184話 第一印象
「人間だ!『異種狩り』だ!」
ユニオンの元を発ち、山の中で一泊。
その後、里の住人であるエルフの少女に案内され道中ごたごたはあったが、蓋を開けてみれば二日ほどで『交錯の里』へとたどり着くことができた順調な旅路ではあった。
だが、
「違う!いや、人間ではあるけど『異種狩り』なんかじゃない!」
「嘘つきなさい!あんな無防備な場所でいきなりの襲撃!『異種狩り』以外の何だっていうのさ!!」
旅のゴールである里こそが、『人間』である俺にとっては最難関だったようだ。
後ろから追いすがる無数の敵意をむき出しにした『異種族』達を振り返り痛感する。
先頭を走るのは見た目の特徴がダイギリとよく似た女性たち。恐らく『鬼人族』の女性なのだろう。
「それは本当に申し訳ない!」
「本当にそう思っている奴は逃げないだろ!」
俺が里の『異種族』にそう簡単に受け入れられないことは分かってはいたんだ。
だからこそエミルの爺さんに『人間』である俺が里に入れるよう、その旨を綴った書状を書いてもらったんだから。
「武器持って追いかけられたら止まれないって!頼むから話そう!」
「そのすばしっこい足を削ぎ落してから聞いてやるよ!」
だけどその事前の策も……
「ご、『ご意見番』!『ご意見番』に会ったんだ!『エルフ』のエミルが書状を持っている!」
「「「信用できるか!!」」」
周知させるという工程を挟まなければ意味を成さない。
(くそ!そりゃ見ず知らずの人間の言葉なんて信用しないか……)
止まって対話を試みたところで聞く耳を持たないだろうし、迷いなく手に持った武器を振り下ろしてくるだろう。回避なり応戦するなり迫られ彼らを傷つけでもしたら匿ってもらうフユミちゃんや、以前より住まうエミルの立場が悪くなる。
「確か、こっちの方角だったよな」
空から確認した限り、この里は相当広い。広大な土地だ。
飛ばされてその中程まで来たから、『踏破製図』のマッピングは機能していないがとにかく元居た方角へ急ぎ戻らねば。
(うまくエミル達と合流できればいいけど……)
走力任せに突き放しても、どこから嗅ぎ付けてきたのか行く先々でまた新たな『異種族』の人たちがこの鬼ごっこに参加してゆく。このままでは里中の人を引き連れることになってしまう。
「はぁ、なんでこんなことに……」
ケチのつけ始めは、馬鹿力でぶん投げられた事。
それにその後が最も運がなかった。
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(……いいところだ)
眼下のどこか懐かしを感じる風景に率直な感想を漏らすと。
「っと、呑気に見惚れてる場合でもないか」
今自分が置かれた状況を思い出す。
(……目立つところに降りたらまずいよな)
誰だか知らないが、怪力で俺をここまでぶん投げたやつのせいで書状を持つエミルとはぐれてしまった。つまり今の俺は何の免罪符もないただの侵入者。
きっとこの状況で、ここの住人に姿を見られたらそうとしか思われない。
(かといって宙を跳んで戻るのもな……)
あまり手の内、力を見せて警戒されたくもない。
爺さんの書状があったとしても『戦う力のない非力な人間』と思われていた方が俺としても都合がいいし、彼らの精神的な安寧も確保できる。
剣もガントレットもあらかじめ『隔絶空間』に収納しておいた。
「お?あの大きな建物……」
見ると、ほかの建造物に比べひと際大きい建造物。いや、次いでくらいの大きさか。
その煙突が生えた大きな屋根が目に入る。
「あそこに降りよう」
基本的に頭上は死角。あれほどの面積がある屋根の上なら地上から見つかることもないだろう。
『隠密』を意識しながら『無空歩行』で勢いを殺し高度を下げていく。
(やっぱり結構な人数が暮らしていそうだ)
屋根を目指しながら、道行く住人たちを見ると。
(ファンタジー、だな)
かつてこの場所を俺に教えたシキミヤと図らずも同じ感想を持ったことが微妙に不快だった。
けど、短絡的にそう思ってしまうほど眼下の彼らはまさしく『異種族』の風体をしている。
唯火とフユミちゃん達のような特徴的な毛色。エミルのような尖った耳。
それらよりも、より顕著に異形の特徴がその身に現れていた。
(……そろそろ、降りるか)
多少、奇異の視線でそれを眺めている自分に気づき内心反省しながら、十分に勢いを殺したのを確認し大きな屋根へと降り立つ。
勢い余って踏み抜いたら事だからな。
(あとは、人気のないタイミングを見計らって『隠密』で隠れながら移動すれば―――)
屋根へと足を着けその後の行動に意識を向け始めると、
「……は?」
足元が沈む感覚。
直後訪れる浮遊感。
身を隠し、完全に気を抜いていた俺は、
「―――っと!」
不意打ちに、足場だった天井が抜け建物内に落ちるも難なく着地。
(って、ダメだろ!せっかく身を隠したのに)
派手な物音もたててしまった。そして何より建物内部に侵入してしまった。
この着地先に誰もいない事を願いつつ辺りを見渡す、が直ぐにはそこがどんな場所か理解できなかった。
(やけに、湿度が高いな)
視界を埋めるのは、白モヤ。これのせいで屋根が傷んでいたのだろう。
一瞬、エミルの『ブロウミスト』を連想したが湿気の含まれたそれは何のことはない『湯気』だと結論に至る。
というのも―――
「「「「…………」」」」
まぁ、本当は見まわした瞬間から分かってはいた。
だけど、あまりの事態に肝が冷えるどころの話ではなく脳が認識を拒んでいた。
「…………き」
何処からともなく、声が上がる。瞬間的に、やばいと思った。
同時に押し寄せる罪悪感、背徳感、危機感。
なにせここは――――
「「「きゃぁぁああああ!!?」」」
一糸まとわぬ『異種族』の女性しかいない、大きな浴場だった。
・・・・・
「待てぇ!人間!!」
そして今に至る。
「こんなベタな話ってあるか……?」
いや、こんな言い方は失礼だな。
図式は完全に俺が加害者で彼女たちは被害者だ。
今まで必要に迫られ敵を斬ってきたが、ある種それよりも背徳感が強い。この手の倫理観は世界が変わったからと言ってそうそう覆るものでもないのだろう。
だから俺は尚更掴まるわけにはいかなかった。どんなに潔白を証明しようとしても異物の俺が何を言ったところで聞き入れてもらえるはずもない。
(せめて不幸が重なった出来事だと説明させてほしい……)
「『異種狩り』は八つ裂きだぁ!」
里の男性陣も騒ぎを聞きつけ俺を追う集団に合流しだした。ドスの利いた声で物騒なことを言う。
(……やっぱり、俺初対面の人と必ず一悶着起きてるよな?)
以前もふと思ったことがある。自分の初対面の人に地する第一印象が悪すぎるのではないだろうか。こちらの意に反して。
(泣きたくなってきた……)
何にしても、里に顔が利くだろうエミルとの合流が最優先だ。
………仲間たちの反応が怖くもあるが。
その時は、俺をぶん投げたやつに責任を取らせよう。
(前途多難にもほどがあるな)
余りに最悪な里での第一印象を与えてしまった結果に、背後の怒号を聞きつつ盛大な溜息を洩らすと。
少し先の自分を思い、大いに憂いた。




