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181話 事情と縁

「朱音ちゃん。その服似合ってるね」

「そう?ありがと」


 波乱はあったものの、五体満足で『交錯の里』への通行証ともいえる書状をエミルの祖父に用意してもらう事ができた俺たちは。霧の結界が消えたボロ家を後にし里への道を再び進む。


「髪型も変装してる時の文学少女みたいなのも可愛かったけど、やっぱり朱音ちゃんはそっちの方がしっくりくる」

「なによ、やけに褒め殺しにくるじゃない?」


 照れくさそうに笑う朱音。装いもがらりと変わりここまで山奥に来れば最早変装の意味もないだろうということで、伊達眼鏡も外しいつもの二つ縛りに戻っていた。


「エミルさんもそう思いませんか?」

「私は、さっきまでの髪型しか知らないのでなんとも……」

「じゃあ服は?」

「……パッと見の印象なら、里の雰囲気に溶け込めなくもないかと」

「やっぱ、ほかの『異種族』の人たちも似たような格好?」

「大体そんな感じ。衣食住の大部分が【職業(ジョブ)】のスキルに頼って自給自足しているから、デザインとか生地とか自然と限られてくるし」


 最初は目を合わせれば噛みつきあっていたエミルと朱音だが、今はそれなりに言葉を交わすようになっていた。


(ま。腹に一物抱えているのは明らかだが)


 挙動の端々にそんな気配を捉えていた。爺さんの元を発ってからあからさまだ。

 何にしても表面上だけでも険悪でないのなら歓迎するところ。


「……あたしが元から履いてるこのショートパンツ、『里』では目立ったりする?」

「大体、といったでしょ。今のあなたみたいに街にあるような服と合わせて身に着けてる人達もいるから。唯火さんも今のままでも浮いてしまうことは無いので心配しないでください」

「そうなんだ。でもエミルさんは全身、なんていうか……『異種族コーデ』?ですよね」

「私は、樹上を移動することが多くて、かわいい服着ても枝に引っ掛けてすぐダメにしてしまうので。機能性を重視というか」

「今の格好もかわいいじゃない」

「あ、ありがとう……」


 先を行く三人の背を、


「うむ。いがみ合うよりもある程度打ち解けた方が良い」


 微笑ましく見守るのは、見た目に反し実年齢60越えの少女。


「ま、そうだな」

「たとえ腹に何かを抱えていても、な」

「流石は鋭いな、フユミちゃん」

「……エミルが兄者たちだけで結界内へと向かわせたのはそういうこと、だろう」

「その時点で明確な殺意があったのは確かだな」

「それほどの経験をしたということ……」


 先程爺さんが別れ際、孫娘のエミルに掛けた言葉、



『エミール。たまには顔を出せ。茶を飲ませる相手が居なくては腕が鈍る』

『う、うん』



 孫娘がマンティコアに襲われない安全な接触方法があるという裏付けだ。

 エミルはあえて俺たちを祖父に異物として排除される道を選んだ。


(実際マンティコアはともかく、あの爺さんのステータス。そして例の称号……『到達者』)


 シキミヤ、ミヤコ。

 その称号をステータスに刻んでいた者たちはもれなく圧倒的な強者。恐らく今の俺がまともにやりあえば敗色は濃い。

 それ抜きにしてもあの魔法系統に特化したステータス、もし本気の戦いになっていたらあの老体の前にどれだけの時間俺は立っていられただろうか。


(『人間』に対し容赦なく向ける殺意)


 その背景は計り知れないが、何度か見てきた人の所業。それは世界が変わる前からあった『人間』の汚さ。異物に対してはどこまでも冷酷に軽薄になれる種。

 それを思うと、やはり『人間』を憎むエミルを『異種族』の人たちを糾弾する気にはなれなかった。


(爺さんも、多分訳ありなんだろな)


 彼のステータスに記されていたのはエミルの『人間』を嫌う態度と一致しない事実。

 恐らく朱音に譲渡した服と同じ効果を持つ装備で自身の種族を偽っているんだ。


(だからと言ってどうという話でもないけど)


 少なくとも孫娘のエミルは祖父を慕っているように見えたし、他人の家庭の事情に俺がそこまで首を突っ込んでも仕方のないことだろう。


「……フユは、」


 孫と祖父。

 二人の窺い知れない事情へ考えを巡らし終えると、フユミちゃんはしんみりした様に言う。


「運がよかった。ハーフエルフは肉体的な見た目の変化はほぼない。愚かと思うが、やはり異形は差別される……周りに集まる人たちにも恵まれた。響や聖夜、朱音のような優しい子らに」


反魂再生(リザレクション)』を酷使していた時期を追憶しているのか。いろんな感情が入り乱れた表情が幼い顔に浮かぶ。


「エミルは、そういう出会いに恵まれなかったのかもな」

「兄者。個人の縁を呪えというのも、酷な話……」

「……そうだな」


 それは彼女たちに傷を与えた『人間』としての責任逃れだ。


(それに今からでも遅くはない)


 唯火や朱音の存在がそのわだかまりを解く。

 俺達との出会いがエミルにとってのそんなきっかけになるかもしれない。




 ・・・・・




 とは言ったものの。


「しかし、俺も朱音と同じ『術式』とやらが掛かってる服、欲しかったな」

「確かに、もう一着あれば余計な火種は無くなるわね」

「爺さんの所にもう一着くらいなかったのかな?エミル」

「ッ!」


 エミルへと話を振ると、視線から逃れるように唯火の陰に隠れてしまう。


「エミルさん?どう……え?…うん…うん」


 何やらそのまま耳打ちして何かを伝えているようで。


「えっと、『人間除け』の結界や朱音ちゃんの着てる『認識改変』の効果を装備品に付与するのはとても大変で時間がかかるから、おじいちゃんでもおいそれと用意できるものじゃない。だそうです」

「……そうか」


 俺に対してももう少し、ほんの少しでいいから心を開いてほしい。

 いや、ただでさえ憎んでいる『種族』の男に腰が抜けるほどの殺意を向けられたらそりゃ避けたくなるのもわかるんだが。


(口も利いてくれないというのは流石に傷つく)


 唯火の背に隠れた彼女は、名前を呼ばれたことに対する苦言すらも発せず、視線をこちらに向けることもしない。

 まるで人慣れしていない野良猫のようだ。いや、完全にこちらを拒絶して目も合わせない分野良猫より取り付く島がない。

 そこに強烈な敵意を感じないから、傍から見れば話しかけるだけで俺がエミルをいじめているようにも見える。


(ま。この様子ならもう何か仕掛けてくることもないか)


 彼女の中に恐怖心を植え付けてしまったのは心苦しいが、面倒度とが事前に回避できたとプラスに捉えよう。




 ・・・・・




「……妙ですね」

「? どうしたの?エミルさん」


 緩い斜面を進んでいると、ふと立ち止まりあたりを見渡す。


「このルートなんですけど、道がそれほど険しくない分、野生動物の通り道にもなってるんですが……」

「野生動物……リスとかですか?それなら私たちも山に入る前に見ました。かわいいですよね」

「いえ、熊とか猪です」

「……それは、微妙にかわいくないかもしれないです」

「熊や猪がどうかしたの?」

「普段この道はあまり使わないのだけど、それでもたまに通ると必ず見かけるの。でも今日はそんな気配全然……」


 常と違う何か不気味なものを感じたのか訝しげに森を見渡すエミル。


「ふぅん?別に出てこないなら出てこないに越したことはないんじゃない?」

「そうだね。モンスターでもない野生動物に対して攻撃するのは気がひけますし」

「……まぁ、それもそうですね」

「…………」


 今だどこか得心の行かない様子で、再び先導し歩みを再開する。


「ナナシさん、ナナシさん」


 そんな中、唯火のはペースを落とし最後尾を歩く俺の元へと下がってきた。


「なんだ、どうした?」

「『竜王殺し』、でしたっけ?使ってますよね?」

「……あぁ、気づいてたか」


 エミルが違和感を覚えた、野生動物の少なさ。それは彼らが身を隠し敵意を発してくる傍から『竜王殺し』で追い払っているからだ。

 脅威は無いけど相手にしてても時間を食うと思い片っ端からそうしている。

 唯火の言うように無益な殺生も気が引けるしな。


「『威圧』を使用した時の、ピリッとした空気がナナシさんから伝わってきましたから」

「そうなのか?」

「私も『威圧』系統のスキルを持っているので過敏なのかもしれません」


 俺のは『称号』の効果なわけだが、唯火はダンジョンでの経験も活きているのだろう。彼女の感覚は朱音たちよりも敏感なようだ。


「姉者鋭い。フユは気づかなかった」

「怒ってる時のナナシさん程強い気配じゃないからね。でも、エミルさんはなんとなくナナシさんを気にしてます」


 なるほど、俺に警戒心を向けるあまりに普段感知できない気配をぼんやりと感じていると言ったところか。

 そんな対象から、殺気のようなものが漏れ出ていたら気が気ではないだろう。


「『竜王殺し』の発動は控えるか」

「その方が良いいと思います」


 唯火もそれを言いに来たのか肯定する。


「ナナシさんも私達も、エミルさんに対して敵意は無くても、あの人はそうじゃない……でも、それは仕方がないことで、『人間』という種に対する憎しみとか、私にはなんとなくわかるんです」

「……そうだな」


 彼女自身の境遇はもはや言うまでもない。

 よく、エミルのように『人間(俺達)』へ憎しみを向けずにこうしていられると思う。


「誰かを警戒しすぎて、ずっと気を張り巡らせるのは精神が疲弊するし。周りが見えなくなるだけじゃなく、自分を見失ったりしてしまいますからね」


 ……いや。

 唯火と初めて会った時、優しいこの子が容赦なく俺の意識を刈り取ろうとしたのは、少なからずそういう感情があったのかもしれない。


「……私は、運がよかったんですよ」


 俺の視線から察したのか、先ほどのフユミちゃんと同じように切り出し。


「あなたと、出会えたので」

「……そうか」


 何か大事なものを仕舞いこんでいるかのように胸に手を当て、穏やかな表情をする唯火の横顔。

 彼女の言うように、その心中へ平穏をもたらすのに俺が少しでも力になれていたのだと思うと、


 少しだけ誇らしく感じた。

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