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183話 交錯の半ば

「―――着きました」


 モンスターを操っているようにも見えた疾走者との遭遇した後、途中休憩を挟みさらに1時間ほど似たような風景の山の中を進むと、唐突にエミルは切り出す。


「着いた、って……」

「それらしいものは見当たりませんけど」

(……いや、確かにあるな)


 朱音と唯火は疑問符を浮かべるが、【次元掌握者(じげんしょうあくしゃ)】の『職業(ジョブ)』の恩恵か目には見えない何かがその空間の先にあるのを俺の感覚は捉えていた。


(その気配にも気づけなかった、エミルや爺さんが使う霧の結界とはまた違う感じ……)


 道端に目を落とすと、茂みに紛れてカモフラージュしてあるが、明らかに人の手が加えられた石の杭のようなものが突き立てられている。

 恐らく、エミルが道中点検していたという結界の媒介というやつだろう。


「■■■■■」


 爺さんが口にしたものと似たような音の言葉を囁くと。


「……どうぞ。これで入れますので」


 そう言って唯火たちに証明する様にその先へ手を伸ばすと、水面に立つ波紋のように眼前の景色をゆがませながら彼女の腕が沈んでゆく。


「ついてきてください」


 迷いなく一歩を踏み出すとその姿は波紋だけを残しその先へと消え跡形もなくなった。


「すごいですね……これが結界」

「ようやく『交錯の里』のお目見えってわけだ」

「ちょっと、怖いわね」

「……大丈夫。触っても何も感じない」


 皆考えることは同じなのか、自然とその境界の前に並んで立つ。


「じゃあ、行こうか」

「はい」

「ええ」

「うん」


 それぞれ答える声を聞くと、里への一歩を踏み出す―――



「!」



 同時に、境界の中から飛び出す何かに胸倉を掴まれ。


(―――腕!?)

「「「えっ?」」」


 引きずり込まれたのち、


「ぅおわっ!?」


 えらい力と勢いで上方へと引き上げられ血流が偏る感覚。

 つまり宙高くへと放り投げられた。


(何だってんだ……!)


 目まぐるしく切り替わる視界に思考が追い付き、数十メートル上空から眼下の景色を見渡すと。



「これが、シェルター……『交錯の里』」



 古びた一般的な平屋の家屋。そしてそれらよりも多く散見される、屋根から何まで木材で建築されたログハウスのような建物がカントリーな雰囲気を醸し出す。電線などの類は見受けられず、面積の十分な緑づいた田畑がところどころに敷かれている。

 山間部で暮らす民族、という連想に至った。


(……いいところだ)


 清新な空気、豊かな土壌。

 一目見た風景で、単純にそう思った。




 ・・・・・




「ちょっとあんた!いきなり放り投げるなんて何のつもりよ!」

「里の前でちんたらしてるから……ん?お前……『異種族』だったのか?」

「ダイギリ!偉そうにしない!あなたに非があるに決まってるじゃない!」

「み、皆さん落ち着いて」

「ごめんなさいごめんなさい!唯火さん!もうホンっと『鬼人族(オーガ)』って喧嘩っ早くて……!」

「いえ、ナナシさんならこのくらい大丈夫ですから」


 兄者が結界内へと引きずり込まれたあと、一瞬だけ呆気にとられはしたがすぐにそれを追うように結界へと三人で飛び込んだ。

 そして『里』へ到着した感慨を感じる間もなく、入って早々目の前に立っていたのは昨晩川原のキャンプ地で襲ってきた『鬼人族(オーガ)』。

 襲撃時のような肥大化した肉体では無く、去り際と同じ姿で何かを空へと投げた様な残身を取っていたのを見て彼が兄者を引きずり込んだことを察する。


「朱音。落ち着け」

「けど、マスター!こいつ……!」

「ダイギリ!謝罪しなさい!」

「どうした?『人間嫌い』のお前が、やけに『人間』の肩持つじゃねぇか?」

「か、彼女は『異種族』でしょう?」

「……ま。()()そうみたいだな」

(……ふむ)


 どうやらダイギリという者は朱音が『人間』であることに気が付いている様だ。

 エミルの祖父に種族騙しの服を譲り受ける前の昨晩に接触したから当然と言えば当然かもしれないが、見た目や話しぶりよりも賢い。

 そしてそれに対し深く追及する気配はなさそうだ。


「いちいち含みのある言い方をしないで。おじいちゃ……『ご意見番』からの書状もあるんだから、余計なことして顔に泥塗るようなことしないで」

「! こいつは驚いたな。あの偏屈爺さんがね……」


 エミルが突き付けるように出した書状を見ると大いに驚いた様子だった。

『偏屈爺さん』と呼称されるあたり、同じ『異種族』間でもあのご老体は中々の変わり者らしい。


「まぁ、だったらなおの事良かっただろ」

「あなた、まだ言う―――」

「『獣人種(ブルート)』の連中が狙ってたって言ってんだよ」

「えっ……?」


 ダイギリの言葉にハッとしたようになると気配を探るように振り返る。

 姉者達と三人してその視線の先を追うと、



「人聞きが悪いね。ダイギリ君」

「ほんとに地獄耳だな。飛川(とびかわ)さん」



 純木造の建屋の物陰から上がる声、現した姿。



「う、うさ……兎?」

「か、かわいい」

「ふむ……まるで童話の世界のようだ」


 ダイギリに『飛川さん』と呼ばれた人物は、衣服から見える肌に部分的な白い毛皮、臀部に飾られたかのようにのぞく短い尾。見た目だけでそのばねの強さがうかがえる獣の脚部のような屈折した足。『人間』の名残のように薄い毛皮がまばらに覆う顔立ち、生やした数本のひげ。同じく名残を残した頭髪、そしてその頭頂から伸びる二対の耳。

 姉者が漏らしたように人の体に動物の『兎』の特徴が発現した姿をしていた。


「あっはっはっは!僕のようなおじさんを捕まえて可愛いとは。若い娘にそんな風に言われると照れてしまうね」

「あっ、すみません。つい」


 愛玩動物に掛けるような言葉を『飛川さん』に掛けてしまったことを謝罪する朱音。

 そう言えば、今は無きユニオンの拠点の朱音が使う部屋に隠すように置いてあった、ウサギのぬいぐるみに似ているような気もする。

 兄者たちが拠点に住むようになってからは、見られるのを恥だと思ったのか一度も見かけてはいなかったが。


「……飛川さん。ダイギリの話は、本当なんですか?」


 彼の和やかな話口調を切るようにエミルが割り込む。

 すると、温和なその印象を崩さないまま、


「エミルちゃんまで、僕が悪者みたいじゃないか……それが『里』のためだろう?」

「そう、ですね。ですが今しがたダイギリが放り投げた『人間』は、『ご意見番』が里へ入ることを許可した者です。どうかご理解いただければ」

「……なるほど」


 同じように書状を見せると、納得したようにうなずき。


「それはそうとは知らずに、早まってしまったね」


 そう言うと、何かに合図する様に手を掲げる。


「! 囲まれて、いたんですね」

「ウサギが……いっぱい」


 結界の境目で待っていたダイギリと言い、どうやらフユたちが里に近づいていたのを知っていたらしい。兄者が掴む腕に反応できなかったのを見るに、結界内部から外部を感知はできるが外側から内部の気配を探るのことはできないのだろう。


「すまないね。驚かせてしまったかな?」

「いえ……なんか、幸せです」

「?」


黒粛(ヘカテ)』の残滓に拠点共々呑まれたあのウサギのぬいぐるみを思い出しているのだろう。飛川さんと同じ風体の彼らに囲まれご満悦そうな朱音。


「ともあれ、同じ『異種族』であるお嬢さん方は元より。『ご意見番』の意向があるなら、あっちに飛んでった彼も受け入れなければね」

「ご協力感謝します」

「ただし」


 ここに来て、声色から温和な雰囲気が消え失せる。


「里の皆全員に伝達するには時間がかかるでしょう……もちろん、『ご意見番』の認めた者。住民に危害を加えるようなこともないでしょうが―――」


 里の者たち(彼ら)は別です、と。


「突然侵入してきた『人間』。それは敵としてしか認識しない事でしょう。そしてしかるべき対応を取る者もいるはずです」

「……」

「けど、それは仕方がありませんよね?()()()()のですから。そして万が一、どんな経緯であれ『人間』が里の者を傷付けでもしたら……分かりますね?」


 そう言う彼の瞳には『人間』に対する深い憎悪が影を落としているように見えた。


「……ほら見なさい。あなたが馬鹿力で彼を投げ飛ばすからややこしい状況になったじゃない」

「あー……しーらね」


 では。と話を終えると、同じ『獣人種(ブルート)』達を引き連れてその場を後にした。



「もふもふしててかわいいけど、なんだか殺気立ってたわね」

「朱音ちゃん、ウサギさん好きなの?」

「姉者。今はそんなことより……」


 なんとも締まりのない会話に思わず割り込む。

 姉者も妙に肝が据わっているというか、しっかりしてそうなのにたまに天然というか。


「あ、そうだね」

「ごめんなさい。唯火さん。このバカ鬼のせいで」

「誰が馬鹿だコラ」

「ダイギリさん。あなたは里きっての腕自慢と聞いたんですけど……」

「ん?まぁ、そうだな。基本的に荒事で俺の右に出る奴は居ねぇよ」


 そうですか。と言うとフユたちを振り返り、それに頷きで答える。


「さっきの飛川さんって方は……」

「あ?いいのかよ呑気にそんな話してて?さっきの話聞いてただろ?あいつほとぼりが冷めるまで里中から狙われるぞ?」

「ナナシさんなら大丈夫です。誰にも怪我なんてさせませんから」

「……そっちの心配かよ」


 小さく舌打ちすると、ガシガシと頭を掻き、ぶっきら棒に振る舞う。

 そんな彼から、姉者の問いに対する回答権を奪うようにエミルは言った。


「先程の方たちは、『獣人種(ブルート)』と呼ばれる括りで、種族名は『兎人族(ラビュート)』といいます」

「『兎人族(ラビュート)』……いい響きね」

「朱音。話が進まなくなるから少し黙るといい」

「やっぱり、『人間』を憎んでいるようでしたけど……」


 兄者と出会う前後の姉者の経緯は聞いているし、実際ともに『屍人迷宮(グールダンジョン)』に放り込まれたハルの記憶もある。

 そんな経験からくる複雑な表情で話す。


「そうですね。彼らだけじゃなく、里に住まう者は皆程度はあるけれど『人間』に対してそんな感情を抱いています」

「あの兎のおっさんはその中でも……いや。『獣人種(ブルート)』の連中はみんなだ」


 次にダイギリが続ける。


「『獣』の特徴がモロに肉体に出ちまうからな……『人間』の近くにいた時はまさしく異形の扱いを受けていたそうだ」

「そう、なんですね……」

「迫害され避けられた。それが今度は体に利用価値があるとわかりゃ近づいて狩ろうとしてくる。無理もねぇ話だと思うがな」

「中でも、飛川さんのようにより顕著に肉体の変化が大きい人は迫害の過去も凄惨なもので、狙われる機会も多くあります」

(なるほど……)


兎人族(ラビュート)』の彼らの身体的特徴には個人差があった。飛川さんのように獣に近い外見をしている者もいれば、人間に異形の耳や尾が生えた程度のものもいる。

 隠しきれないほど変化の激しい個体はより異形として嫌われる。人間らしいシンプルなふるいだった。


「まぁ、同じ『異種族』に対しちゃ気の良いおっさんなんだけどな」

「そうね……『人間』に対しては冷酷になれる二面性を持つ」

「同類が言うと説得力があるじゃねぇか」

「……黙って」


 どうやら、里内のコミュニティにも色々あるらしい。


「ダイギリさんは、『人間』に対してどういう思いを持っているんですか?」


 姉者が問う。

 この単細胞そうな『鬼人族(オーガ)』の若者が『人間』、兄者に対しどんな感情を抱いているのか、確かに少し興味があるところだった。


「うぜぇ」


 想像以上にシンプルな意見。


「『うぜぇ』ってあんた……」

「そ、それだけですか?」

「別に深いトラウマがあるわけでもないからな。俺様には戦う力があったから、そこのエルフや兎のおっさんみてぇな苦労はしてねぇよ」

「……」


 食って掛かるかとも思っていたダイギリの言葉に俯き、口を結ぶエミル。

 彼女の過去に何があったのかも気になるところではある。


「ただ、あいつには因縁がある」

「えっと、ナナシさんの事ですか?」


 ナナシってぇのか?と続け、


「あいつ……ナナシは喧嘩で俺に勝った。0勝1敗だ。そしてあいつは次は負けねぇと言った俺に、『次があったらな』と答えた」

「男のそういうのってホントわかんない……一度負けた相手になんでもう一度挑むの?」

「生きてるからだ!だから、もっかいやってこのスコアボードはイーブンか勝ち越さないといけねぇ。そこに『人間』も『異種族』も関係ねぇ。強いて言うなら『男科目』、種族『俺様』のやり方だ」


 そう熱く語る若者に対し冷めた態度で首を振るエミル。

 呆れたようにジト目を送る朱音。

 そして、どこか楽しそうにほほ笑む姉者。


(流石、兄者)


 フユも姉者と同質の笑みが口の端にできるのを自覚する。

 里に入って早々、その溝の深さを垣間見えた種族間の闇。

 反面、あの青年は既に一人の『鬼人族』との溝を埋めはじめ壁に大きな亀裂を走らせた。



(ああ……本当に、兄者はフユとハル(わたしたち)にとって――――)



 彼を思って投げ飛ばされたという空を見上げた。


 そこには街にいた時よりも少しだけ近く感じる、


 太陽がまばゆく輝いていた。


一応、第5章の区切りになりますかね

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