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186話 闘気戦斧

(ここは……また雰囲気変わったな)


 血の気の多い里の人たちの怒声を背後に聞きながら、入ってきた方角へ向かう。

 あまり目立った身体能力を見せないよう平面に。続々と湧き出てくる住民を躱しながらなので自然と遠回りになるその道で、


「……『鬼人族(オーガ)』の人たちが暮らす区画ってとこか」


 赤みがかった褐色肌に角を生やした人たちが散見される場所へと来ていた。

 ここまでの道程で、里の中でも種族ごとに密集する区画があるのはなんとなく察した。

 この場所は、『鬼人族(オーガ)』達の場所なのだろう。

 種族ごとで微妙に異なる生活様式に合わせた街並み。同じ里の中でも少し移動すれば文化の違いが出てくる様子は、こんな状況でもなかったらゆっくりと観光気分で歩いてみたいものだ。


「……そのためにも、今は長居はしない方がよさそうだな」


 あの銭湯のような場所から変わらず追いかけてくる『鬼人族(オーガ)』の女性たち。

 彼女たちから感じる殺気はおよそ弱者に出せるような代物ではなく、昨晩川原で襲撃してきたダイギリと同等まではいかないものの、おそらくその取り巻きっぽい三人より軒並み高い戦闘力をもつだろう。


(そこら中から気配を感じる)


 この区画には、それと同等の気配がうようよしている。

 実力者程、その気配を悟らせないという見方もあるが、種族の特性か、気質か。彼らは闘争心をむき出しにそれらを一切隠すことなくぶつけてきている。

 その闘気の質は間違いなく強者、実力と自信からくる力の発露なのだろう。


(流石に、このレベルの相手がこれ以上増えると何らかの対処を迫られる)


 そうなってしまう前に速いところこの区画を抜けてしまおう。


(……『隠密』)


 意図的な気配の希釈。薄めた気配のまま建物を縫うように進めば―――



「いたぞ!こっちだ!」

「でかした!待ちなぁ!」

「気配を消せるようだけど、『獣人種(ブルート)』の嗅覚を舐めるな!」

(やっぱり無理か)



 逃走開始から『隠密』は発動しているが彼らの言うところの『ブルート』。

 恐らく追いかける集団の中にいる、獣のような特徴を持つ種族の人たちだろう。言葉通り、その嗅覚でこちらの存在を嗅ぎ付けてくる。

 試しに『隠密』の精度を小刻みに調整してかく乱しても、俺の匂いを憶えられたのか一切効果がない。


「解毒剤の作りかけでもあればな……」


 マンティコアに試したように匂いのキツイあれをばら撒いて混乱させられたかもしれない。

 それか、さらに匂いがついて余計見つかりやすくなるか。


 そんな考え事を漏らして、家屋の隙間を走っていると―――



「「「『異種狩り』!覚悟ぉ!」」」

「ん?」



 頭上から影が落ち、足元を暗くする。声の主は三人、見上げた影も三人。

 それぞれ筋骨隆々のシルエット。

 落下しながら振り下ろされる大太刀―――


「「「ぉわっ!?」」」


 それらをまとめて展開した羽衣でトランポリンのように受け止める。


「奇襲で声かける奴があるか。あと、この狭い隙間に長い得物での三連奇襲。味方を斬るぞ」

「うわー!なんだこれ!」

「布!?なのにメチャクチャ丈夫!?」

「ダイギリー!ダイギリを呼んでこーい!」

「「この状況で誰が呼ぶんだよ!?」」


(あぁ、この三人昨日の……)


 どこかで聞いたことある声だと思ったら、聞き覚えのある名前と気の抜けたやり取りで思い出した。ダイギリが率いていた『鬼人族(オーガ)』三人組だ。



「ちょうどいい。障害物になっててくれ」


 羽衣を収縮させ解放すると、狭いその場に折り重なるように詰めて置き去りにし先を行く。

 あの巨体が後続の邪魔になってくれるだろう。


「おい!どけって!」

「いや、挟まって……」

「あ!あんま力入れると家が壊れるって!」

「少しくらい大丈夫だって!」

「アホか!だめだって!ここは―――」


 何やら背後でずいぶんと賑やかなやりとり、あまり騒がれると人が集まるからやめてほしい。

 対処の仕方を間違えたかとほんの少し後悔していると、


「! 敵意……!」


 建屋の壁の向こう側。

 何者かの怒号、空を裂く轟音、放たれた何か。それが建物を破壊しながら―――


「―――斧?」


 強烈な気配を纏いながら鼻先を横切る圧。それは投擲された大きな斧、その威のまま隣接した壁を破壊し尚も進んでいる様だ。


「……え?」


 腕に、何かの感触。

 同時に引き寄せられる。


「!」

「あーあー。あたしの家がめちゃくちゃじゃないか」


 その勢いのまま側頭を殴りつけられ首が跳ねた。


「……硬いね」


 即座に顔面、額を驚異的な握力で握られ。


「潰すよ」


 足元へと後頭部から沈められる。

 石畳を砕く鈍い音が鼓膜に直接響いた。


「!? どうにも、おかしい、ねぇっ!!」


 握力が強まると、無造作に投げ捨てられる。

 投擲された斧が作り出す破壊された道を飛ぶように運ばれる中。



(……気配が感知できなかった?)



 今の襲撃者、攻撃を受けながら観察した肉体的特徴、声質から女。そしてその種族は『鬼人族(オーガ)』。

 何より腕を掴まれるまで接近に気づけなかった。


(なんか妙だな)


 勘のような曖昧さにはなるが、見た感じ気配を絶つような芸当を用いるタイプではない気がする。

 先に『鬼人族』の闘争心をむき出しにした様子を見たことによる先入観かも知れないが。


(……いや、相手にするな。今はエミル達と合流するんだ)


 僅かながら興味の琴線に触れるが、飛ばされる体を地に足をついて静止させるとすぐに本来の目的へと舵を取り直す。

 幸い打撃によるダメージも、常人なら頭蓋が割れるほどの衝撃によるダメージも無い。

 が、


「……来る」


 先程のと同質の気配。今度こそ女のものと思ったが。


「斧か!」


 飛ばされた方角からの斧の投擲。

 最小に体を逸らし回避。瞬間、気づく違和感。


(なんで斧が飛んでった反対側からまた投擲が来るんだ?)


 予備の武器でもあったか?でも、あんな大きなものもう一本持っているようには見えなかった。



「―――不思議かい?()()斧が、何度も同じところから飛ぶのが」

「……随分と物持ちが良いな」



 破壊された家屋が吐き出す埃から覗く影は、その肩に斧を担いでいた。




 名:?

 レベル:94

 種族:鬼人族(オーガ)

 性別:女

 MP:5050/5200

 攻撃力:2705

 防御力:2130

 素早さ:2760

 知力:1500

 精神力:1830

 器用:160

 運:25


 状態:ふつう

 称号:なし


 職業:

 上級

練気闘士(れんきとうし)


 所有スキル:

 《鬼人の加護LV.6》

 《闘気強化LV.4》

 《闘気付与LV.5》

 《闘気操作LV.4》




「【練気闘士(れんきとうし)】。初めて見る職業(ジョブ)だな」

「! あんた……何故それを?どうしてわかった?」


 俺が零した言葉に警戒の色を強くする。

 担いだ斧を油断なく持ち直し、


「まさか、【鑑定士】?けど、こめかみを思いっきりぶん殴っても、頭を砕くつもりで叩き付けてもケロッとしてる防御力。不可視の状態から斧を回避する勘と俊敏性……」


 妖艶、ともとれる笑みを口の端に浮かべると。


「どうにも読めないね……()()()の方は、どうなんだろうね?」

「……追ってくる人たちにも散々言ったが、戦うつもりはないんだ」


 闘気を練りながら間合いを詰めてくる。

 言外に、『力』を見せろと言っているような気がするが、里の住人と刃を交えるわけにはいかなかった。


「『異種狩り』の言葉なんて信じる奴はいないさ」

「エミルの連れ、何だけどな……」

「はんっ!どこでその名を聞いたか知らないけど、それこそ信じられないね。今さっきまで一緒にいたけど何の話も聞いていない」


 さっきまで?ということは……


「エルフの少女エミル。その娘は、ハーフエルフの少女、篝 唯火。同じく、フユミと名乗る小さな女の子。そして、暮 朱音という二つ縛りの少女を連れていただろ?」

「……やけに、詳しいじゃないか」


 良かった。唯火達とも面識があるようだ。この切り口で行けば―――


「尚の事。あんたを見逃す理由はないね。ここで逃がせばあの子たちに危害が及びかねない」


 逆効果だったようだ。


「聞いてくれ。エミルが、彼女の祖父に書いてもらった『書状』がある。それを―――」

「くどいよ!どうしても対話を望むなら、あたしの戦意を挫いてみな!」


 そう言って斧を振りかぶると、【闘気付与】のスキル効果か、体に纏う可視化された闘気が斧全体へと移り変わる。


「分かるんだろう?この状態が何を意味するか?」

「……スキルで練った闘気とやら。そのすべてをその斧に宿らせた」

「そうだよ。つまり『渾身』ってわけさ」


 女本人の肉体から気配が薄れ、凝縮された強烈な気配が斧に宿る。

 先の、気配を感知できなかったカラクリもこの仕様に準拠した現象なのだろう。


「そして、あたしの手元を離れてなお『闘気』を供給し続けられ、それを纏ったこいつはあたしに操作されてあんたに追従し続ける!つまり」

「俺が死ぬか、あんたの『闘気』とやらが底を尽きて力尽きるまで追いかけてくるってことか」

「そう言うこと。どうも、命を懸けないとあんたはどうにかできそうにもないんでね」


 斧が手元に戻る理屈はそれか。

 徹底的にこちらの逃げ道を潰してきたな。


「ここにある家全部壊す気か?」

「『異種狩り』の始末が最優先。家はまた直しゃいいが、連れ去られた仲間は戻らない」


 あんたを追うメンバーも住民もすでに避難させてある、と続け。


「もし、こいつが放たれた後。あんたが息してたら、少しは話を聞いてやるさ」

(……もう、話し合いの余地もないな)


 彼女の目の奥に燃えるもの。毛色は違うが見たことがある、戦いに愉悦を見出す目だ。

 シキミヤも似たような趣向の持ち主だった。こういう手合いはその欲求を満たしてやらない限り自分の矛を収めることはしない。


「……名前」

「ん?」

「『異種狩り』にしちゃ、人間にしちゃ骨がありそうだからね。死ぬ前に名前くらい聞いておきたいのさ」

「……ワルイガ=ナナシ」


 名乗るとともに『隔絶空間』から剣とガントレットを装備箇所へと出現させる。


「!? 妙なスキルだね、名前と言い……面白いじゃないか」

(さて、どうしたものかな)


 先程の投擲で破壊された家屋を見るに、闘気を付与されたあの斧はとてつもない攻撃力を秘めている。

 見切るのは容易いが、止めるのは困難。ガントレットで受けても諸共破壊されるかもしれない。


(高い身体能力に、【錬気闘士】のスキル)


 ダイギリは攻撃力に特化した、怪力任せの強さだったが。

 彼女は奴ほどの怪力はないにしても、それに近しいものを持ちながら『闘気』を操るという技巧。


(異種族の人たちは、実力者が多いな)

「喰らいなぁっ!!」


 心中で感心していると、さっきまでよりもより強大な気配を纏い、その手を離れる斧。

 さっきまでよりも数段速くその存在感と圧。とても真正面から受ける気にはなれなかった。


(少し、時間を稼ぐか)


 速いと言っても見切れないほどのものではない。

 回転し空を裂く刃を見切り、こちらの肉を裂くタイミングでその切っ先を剣の腹へと滑らせ、


「はっ!大した度胸と技量じゃないか!流すとはね!」

(重い……!)


 衝撃を一切通さず受け流したつもりだったが、纏う闘気が掠めると得体の知れない重圧に押しつぶされそうになる。


「けど、いつまで持つかな?」


 先の宣言通り、流され宙高く舞った斧はその速度を殺すことなく大きな弧を描き再びこちらへと向かってきた。


(小回りは利かないみたいだな)


 縦横無尽に細かな操作ができたとしたら相当厄介だったが、これなら次撃に備えることは十分可能。


(とはいえ、長期戦は避けたい……)


 わが身可愛さもあるが、彼らの住まう住居をこの闘争で破壊してしまうのは忍びない。

 何より、彼女の口ぶりからするにこの攻撃には術者にも大きなリスクがある。

『闘気』を流し続けるということがどういうことを意味するのか。恐らくMPとはまた切り離されたそれが枯渇するとその果てにどうなるのか。


「さぁ、次だよ!!」


 吠えながらも、額に球の汗をかくその様子を見ればある程度察しがついた。


「っ! まだ、まだぁ!」


 俺にとってこの不毛な戦いをどう終わらせるか。

 その思考を練りながら重さと鋭さを増していく戦斧を受け流してゆく。

 その度、彼女に残された時間は目減りしているはずだ。


(『物核探知』で斧を砕くか?)


 いや、見切って核を叩く自体は可能だ。だけどあの纏った『闘気』。

 破壊力の増強だけでなく、『闘気』そのものにも相当な防御力がある。間合いに入った一瞬だけでそれを突破するのは難しい。


「ちぃっ!粘る、ねぇっ!さっさと、粉々になっちまいな!」

「そっちも、この『闘気』。消してくれないか?」


 この纏った『闘気』さえ消えてしまえば――――



「……『消す』」



 そうだ、その手があった。

 何度も斧が戻って来るからこの戦いが続くんだ。攻撃手段があるから彼女は命を削るんだ。


(だったら、その対象を消しちまえばいい)


 最良の打開策。

 気付きに一瞬心が沸く。

 微かな昂りを感じつつも、迫る斧を家屋の無い位置へと受け流す。


 その昂りと、策実行への開始動作、思考の加速が―――




「キキョウさん!!応援に来ました!!」




 周囲への注意を散漫にした。


「サクラ!!?」

「―――えっ?」


(流れた軌道上に女の子!?)



 明らかに場慣れしていない立ち振る舞い。

 声を上げた術者は即座に対応。闘気を操作し軌道を逸らそうとするが。


(間に合わない!)


 咄嗟に大きな軌道修正は不可。

 既に先刻その事実を確認済みな俺は、操作開始よりも早く渾身で地を蹴っていた。



「ひっ!?」

「! あ、あんたなんのつも……!」



『高速走法』の速力で斧を追い抜きその先に立ちすくむ少女の前へと立つ。

 聞こえた短い悲鳴は、迫る斧へ対してか、突然眼前に姿を現した『人間』の俺に対するものか。


「―――心配するな」

「ふ、ぇ?」


 この刹那に、腰を抜かし目を背けたこの子が今の動きを視認できたとは思えない。恐らく前者の理由からの恐怖だろうと判断しおざなりな言葉を投げかけ、


「サクラァ!!」


 同胞を案じる悲痛な呼び声を聞きながら、唸りを上げる斧へと振り返ると―――





(『隔絶空間』)





「……え?えっ?」

「斧が……消え、て……?」



 通るはずだった軌道上に、纏っていた『闘気』の名残だけが流れ。


「……うまくいったな」


 破壊の斧はその姿を別の次元へと姿を消した。


「………」


 その持ち主である『鬼人族(オーガ)』の女性は、呆けたように辺りを見渡した後。

 霧散した『闘気』が生んだ風になびかれる俺と少女の方に視線を移すと。



「負け……た?」



 やはり呆けた様な表情で、その場にへたり込んでしまった。

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