかく、飛川さんはあの時………」

「どうした?」


 さっきも聞いたような人名をこぼしながらの思案顔。

 少しの間紙面を撫でながら目を伏せていると、



「………いえ。なんでもない」

「そうか」



 言葉に裏があるのは明白だが俺が干渉できることでもなさそうだ。


「けど、結果的に助かったな。里の外では異種族の人たちに襲われないで済む」

「そんな、山賊みたいに言わないで。………あなたたち人間の脅威と悪意が、私たちに武器を握らせるの」


 それっきり、結界外への道を譲るように背を向け喋らなくなってしまった。

 もう、交わす言葉もないらしい。


「それじゃあ、世話になったな。フユミちゃん()はとてもいい子なんだ。里に溶け込めるよう、力になってやってくれ」

「………言われなくてもそうする」

「唯火は問題ないだろうけど、朱音とも仲良くしてやってくれ」

「…………」



 返事はなかった。

 嫌だと言われなかっただけでも良しとしよう。






「………ぁ、あのっ!」


 背を向け無理やり視界から外した青年が、背後で連れの少女たちを案じ懇願するのを聞き終えると。

 半ば困惑した様に呼び止める。


 が、



「………いない」



 残されたのは、波紋が広がる綻びた結界のみ。

 里内の物音は結界によって遮断される。少女の声は届くことはなかった。



「………戻ろう」



『人間』が里に侵入したこの事件の収拾へと無理やり頭を切り替える。


 そうすることで、生まれ始めた心のしこりを、

 エルフの少女は誤魔化した。

出ていくんかーい

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