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185話 カルチャーショック

「はーーっ……こうして見ると、なんていうか、御伽の国に迷い込んだみたいですね」

「ウサギ……だけじゃなくて猫、犬……ハーフエルフっぽい人もいるわね」

「朱音。『異種族』の人たちを動物の種類で呼称しない」


 エミルさんの案内で里の入り口から皆連れ立って移動すると、開けた広場に出る。

 道中目に入る建造物のほとんどが木造のモダンな建物ばかりでなんとなく落ち着いた雰囲気だったけど、広場に出るとまた雰囲気は違った。


「エミルさん、あの小さい方たちは?」

「はい?……あぁ、『小人族(ドワーフ)』の職人たちですね」


 木材だけでなく、一部に鉄筋が使われたその建物の軒下に集まる背丈の低い人たち。

 エミルさんの言葉を聞いて納得するとともに少しだけ心が躍った。


「聞いたことあります!漫画とか映画とかで!手先が器用な方たちなんですよね?」

「あそこの人たちはそうですけど、みんながみんなそういうわけでもないですよ。そういうのは結局『職業(ジョブ)』に左右されますから」


 そういうものなのか。

 そう言われてみるとナナシさんといた公園の皆さんも腕利きの職人さんばかりだったけど、『小人族(ドワーフ)』の人は一人もおらず、皆人間だった。


「お店みたいな装いですけど、お金の取引ってあるんですか?」


 街ではまだ通貨の取引が機能していたようだけど、ギルドに身を置く『攻略勢(ペネトレイター)』の人たちと、『探求勢(シーカー)』は魔石などの物資で物々交換も行っていた。


「お金の類はここにはないです。基本的には物々交換というか……例えば、そこの職人のお店は何か作ってほしい、売ってほしいものがあればその素材を持ち込んで、引き換えに現品を受け取って。余剰の素材を彼ら自身の報酬として引き取ったりしていますね」


 個人、場所によってそのやり方は異なるとの事らしい。


「価値基準がわかりずらいシステムね。トラブルの種にはならないの?」

「『人間』の社会であればそんな浅ましい事を目論む者もいるでしょうけど、ここはそんな『人間』から身を隠す『異種族』助け合って暮らしてる。そんなトラブルは今のところ一度も起きてない」

「………そう」


 少しはエミルさんと朱音ちゃんの距離が近くなったとも思ったけど、今の刺々しい言葉を聞くとやはり彼女の人間嫌いはそう単純なものではないらしいことがわかる。

 朱音ちゃんもそれを察してか、『異種族』に扮している手前か、噛みつくことはしなかった。


「まぁ、あくまで今のところは、だ」


 成り行きでついてきたダイギリさんが口を開く。


「脳みそついて生きてりゃ、いろんな人格の奴が出来上がる。別に『人間』の肩を持つわけじゃねぇけど、俺達『異種族』だってそんなおキレイで高尚な存在じゃねぇ」

「またあなたはそういう―――」

「『人間』を憎むばっかで、自分らの事が疎かになってちゃ世話ねぇって言ってるんだよ」


 彼の言葉に悔し気に口を結ぶエミルさん。

 そのやり取りに里に来る道中でナナシさんが彼女に投げた言葉を思い出す。



『……『人間()』を気にするのも結構だけど。大事な同族への配慮が疎かになっているんじゃないか?』



 あの時は疲弊していたフユミちゃんを指したものだったけど、ダイギリさんが言うのは同じなようで、もっと別の何かのような気もする。

 恐らく、その何かの片鱗をあの人も感じ取ったからこその似た言葉なのかもしれない。



「エミル!帰ったのかい?」



 二人の間に険悪な雰囲気が流れ始まると、その空気を霧散させるように快活なよく通る声が響く。


「げ」

「……キキョウさん」


 声の主を振り返ると、そこには一人の女性。


「ダイ坊の尻拭いだって言ってたけど、もう終わらせてきたのかい?流石できる女は違うね」

「いえ……その事は、ちょっと」

「? なんだ、歯切れが悪いじゃないか?」


 赤みがかった褐色の肌。恐らく種族としての特性だろうか。

 肩も腹も出したその開放的な恰好と話しぶりから彼女が豪快な人物であると想像でき、お団子に束ねた髪型その印象を強めている。

 そしてその体のどのパーツを見てもぎっちりと引き締まっていて、トップアスリートのような美しさ。

 なにより特徴的なのが――――


「唯火。あのお姉さんも『鬼人族(オーガ)』、よね?」

「うん、多分……」


 ダイギリさん同様、髪の生え際に生えた二対の角。


「……ん?なんだい?その子たち。見ない顔だけど、ダイ坊。あんたの彼女?」


 私達の視線に気づいたのか、こちらを見るとそんなことを言いだし。


「ちげーよ。つか興味ねぇ」

「はーっ!だよねぇ。こんなかわいい子たちがあんたみたいな喧嘩馬鹿相手にするわけないわ」

「馬鹿を付けんな。『大将』とかにしろ、泣かすぞ?」

「女に手もあげらんないようなヘタレが言うんじゃないよ」

「………ちっ」

「キキョウさん。こちら、唯火さん。と……朱音、さん」


 舌打ちをしたきりそっぽを向いてしまう姿をからかうように笑うキキョウさん。

 それを収めるようにエミルさんが私たちを紹介してくれる。


「どうも、初めまして。篝 唯火ともうします」

「あたしは、暮 朱音っていいます」

「ん!あたしはキキョウって者だ」

「お二人とも、『里』を頼って森をさまよっていたのを私が見つけたんです」

(……あれ?エミルさんフユミちゃんのこと忘れてる?)


 見ると、エミルさんは外套の影に隠すようにフユミちゃんの前に立っていた。

 フユミちゃん本人もやや不可思議そうに首をかしげる。

 と、



「で?エミルぅ?さっきから何を隠しているんだい?」

「――――あ」



 驚くべき瞬発力でエミルさんに迫りその背後を覗き込む。

 何気ない動作だったけどそれだけでも彼女が強者の部類に入る者だと分かった。


「……えっ?」

「む?」


 そしてフユミちゃんと目が合うと。



「どうも。フユミっていう」

「キャアァアアアァアーー!!!カワイイ―――!!!」



 唐突に、キキョウさんの口からとてつもない大声が上がる。

 それを耳元で聞いたエミルさんの尖った耳は、


「~~~~~ッ!!」


 甲高い音圧に過敏に反応したようで、ツンと上向き鼓膜へのダメージを訴えていた。


「何この子何この子ー!!妖精さんみたいじゃなーい!!」

「……フユはハーフエルフ」


 立ち眩みを起こしたようにその場にへたり込むエミルさんを横に、フユミちゃんを空にかざし抱え上げ恍惚の表情でそれを見つめる。


「エ、エミルさん!」

「信じられない声量ね……ちょっと、大丈夫?」

「み、耳。耳……ついてる?」


 とりあえず状況が呑み込めないまま、大声にあてられた彼女の背中をさする。

 さっきの里中に響くような声を耳元で聞いたのであればこうなるのも無理はない。


「その女、気に入ったガキ見かけるとこうなんだよ」


 キキョウさんの大声を予期していたのか、耳をふさいだ両手を下ろしながら言う。


「……キキョウさんは、カワイイ女の子。特にフユミちゃんくらいの年の子が好きなんです」


 良かった。エミルさん、ちゃんと耳は聞こえているみたい。


「え………あの人って、そういう……?同性が好き的な?」

「そういうわけじゃない。かなり世話やきたがりの面倒見がいい人で、身内に姉妹が居なかったらしく、下の子欲しい願望が異常に強い人なの……」

「な、なるほど………」

「まぁ、あいつは里の中でも顔が利く。気に入られたんならここの暮らしも不自由はねぇだろうよ」


 ダイギリさんの言う通りなのであれば歓迎すべきことなのだろうか。

 空に掲げられながらうるさそうに耳をふさぐフユミちゃんを見ると判断しかねるところではあるが。



「あ、あの………ダイギリ君」

「あ?……なんだ、『女傑隊(アマゾネス)』んとこの下っ端じゃねぇか」



 はしゃぐキキョウさんを眺めるしかなくそうしていると、同じく『鬼人族(オーガ)』の見た目をした女の子が話しかけてくる。


「う、うん。あのね、キキョウさんに用事があってね?」

「あいつに?なんだ、緊急の招集か?」

「何かあったの?サクラちゃん」

「あ。エミルさん。おかえりなさい」


 サクラと呼ばれた『鬼人族(オーガ)』の女の子。

 逞しい美人系のキキョウさんとは正反対な、控えめでカワイイ系と言った印象の彼女は、エミルさんを見ると丁寧にお辞儀をし、律儀に私達へ向けてもそうした。


「あの、里の中に『人間の男』が入り込んだって騒ぎになってて―――」

「「「「………」」」」

「―――そいつはどこだい?サクラ」


 声に振り返ると。

 浮かれた雰囲気は鳴りを潜めフユミちゃんをゆっくりと下ろし、サクラちゃんへと声を発するキキョウさんの姿。

 纏うそれは明らかに闘争の意思だった。


「は、はい!『異種狩り』と思われる対象は今『鬼人郷(きじんがい)』に向けて逃走中です」

「誰かが追っているのかい?」

「非番だったメンバーが十数名程」

「やけに対応が早いね。それに非番のメンバーって……」

「な、なんでも。白昼堂々、『里の湯』で入浴中の皆がいる場所に襲撃を企てたとか」

「「「!」」」


 サクラさんの言葉に、キキョウさん、ダイギリさん、エミルさんの三人は反応を示す。


「人間の男って、ナナシさんの事だよね……」

「しかいないでしょ」

「……兄者、やっぱり騒ぎになってるみたい」


 抱えられて疲れたようにこちらへ駆け寄るフユミちゃんの頭を撫でて労い。


「エミルさん。どういう状況なんでしょう?」


 事情を知る彼女にこっそり問うと、頭痛に耐えるように眉間を揉む仕草を挟みながら。


「えーっと、ですね……要約すると」

「サクラ。あたしをその『覗き魔』の所に案内しな!」

「は、はい!」

「「「……覗き魔?」」」

「彼が、里の皆が使う共同大浴場の女湯に忍び込んだとのことです……」

「「「え」」」


 聞いてもいまいち受け入れられない内容だった。

 朱音ちゃんとフユミちゃんも同じような表情で、


「裸の女を狙うなんて男の風上にも置けない奴だ!生かして返さないよ!」

「キキョウさん!斧、持ってきておきました!」


 サクラさんが背負っていた包み受け取ると、勇ましく駆けだし去ってしまう。


「あ、待って!サクラちゃん!」

「え?は、はいっ?」


 その背中を追おうとした彼女を呼び止め、


「その人間の男を今追っているのは、『鬼人族』の女性陣で間違いないのね?」

「はい。皆、『不埒ものの息の根を止める』って息巻いていて」

「そう……あの、確か……『鬼人族』の女性って―――」


 何か言いよどむエミルさんの言いたいことを察した様な様子でサクラさんが引き継ぐ。


「あ、あははっ。大丈夫ですよ。姉さん方が非力な人間の男に負けるわけないです。なんだか逃げる一方で攻撃の意思を見せない臆病者らしいですし」

「そ、そう……」

「あ!キキョウさん待ってくださーい!」


 そのやり取りを最後に走り去っていってしまった。

 その先には恐らく女湯に忍び込んだ人間の男がいる場所。


「……まずいかも」

「エ、エミルさん!私たちも追いかけましょう!きっと何かの間違いですから!」

「さっきのウサギの飛川さんが言っていたような状況ね。書状を見せればワルイガの潔白も晴れるでしょ」


 急かす私たちをよそにダイギリさんをちらりと見ると。


「……あいつなら『鬼人族』の女が束になっても難なく退けるだろうな」

「はぁ……」

「エミルさん?」


 様子を見るにどうやらあまりよくない状況らしい。


「『鬼人族』の女性なんですが……ダイギリ同様に身体能力が優れていて、高い戦闘力を有しているんです。そして闘争心などの内面にも種族の特性が強く現れていて……」

「ちょっと、今はそれが何の関係があるのよ?」

「早く兄者の所へ行った方が良い」


 更に急かす声に、尚も言いよどむエミルさん。

 頬も微妙に色づき始めて何やら妙な感じだ。


「あ、あの……自分の種を強くするために、より強い血を……自分を負かした異性を、その……」

「「「?」」」


 白い肌が茹だつように赤面させながら、何かに耐えるよう目をぎゅっと閉じ。



「こ、こ、子種を!自分よりも強い男性の子種を激しく求める性質があるんです!!」



 とんでもないことを一気に言い放つ。


「……あいつらが『人間の男』に負けたのなんて見たことねぇから、野郎がもし応戦しちまった場合どうなるかは知らねぇけどな」

「「「………」」」

「まぁ、もしそうなったらなったで都合がいいんじゃねぇのか?飛川さんも『女傑隊(アマゾネス)』には強くでれねぇし。囲われてりゃ『人間』のあいつも安泰―――」

「エミルさん!!」

「は、はいっ!?」


 ふざけた未来予想図を打ち消すように食い掛ると。



「「『鬼人郷(きじんがい)』って何処!!?」」



 その場への案内を求めたのだった。

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